【別視点】まさかの強襲
【タウンカー】
「確かに、コスワース殿の言う通りだ」
「このような千載一遇の好機は無いぞ」
「ここで勝てば全て予定通りとなる」
差し迫った状況ということもあり、そういった声に引っ張られる形で迎え撃つことに同意してしまった。
「ああ、もう逃げられない……あれだけ有利な戦況であえて敵陣に乗り込む馬鹿なんているものか。何か、恐ろしい兵器があるに違いない……」
城壁の上からセンテナのある方角、山間の道を眺めながらコスワースの弟であるイスタナがぶつぶつと呟く声が聞こえる。二度の敗北がそうさせるのか、それとも伝令からの報告に一種不気味なものを感じているのだろうか。
どちらにしても、コスワースとは随分と性格が違うようだ。
「……大丈夫でしょうか?」
不安は伝播する。イスタナが余計なことを呟いているせいで、部下の一人がそんなことを言いだした。気持ちは分かるが、今はすでに応戦すると決定してしまった後なのだ。不安だと言ったところで何も変わりはしない。
私はあえて笑みを浮かべて首を左右に振った。
「大丈夫かどうかなど、私とて分からん。だが、もう逃げることも出来ない。やるしかないのならどう戦えば勝てるか考える方が良い」
「……はっ!」
迷いが晴れたわけではないだろうが、それでも前は向いてくれたようだ。部下を諭したつもりだが、それは自分自身に対しても同様である。スクーデリア王国の兵器も戦い方も想像以上であり、予測不可能なものだ。はっきり言って、イェリネッタ王国ではなくスクーデリア王国と同盟を結んでおくべきだったと思う。
しかし、もう遅い。コスワースの思惑通りになってしまったのは癪だが、コスワースの言葉に乗って防衛の形をとった段階で戦うことが決まってしまった。
この状況でコスワースとイスタナの首をとってスクーデリアに和平を申し入れたところで、同盟国をそのように裏切る国を信頼してもらえないだろう。
「……あの時の炎を見る限り、スクーデリアの番人も健在か」
攻城戦を行う場合、敵の拠点を陥落させるには五倍以上の戦力が必要となる。だからこそ、イェリネッタ王国はシェルビア連合国と同盟軍という形で戦力を大幅に増強させたのだ。大敗はしたものの、その大多数の騎士達は健在である。それに対して、センテナから現れたのは僅か二千五百。数を見誤っていたとしても三千程度だろう。十分の一以下の戦力で、どうやって攻城戦を行うつもりなのか。
「ただの牽制か。それとも、本当にこの戦力差で戦えると思っているのか」
センテナは防衛に専念してさえいれば勝利は目前だった筈だ。だというのに、何故攻勢に転じたのか。その答えが、もう少しで分かる。
そう思って城壁の上から前方を眺めていると、山間の道の奥から馬で走って来る者たちが見えた。火砲も届かない遠い距離だが、馬を駆る者たちが我がシェルビア連合国の騎士達であると知れた。斥候として山に籠っていた者たちだ。
「センテナの方角から騎兵およそ二十! 我が国の斥候です!」
部下からの報告を聞いて浅く頷きつつ、何があったのかと頭を捻る。斥候として山に籠った部下たちは全てこの地域を熟知している者たちだ。簡単には見つからない上に、もし見つかっても十分逃げることは可能だろう。それが何故こちらに向かって走ってきているのか。
「タウンカー様! 煙です! 山から煙が!」
「火を放ったか……! 普通、それは追い詰められた側がやる最後の策だろう……!?」
部下の報告に、思わず聞こえるはずもない相手に怒鳴った。
恐らく、高火力の火の魔術によるものだろう。煙の方が随分と遅くに上がり始めた為、こちら側からは分からなかったのだ。斥候に出ていた者たちはすぐに火が広がると判断して脱出してきたに違いない。
木々の火が燃え広がれば下手をしたらセンテナまで被害に遭う可能性もあるというのに、なんという苛烈な行動に出るのか。徐々に山が赤く染まっていき、煙が空を黒く染めていく。ここからでは山間の道は細く、火によって塞がれてしまっているようにも見える。
だが、その火の向こう側からスクーデリア王国の騎士団は現れた。
火砲で狙われないように工夫しているのか、真っ先に騎兵が広く左右に広がっていく。そして、不思議な形状の馬車が続いて現れ、その後に歩兵らしき騎士達が次々に火の向こう側から姿をみせた。
あっという間に報告にあった通りの軍勢が燃えていく山の前に並び、こちらへ向けて進み始めた。
「牽制だ! 火砲を撃て!」
城壁の中心でコスワースが怒鳴り、左右に展開していた火砲のうち一部が砲撃を開始する。火を噴いて砲弾が向かっていくが、やはり遠すぎて狙った通りには飛ばない。砲弾は相手の遥か手前で着弾して大地を揺らした。
だが、相手の出鼻を挫くことは出来ただろう。目の前であの爆発を見れば、もしかしたら進軍を躊躇うかもしれない。そういった淡い期待を抱いた。
しかし、相手はそんな生易しい存在ではなかったようだ。
爆発して地形が変わり、黒煙すら上がる街道を堂々と進んできて、騎兵の一人が高々と声をあげる。
「趣のある歓迎の仕方だ! スクーデリア王国を代表して感謝の意を表明する! さて、それでは御礼がてら、このパナメラ・カレラ・カイエン子爵が面白い見世物を披露しよう! とくと御覧じろ!」
予想外にも女の声だった。顔すら詳細には確認できない距離でありながら、よく通る声だ。金髪を風に揺らし、剣を掲げたその姿は、まるで戦乙女のようである。
「パナメラ……あれは、まさか灰塵の魔女と呼ばれるパナメラ子爵か?」
「何故、そんな恐ろしい女がここに……」
「まさか、我らの行動を読んで本隊から離れてセンテナに……?」
一部の騎士達が灰塵の魔女の出現に驚愕と困惑を隠せずにいた。数々の悪名を轟かせる存在の登場に驚くのは勝手だが、今はそれどころではない。
「馬鹿者! すぐに火砲を放て! 敵に何もさせるな!」
何故かは不明だが、例の弩を使ってこない。理由は分からずとも、その好機を逃すわけにはいかないのだ。
その考えはコスワースも同様だったらしい。即座に私の言葉に続き、コスワースも砲撃の指示を出す。
「一斉砲撃! 絶対に近づかせるな!」
コスワースが怒鳴り、砲撃は開始される。これまで見た中で比べ物にならない大量の火砲の一斉砲撃。二十、三十という砲弾が空に撃ち出される。その破壊力は一流の魔術師十人の同時攻撃にも匹敵するだろう。
予想通り、街道を中心に一気に爆炎が広がった。離れた位置にいる我らですらこの大爆発は肝を冷やすほどだ。
「……退いたか?」
「あの煙の中で見えるものか」
声を潜めてそんな会話をしている部下の姿が目に入る。内心では私も祈っていたのだから仕方がない。
背は低いが炎もちらほら見える。そして、空に届くほどの煙が立ち上っていた。
不意に、その煙の中を、一頭の馬が炎を飛び越えてくる姿が目に入る。
「お、おい! 現れたぞ! 一人だけだ!」
「あの金髪の女だぞ!?」
あれだけの大爆発の後で、怯える馬をどう制御したのか。パナメラは軽々と火の柵を飛び越え、煙の壁を通り抜けて現れたのだ。
その姿は、騎士達の胸を打つに相応しい勇猛なものだった。
「随分と怯えているようだな、諸君! さぁ、もし私を討てたならこの一戦はそれで諸君の勝ちとなるだろう! 掛かって来るが良い!」
パナメラはそう口にすると、一人、馬を操って走り出した。
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