素晴らしき攻城戦と近接戦
白銀の光の線が、まるで吸い寄せられるかのように僕の顔めがけて閃いた。まるでスローモーションになったかのように、光の線を作りだしている綺麗な両刃の直剣が迫ってくるのが視界いっぱいに広がる。
直剣かと思ったが、どちらかというと刺突剣に近いか。少し長いが、良く刺さりそうな鋭利な刃先をしている。
その剣の先が、顔に触れそうなほど接近したその時、目の前で甲高い音を立てて火花が散った。
耳が痛くなるような金属と金属の衝突音。そして、思わず目を瞑ってしまうような光。反射的に地面を転がるように倒れ込んで次の攻撃を避けようと動く。
「チッ!」
舌打ちが聞こえたと思ったら、次の瞬間には再び甲高い音が鳴り響いた。
「ヴァン様、お逃げください!」
必死に叫ぶその声を聞いて、どうやらまずい状況に違いないと感じて地面を横にころころと転がってみる。謎の敵は、恐らく自分から見て少し右側にいて、右手で剣を突き出してきたはずだ。なので、少しでも離れられるように左側に転がってみよう。
と、そこまでゆっくり考察する時間も無かったので直感的にそのように動いて移動した。すると、その直感が正しかったと証明するように、すぐ近く、右耳の横に地面に何かが突き立つような音が聞こえ、振動が伝わった。
「避けられたか!」
先ほどの舌打ちとは別の人物らしい。地面の土が少し口に入ってしまったが、そんなことはどうでも良い。苦いしジャリジャリするが、文句を言わずに地面を両手で押すようにして立ち上がった。
パッと顔を上げた瞬間、目の前に二人の男が立っているのが分かった。右手の方ではカムシンが別の人物二人と向き合っている。全員が剣を手にしており、なんの迷いもなく僕に向かって剣を突き出してくるのが分かった。
「ひょえ!?」
反射的に反復横跳びのように地面を蹴って更に左側へと跳んだのだが、変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「すばしっこいぞ!」
「足を狙え!」
「俺が回り込む!」
四人の男たちは相当訓練されているのだろう。ほぼ同時にそんなことを口にしながら、まるで一つの生き物のように陣形を変えて包囲しようとしてきた。全員が真っ黒な衣装に身を包んでおり、鎧と言える部分も見当たらない。もしかしたら服の下に鎖帷子のような防刃の鎧を着ているのかもしれないが、それにしても軽装だ。
そのせいか、四人のうちの二人が斜め後方へ移動する速度が驚くほど速い。前に二人、後ろに二人と囲まれてしまったらどうしようも無くなるだろう。
しかし、その内の一人はすぐに陣形から外れてこちらに背を向けた。何事かと思ったら、男の向こう側で甲高い音が連続して響く。
「いかせるか!」
カムシンだ。まだまだ相手の肩ほどの背しかないカムシンが、必死に自らの刀を振って男の行く手を阻もうとしている。切れ味は極上の筈だが、あの男たちの剣は何製なのだろうか。まさか、ミスリル以上の素材を使った剣なのか。
一瞬、三人の男がカムシンを先に倒すべきかと動きを止めて視線を彷徨わせた。すると、更に男たちの後方から低めの女の声が聞こえてくる。
「そこの子供は一人で十分だ。お前達は予定通り、男爵を狙え」
「はっ!」
男達を指揮している存在が控えているようだ。
「……これは、走って逃げることは出来ないかな?」
困ったように笑いつつ、腰に下げていた自分専用の得物を抜く。二本のオリハルコン製の片刃剣だ。
「今宵の我が愛刀は血に飢えていたりいなかったり……ってぇ!?」
少しでも時間を稼ごうと剣を両手にポーズを決めようとしたのだが、それを隙ありと判断した無粋な輩が剣を突き出してきた。がむしゃらに両手の剣を振りながら後退ると、剣の腹で相手の剣を弾いてしまった。防げたのは素晴らしい幸運だったが、欲を言えば刃の部分で当てることが出来たら相手の剣を切り裂くことも出来ただろうに。
そんなことを考える暇も与えてくれず、男たちは次々に剣を手に迫ってくる。
「くそぅ! モテ期が来てしまった!」
泣きたくなるような気持ちで剣を振り回しつつ、後方へと下がっていく。相手の剣はまるで雨のように三方向から突き出されてくるが、何とかぎりぎりのところで回避していた。
だが、流石に限界が来る。
「つぁ……っ」
手に衝撃が走り、持っていた剣の一つを落としてしまう。横に向けて振った刀を上から剣で振り下ろされてしまったのだ。その衝撃に思わず手を放してしまい、大事な愛刀の一つが失われてしまう。
「痛い! 手が痺れる!」
痛みと焦りから思わず文句が口を突いて出る。それに、三人の男がにやりと笑みを浮かべた。
「ヴァ、ヴァン様……!」
少し離れていたが、カムシンが僕の状況に気が付いて声を上げた。そして、刀を思い切り地面と水平に振りながらこちらへ駆けてくる。その一撃は今までのものとは違ったのか、カムシンの相手をしていた男は剣を使って全力で防御の姿勢を取っていた。
そして、男の剣はカムシンの刀に一撃で切断される。こちらに向かって走りながらの斬撃の為男の方は無傷だが、それでも足止めと戦力ダウンには貢献しただろう。
一方、主人のヴァン君も絶賛戦力ダウン中である。挙句の果てに追い詰められて斬られる寸前だ。恥ずかしい。
そんなことを考えていると、三人の男はカムシンの接近に気が付き、何一つ言葉を発さずにそれぞれが行動を開始した。なんと、背後から迫るカムシンを無視して三人とも僕に向かって走ってきたのだ。たとえ自分が死んだとしても目的を遂げようとする。そんな気迫が見てとれた。
これでもディーに鍛えられた僕である。カムシンほどではなくとも、アーブやロウとは互角に戦えると自負している。二人ならば、何とか時間稼ぎは出来た。一人がカムシンに向かってくれれば、少しは戦えたと思っている。しかし、三人はどうしようもない。カムシンも間に合いそうにないし、覚悟を決める時がきたのかもしれない。
「……僕が死んだら、カムシンがティルとアルテを守ってあげてね」
油断なく剣を構えて迫りくる三人の男を眺めつつ、カムシンに向かって遺言のような言葉を口にする。あまり大きな声ではなかったが、それでもカムシンには届いたらしい。
「……ヴァン様っ!!」
血を吐くようなカムシンの声を耳にしながら、少しでも生存の可能性を上げるべく更に左側へ向かって地を蹴った。三人が三方向から向かってくるとは言っても、左に移動すれば左手側の敵には近づくが、反対に右手側、カムシンがいる方向の相手からは離れることが出来る。同時に三人ではなく、僅かな時間でも一対一になる瞬間が欲しかった。
相手の剣を、必死に弾きながら移動をする。思惑通り、一人の剣は弾くことが出来た。だが、第二、第三の剣がこちらに向けて迫っている。可能性は低いが、返す刀で中央の相手の剣までは弾けるかもしれない。だが、三人目はどうすれば良いのか。とてもではないが、三つ目の行動は間に合いそうにない。
いや、今は何を考えても仕方がない。出来ることは、命がけで二人目の剣を防ぐことだけだ。三人目の剣は、もしかしたら致命傷だけは避けることが出来るかもしれない。
望みは薄いが、それが最善の筈だ。
一瞬の思案と判断。危機的状況ながら、感覚は今までで一番と言えるほど鋭敏に研ぎ澄まされている。
結果、自分の予想以上に正確に体を捻ることが出来た。上半身を斜めに倒して力を吸収しながら、腰を捻って最速で剣を返し、二人目の男の剣に向けて振るう。
甲高い音が鳴り響き、衝撃が小指まで突き抜けた。自分で自分を褒めてやりたいほどの剣技で、二人目の男の剣も弾いて攻撃を防ぐ。
だが、想定していた通り、三人目の剣はどうしようもなかった。最速で左に振った剣を返して右に振り抜いた為、剣筋を安定させる為に腰を落として重心も下がっていて、とてもではないがすぐに動けるような状態ではない。
これは、本当に死ぬかも。
恐ろしい速度で突き出される剣の刃先を見ながら、どこか他人事のようにそう思った。
しかし、次の瞬間、目の前から剣が消えた。自分に向けられていた凶器が突如として消失したのだ。
剣を持っていた男の姿はそのままだ。その証拠に、剣を持っていた格好のまま手を伸ばしてきている。何か、別の方法で僕を殺そうとしているのか。いや、そういうわけでもなさそうだ。なにせ、剣を持っていた男も驚き、その場で立ち止まってしまっているのだから。
「な、なにが起きた……!?」
鬼のような形相で、男は自らの手と僕の顔とを見比べて、すぐに何かを取り出そうと腰に手を回した。
その間に、背後から助太刀に来ていたカムシンが追いついた。無防備な背中を斬られて、男はくぐもった悲鳴を上げて地面に倒れ込む。
「……だ、大丈夫ですか……ヴァン様……」
肩で息をしながら、カムシンはそう口にした。その両手には、一振りの刀と一本の剣が握られていた。
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