撤退の成功
久しぶりにストラダーレに会ったが、なんと声をかけて良いか分からなかった。ストラダーレからすれば敗戦の最中であるし、こちらとしては侯爵家から追い出された身だ。気軽に久しぶり、なんて挨拶で良いものだろうか。
そう思っていると、ストラダーレの方から声を掛けられた。
「ヴァン様、ご助力いただきありがとうございます」
「大丈夫だよ、王国の危機だからね。センテナを防衛しなかったら間違いなくフェルティオ侯爵領がボロボロにされちゃうし……侯爵家はともかく、侯爵領に住む皆のことは大好きだからね」
冗談めかしてそう告げると、ストラダーレは額から流れていた血と汗を片手で拭い、抜身の剣を胸の前に掲げた。
「……この御恩は、生涯忘れることはないでしょう。もしヴァン様の身に危機が迫った時は、私が身命を賭してお助けいたします」
「ははは、ありがとう。まぁ、そんな重く受け止めなくて良いから、馬車の中で休んでてよ。すぐにセンテナまで引き返すから」
笑いながら返事をすると、ストラダーレは表情一つ変えずに首を左右に振る。
「いえ、ヴァン様の身に何かあってはいけません。申し訳ありませんが、ヴァン様が馬車の中へお入りください。私は馬がありますので、馬車の周囲を守らせていただきます」
「え? 疲れてない? 大丈夫?」
「疲労など気にしている場合ではありません。休むのは後でいくらでも休めます」
と、ストラダーレはひどく真面目な顔でそんなことを言った。それに思わず噴き出して笑う。
「あっははは! ディーそっくりだね。それじゃあ、お願いしようか」
そう言うと、ストラダーレは目を丸くしてキョトンとした。たっぷり一秒も間を空けて、初めて微笑みを浮かべる。
「ディー殿とそっくりですか。光栄ですな」
それだけ言って、ストラダーレは馬に跨って走り出す。近づこうとする騎兵の姿が見えたから、それを追い払いに行ったのか。
「……よし! ここは危ないから全速力で戻るよ! ロウ、カムシン! よろしく!」
「はっ!」
気を取り直して指示を出し、御者席から飛び降りて馬車の中へと移動した。
馬車の中に入ると、妙に肩身が狭そうな様子の大男の姿があった。その正面にはアルテ、パナメラが座っている。ティルの姿が見えないと思ったら、大男がでかすぎて見えていないだけだった。
「ストラダーレ団長に交替するように言われちゃった」
格好がつかないなぁ、などと思いながらそう言って馬車の中を見回す。どう考えても、大男の隣は座れそうにない。
他意はないが、美少女と美女の間に座ることにした。紳士で有名なヴァン君に他意も下心も無いのは言うまでもない。
「それでは、改めて自己紹介をしましょうか。ヴァン・ネイ・フェルティオと申します。微力ながら、防衛の手助けが出来たらと思い馳せ参じました」
簡単な自己紹介をすると、大男は膝に手を置いて頭を下げた。
「有難い……私はセンテナを守護する国境騎士団の騎士団長、タルガ・ブレシアと申します。シェルビア連合国とイェリネッタ王国の猛攻に籠城では守り切れないと判断し、起死回生の為に出陣しましたが、御覧のあり様です」
そう口にして、タルガは自らの体を指さした。タルガはすでにボロボロといった様相だった。単純に血に塗れているというだけではない。鎧などの身に着けている物も激しく傷つき、歪んでしまっている。どれだけの激戦だったのか、タルガの姿を見るだけで察することが出来そうなほどだ。
「……まずは、センテナを最高の状態に戻しましょう。戦力を整え直して、そこから反撃です」
そう答えると、タルガは無言で深く頷いたのだった。
「アルテ、左後方をどうにか出来る?」
「あ、はい……!」
お願いすると、アルテは素早く傀儡の魔術で二体の人形を走らせた。二体の人形が敵軍に突撃すると、敵軍の隊列が乱れ、一部が完全に瓦解する。
「パナメラさん、右後方に魔術をお願いできますか?」
「高くつくぞ?」
援護を要請すると、笑いながらパナメラが馬車の窓から上半身を乗り出し、魔術による炎の槍を敵軍に向けて放った。炎が迫るという視覚的効果と魔術への恐怖心はやはり根強いらしく、アルテの傀儡の魔術よりも明らかに敵軍の足止めの効果を発揮していた。
その二人の魔術を見て、タルガは驚きを隠せないようだった。
「……パナメラ殿の魔術はもちろんだが、あの騎士を操る魔術も驚くべきものだな。アルテ嬢、だったか。あの魔術で操っている騎士についてだが、どれだけ遠くまで動かすことが出来るのだろうか」
「え、えっと……多分、一、二キロくらいでしょうか? それ以上は操れているのか分からなくなってしまいます……」
大柄のタルガに見下ろされているのに、アルテはなんと相手の目を見て答えることが出来た。まだまだ怯えの色は見えるが、それでも引っ込み思案のアルテにしてはとても頑張っている。
タルガはアルテの怯えを気にしてか、浅く頷いてからこちらに目を向けてきた。
「噂では、ヴァン男爵は恐るべき兵器発明家であると聞いていたが……ヴァン男爵の躍進にはそれ以外の理由もありそうですな」
「もちろんですよ。ディー騎士団長率いるセアト騎士団と、最強の土の魔術師であるエスパーダ率いるエスパ騎士団。更に同盟相手のパナメラ子爵。そして、こちらのアルテ嬢の魔術。皆の協力があるから、僕は何とか生きていられますからね」
「……なるほど」
そんなやり取りをしながら、僕たちは無事にセンテナへと退却することが出来た。
「開門! 急げ!」
城壁を守るセンテナ騎士団が城門を開放する声が聞こえた。馬車の窓を開けて顔を出すと、すでに僕たち以外の騎士達はセンテナへ撤退が完了しているようだった。後ろを確認すると、ストラダーレも付いてきている。
「……良かった。とりあえず、壊滅だけは防げたみたい」
ホッとしながら小さく呟き、城門を潜ってセンテナ内へと入った。城壁に守られた中庭に馬車を停めて、ようやく安全な状況になったと肩の力を抜く。
正直、戦場を見た時は防衛戦も不可能かと諦めかけたくらいだった。なにせ、戦争による損害のほとんどがスクーデリア王国側である。反撃を試みたものの見事に撃退され、さらに追撃を受けて散り散りになるセンテナ騎士団とフェルティオ侯爵騎士団。すれ違うことはなかったが、どうもフェルティオ侯爵本人も手傷を負って退却したらしい。これでタルガやストラダーレが戦死していたらもう立て直せなかっただろう。
と、そこまで考えてマイダディのことを思い出した。
「あ、ジャルパ侯爵はどこですか? 防衛の為に作戦会議をしようと思いますが」
タルガを見上げてそう尋ねると、タルガは険しい顔で唸る。
「……閣下は、かなりの負傷をしてしまった。もしかしたら、危険な状況かもしれない」
次にくるライトノベル大賞2022、単行本部門3位☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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