ひと時の休息
目が覚めて、すぐにティルの顔が目に入った。
「あ、ヴァン様。おはようございます」
目覚めたことに気が付いて、ティルが嬉しそうに歩み寄りながらそう言った。
「おはよう、ティル。どうなった? まだ時間はあまり経ってない?」
倦怠感が酷く、寝返りを打つようにして横を向きながら、ティルに気になっていたことを尋ねる。すると、ティルは頷いて答えた。
「えっと、日が暮れる前にヴァン様がお休みになられて、今は翌日の正午ほどです。状況は……」
ティルがそう言って顔を上げると、ベッドを挟んで反対側から声が聞こえた。
「状況は膠着状態です。こちらも攻め込む余裕はありませんし、敵も警戒しているのか攻め込んできません。斥候からは敵軍の姿はあると報告が来ているので、諦めているわけではなさそうとのことです」
カムシンの声だ。その報告を聞いて、ころんとベッドの上で転がって反対を向く。カムシンはビシッと背筋を伸ばして立っていた。
「なるほど。それじゃあ、イェリネッタ王国から物資を補充している可能性があるね。もしくは、傭兵でも雇うつもりか……どちらにしても、すぐに攻め込んでくるようなことは無さそうだね」
そう言ってから息を吐くと、カムシンが心配そうに僕の顔を見た。
「……大丈夫ですか?」
不安そうにカムシンが聞いてくるので、苦笑しながら頷く。
「風邪気味かな? ちょっときついんだよね。とはいえ、ジッとしているわけにもいかない。城壁を完全な状態にしないとね」
そう言って上半身を起こそうとすると、背中側から肩に手を添えられた。ティルが僕をベッドに戻そうとしているのかな? そう思って振り返ると、僕の使っているベッドに腰かけてこちらを見つめるアルテの顔があった。どうやら、僕の足元の方に座っていたらしい。
アルテは、心配そうに眉をハの字にして、僕の肩をぐっと押す。
「どうか、少しでもお休みください……ヴァン様はご自身で思っている以上に顔色が悪く、とても大丈夫とは思えません……」
と、アルテに強引にベッドへ押し倒されてしまった。泣きそうな顔でそんなことを言われてしまっては、逆らうわけにもいかない。
「……大丈夫かな。確かにすごくきついから、休めるなら有難いけど……」
心配になってそう呟くと、部屋の出入口の方から大人の男の声が聞こえた。
「ご安心ください。昨晩から私が常に傍でお守りしております。命に代えてもヴァン様の身を守らせていただきます」
「え? ロウ?」
顔を上げて扉の方向を見ると、そこにはどこか思い詰めた様子のロウの姿があった。まるで軍人のような、いや、騎士なのだからそれが普通と言えば普通なのだが、ものすごく張り詰めた雰囲気のロウの姿に、大きな違和感を感じる。ロウはアーブほどではないが、近所のお兄さん的なふわふわ感があった。
不思議に思っていると、カムシンが顔を寄せて小声でつぶやく。
「昨日、ストラダーレ様から一時間以上説教をされていました」
「……それでか」
納得して、ベッドで横になる。確かに、暗殺以外にイェリネッタ王国もシェルビア連合国も出来ることは無い筈だ。城壁に爆弾でも仕掛けに来るかとも思ったが、地下を掘り進める以外の方法では接近すればすぐにバリスタで攻撃されるだろう。
ここは、お言葉に甘えて休ませてもらおう。
そう決めてからは、僕はすっかり気を抜いてティルに甘えることにする。
「ティル。温かい紅茶とお菓子が欲しいな」
「はい、すぐに準備します!」
ティルは笑顔で頷くと、軽い足取りで部屋から出て行った。それを見送ってから、アルテに目を向ける。
「アルテ、傀儡の魔術お疲れ様。アルテのお陰で何とか防衛出来たよ、ありがとうね」
「い、いえ……私なんてそんな……」
アルテにお礼を述べると、気恥ずかしそうにアルテが微笑んだ。それに微笑みを返して、カムシンを見る。カムシンはストラダーレに認められたことが切っ掛けになったのか、自信に満ちた良い表情をしていた。
「……カムシン。昨日の敵の剣を奪ったあの技って、盗みの魔術かい?」
そう尋ねると、カムシンはびくりと震えて表情が硬くなる。僕の言葉に、アルテも驚いたようにカムシンを見ていた。カムシンを奴隷として買う時に、カムシンは盗みの魔術適性であると聞いていた。だから、なんとなくそう思ったのだ。
黙って答えるのを待っていると、一、二秒ほど時間を空けて、カムシンは口を開く。
「……はい。実は、アルテ様の魔術を最初に見た日から、一人で魔術の練習を続けていました。もしかしたら、自分も魔術でヴァン様のお役に立てるかもしれないと思って……でも、盗みの魔術で出来るのは一メートルから二メートルほど離れている物を盗ることが出来るだけでした。それに、相手が自分を見ていると魔術は使えないみたいで……」
少し小さな声で答えるカムシンに、成程と頷いて言葉の続きを予想する。
「使えない魔術だって思った?」
そう尋ねると、カムシンは気落ちしたように肩を落として頷く。その姿を見て、アルテは切なそうに眉根を寄せた。過去の自分を投影しているのかもしれない。アルテも、過去に自らの魔術適性で悩んでいたことがあった。しかし、絶望するまでに悩んでいたアルテだったが、その魔術の可能性に気が付いてからは開き直ることが出来たのだ。
カムシンも、そうなれたなら……。
そう思って、僕はカムシンに笑顔を向ける。
「そんなことないよ、カムシン。おかげで、僕の命は助かった。カムシンが助けてくれたんだ。ありがとう」
そう告げると、カムシンはグッと口を真一文字に結び、顔を上げた。その目からは、大きな涙粒が零れていた。声を上げずに泣くカムシンに、アルテまでもらい泣きしてしまう。
少しでも、カムシンが自分の魔術適性を誇れるようになったら良いのだけれど。
そんなことを思いつつ、再びロウを見た。
「……父上、いや、フェルティオ侯爵の容態は?」
気になっていたが、なんとなく聞くのが躊躇われた質問をロウにしてみた。すると、ロウが眉間に皺を寄せてぐっと顎を引く。
「……フェルティオ侯爵は、いまだ意識が戻っておりません。少しずつ口に含ませることで水分は取れているようですが、かなりの重傷ですから……」
言い難そうに報告をするロウに、軽く頷いておいた。
「……ありがとう。ロウも、昨日はお疲れ様。護衛は交替で休むようにしてね」
それだけ言って、目を瞑る。色々と心配すべきことはあるが、今は自分の体力を取り戻さなければならない。まだまだ、防衛戦は終わっていないのだ。
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