カムシンの忠誠
カムシンが何かをした。そう直感的に理解したが、今は何をしたか確認している暇もない。
「い、いかん!」
「早く斬れ!」
一人を斬られて、男たちは剣を持ち直して向かってきた。だが、こちらも先ほどまでとは状況が変わったのだ。一人はカムシンの後を追ってきているが、少し距離がある。残りの二人なら、カムシンと二人で時間稼ぎくらいなら出来るだろう。
「意外と手強いと思うよ、子供二人でも」
「ヴァン様に剣を向けるな!」
窮地を脱した途端に余裕が出てきて軽口を言ってしまう天才少年ヴァン君と、いつでも真面目なカムシン。二人で男たちの剣を受けるが、やはりカムシンの刀では中々相手の剣を切断するのは難しそうだった。
一方、僕の素晴らしきオリハルコンの刀は暗殺者の剣など一刀両断である。
「暗器とか持ってるかも! 気を付けてね!」
「は、はい!」
剣を失って何かしようとする男を追撃せずに距離をとり、カムシンに助言をする。カムシンは素早く刀と剣を両手で扱い、剣を盾代わりに相手の剣と打ち合わせ、すぐにもう一方の手に握られた刀で相手を斬った。刀は相手の腕の内側を切り裂き、切断まではされずとも片手が使えない状態にすることに成功する。
負けていられないと顔を上げた矢先、男たちの背後から何かが迫ってくるのが視界に入った。
「カムシン、避けて!」
怒鳴りながら地面に横向きに倒れ込むと、すぐ真上を高速で飛来する何かが通り過ぎた。ほぼ同時に、地面に何かが突き刺さる音が連続して聞こえてくる。倒れた格好のまま顔を上げて後方を振り返ると、そこには氷の塊が幾つも地面に突き刺さっていた。氷柱のような先が尖った氷の塊だ。
隣を見ると、カムシンも地面に倒れ込むようにして何とか氷の塊を回避することに成功していた。
「何者かが奥から魔術による攻撃を仕掛けてきています!」
カムシンはすぐに意識を切り替えて刀を振りながら立ち上がり、そう怒鳴った。遅れて立ち上がるが、頭の中では作戦を組み立てられずにいた。これで、二人で逃げることも出来なくなった。後ろを振り返って走れば、間違いなく今の魔術で終わりだ。
どうすれば良いか。
頭が痛くなるほど策を練っていたまさにその時、後方から怒鳴り声が響き渡った。
「あそこだ! ヴァン様を守れ!」
低い男の怒鳴り声に続き、複数人の咆哮が聞こえてくる。振り向かずとも、それがストラダーレの声だと分かった。
「……くっ!」
「ここまでだ! 退却する!」
暗殺者三名が逡巡する中、例の女の声が聞こえてきた。その指示を受けて、弾かれるように三人の男が背を向けて走り出す。カムシンが一瞬追いかけそうになったので、その横顔に声をかけて止めた。
「カムシン。あとはストラダーレ団長に任せよう」
そう言うと、カムシンはピタリと動きを止めて振り返る。それを確認してから、その場に座り込んだ。僕たちの左右を騎士達が走って通り過ぎていく。
「ヴァン様! ご無事ですか!?」
一歩遅れて、隣にストラダーレが現れた。ストラダーレは剣を抜いた状態で隣に立ち、油断なく周囲を見回している。
「いやぁ、城壁上と補修に全員が掛かり切りになっているところをやられたね。次から砦の中でも護衛を五人以上連れて歩こうかな」
「必ずそうしてください。ロウやヴァン様の騎士団はどこに行ってしまったのですか」
硬い声でストラダーレがそう口にする。これは冗談を言うと本気にしてロウを殴ってしまうかもしれない。そんな空気だ。
「ああ、ロウとセアト村騎士団には城壁の上でバリスタ部隊の補助をお願いしたんだよ。なにせ、バリスタが幾つか壊されてしまったからね。数が減ったら命中率を上げるしかない」
ロウが怒られないようにそう告げたのだが、ストラダーレからは険しい目で見られた。
「……たとえヴァン様の命令だったとしても、ロウには護衛を進言する義務がありましょう」
怒りを滲ませる声でそう呟き、次にカムシンの方を見る。その手に敵の剣と僕の作った刀を握る姿を見て、ストラダーレは深く息を吐いた。
「……確か、ヴァン様が買った奴隷の子だったか。お前は素晴らしい働きをした。奴隷の身で騎士爵を受けることは出来ないが、私はお前のことを騎士として認める」
ストラダーレがそう告げると、カムシンは会釈するように頷いて答える。
「ありがとうございます」
精強なるフェルティオ侯爵騎士団の騎士団長から認められたのだ。カムシンの出自が奴隷であろうと関係ない。何よりの名誉となるだろう。
「良かったね、カムシン」
我がことのように嬉しい。そう思って笑顔でカムシンを労ったのだが、ストラダーレは顎を浅く引いてこちらを見た。
「ヴァン様。この者の行いは本当に素晴らしい働きです。単純にヴァン様を守っただけではなく、結果としてこのセンテナを守ることになったのですから……この者にはしかるべき褒賞を与えるよう、御父上と陛下へ進言をさせていただきます」
ストラダーレがそう言うと、カムシンがぐっと背筋を伸ばした。よく見ると、少し涙ぐんでいるように見える。まぁ、これだけ多弁に他者を褒めるストラダーレは珍しい。それだけストラダーレがカムシンの功績を認めているのだ。
「そうだね。カムシン、何か欲しいものがあったら考えておくんだよ。陛下が何でも用意してくれるかもしれない」
笑いながらそう言ってカムシンに話を振ると、カムシンは静かに首を左右に振った。
「……私は、ヴァン様がご無事でさえあれば、他になにもいりません」
きっぱりとそう告げたカムシンに、ストラダーレも何も言えなくなる。
そして、真っすぐに忠誠を告げられた僕も何も言えなくなってしまった。カムシン、泣かせるんじゃない。実は涙もろいんだから。
その日、イェリネッタ王国とシェルビア連合国の騎士団たちは、センテナ陥落戦を途中で諦め、撤退を決めた。城壁の上で敵の状況を確認していた見張りからは地竜の姿を見たとの報告もあったが、どうやらアルテの人形やパナメラの魔術、そしてバリスタに脅威を感じたのか、地竜を最後まで使わずに引き上げたようだった。
ぎりぎりまで城壁の補修やバリスタの追加に走り回っていた僕は、敵の撤退の報告を聞いてすぐに砦の中に移動し、あてがわれた部屋のベッドで横になった。何も考えられないほど疲れていた。
「もう、限界……」
色々と考えなければならないことがあるのに、僕は気を失うように寝入ってしまったのだった。
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