【別視点】ストラダーレの力
【タルガ】
侯爵の口から出た、ヴァン男爵を呼べという言葉。その言葉に様々な感情が湧くが、今はまずこの場を離れることが先決である。
「た、タルガ様! 地竜がもうすぐそこに……!」
その言葉に、無言で頷く。
「距離が近すぎる。どうにか一撃見舞わねば逃げることも出来ないだろう」
そう口にしてから、迫り来る地竜に顔を向ける。
「皆を集めてセンテナへ走れ。閣下のことも頼んだぞ」
そう言ってから、意識朦朧とする侯爵の体を片手で持ち上げ、騎士の馬に乗せた。騎士と侯爵の体を手早く固定すると、騎士は神妙な顔で顎を引く。
「……ご武運を。センテナには、タルガ様が必要です」
「分かっている」
それだけのやり取りをして、騎士は馬を走らせた。それを見送る間も惜しみ、詠唱を始める。ギリギリだ。もし地竜がブレスを使ったら、それだけで私の死は確定する。
「……黒緋地竜か。最悪だな」
現れた地竜の種類を把握して、思わず笑いが漏れる。地竜は頑強で知られるが、脚が遅いのが定説だ。しかし、黒緋地竜は少々違う。森に棲む森林竜の種類に近い形態なのだ。空を飛ぶことはもちろんないが、地竜の割には足が速く、俊敏である。そして、ブレスも範囲は狭いものの地竜らしい威力の高いものである。唯一の良い材料は地竜の特徴である頑強さは劣っている点のみだ。
「……土の槍衾」
魔術を行使した瞬間、地竜の前に人の胴ほどもある土の槍が無数に並び、壁を作り上げた。地竜は頑丈である為、土の魔術では対抗するのが難しい。せいぜいが動きを止めることが出来るかどうかである。
予想通り、地竜は多少動きを鈍らせたが、そのまま太い腕を叩きつけるようにして土の槍を踏み潰した。
「相性が悪いが、仕方あるまい……石壁!」
怒鳴るように魔術を行使すると、今度は地竜の前に五メートルを超える高さの壁が出現した。ただただ厚くして頑丈にしただけの工夫も何もない魔術だ。
しかし、これで少しは時間も稼げるはずだ。
そう思って一安心した直後、近くで爆発が起きた。大砲かと思ったが、規模が小さいことに気がつく。
「黒色玉か……!」
急ぎで反転しながら周りを見ると、左右から迫っていた一団から騎兵が突出してきていたようだ。十、いや二十弱の騎兵がこちらの逃げ場を塞ぐようにして移動している。
さらに、その奥では退却する侯爵達を追撃する騎兵の姿も見えた。
「これは、厳しいか……!」
奥歯を噛み締めて激情を抑え込む。口の中に血の味が広がるのを感じながら、どうにか出来ないかと思考する。
その間にも馬を操って移動を開始し、群れから逸れた一人を斬り伏せた。黒色玉が投げられて、周囲で連続して破裂する。
決死の覚悟でここを走り抜ける以外にない。早々に結論を出して一気に馬を走らせる。
大砲による爆発は絶え間なく行われているが、ここに来てある程度分かったこともある。
大砲は、逃げる相手を追って撃ったとしても思った通りには使えない。恐らく、狙いをつけるのが難しいのだろう。大概が見当違いな場所に飛んでいた。
むしろ、ここにきて恐ろしいのは近くで使って確実な効果が狙える黒色玉の方だ。もしくは成竜のブレスか。
「……ちっ! 追いつけぬか……!」
騎兵達の使う黒色玉は馬を走らせている限り回避することも出来た。しかし、侯爵の救援には間に合いそうにない。
もどかしい気持ちで侯爵達の背を目で追っていると、馬に乗った大柄な騎士の姿が目に入った。
侯爵と同じ黒いマントをはためかせて、金色の牛が垣間見えた。
「ストラダーレ殿……!」
まるで見計らったかのような頃合いで駆けつけたストラダーレを見て、思わず声を上げてしまった。だが、驚くべきことはまだ後にあった。
侯爵達の斜め前方から駆けつけたストラダーレは、そのまま後方に迫っていた騎兵達へと突っ込んだ。玉砕覚悟の吶喊か。そう思うような勢いである。
しかし、訪れた結果は違った。ストラダーレは全力疾走する馬に乗っていたにも関わらず、向かいくる騎兵達の首を刎ねてみせたのだ。交錯する時間は僅かである。その間に、五人の騎兵の首が地を転がった。
ストラダーレはそのまま勢いを落とすことなくこちらに駆けてきた。
「助勢します」
「ありがたい」
短い言葉のやり取りだったが、それだけで意思が通じた気がする。
ストラダーレはどこまでもフェルティオ侯爵の右腕なのだろう。主人を守るべく、命を投げ出して足止めの手助けをするつもりなのだ。
黒色玉がいくつも爆発する中を疾走していくストラダーレの背中を見て、侯爵が羨ましくなった。いや、正確に言えば二人の関係が、だろうか。
「土の槍衾」
魔術を行使して、騎兵達を分断した。ストラダーレは一瞬でその意図を理解し、手早く近くにいた騎兵達を仕留めていく。
大砲による攻撃と黒色玉の爆発がそこかしこで起きているが、それでもストラダーレは止まらない。怯える馬を見事に制御し、次々と騎兵を切り倒していく。
「もう良いだろう」
最後に残った騎兵が退却したのを見てストラダーレに声を掛けた。
「承知」
ストラダーレは返事をしながら素早く切り返してくる。その後方から、石の壁を乗り越えた地竜が姿を見せた。思ったより時間を稼げたが、それでも自分たちが脱出する時間があるかと問われれば難しいところである。
「……申し訳ないが、私は足止め程度しかできそうもない」
「構いません。翻弄し、片目を潰してきましょう」
「……本気か?」
地竜を相手に軽口を叩く余裕があるのか。そう思って聞き返したのだが、ストラダーレは無表情に頷き、地竜に向かって走り出した。
まさかの行動に、流石の私も度肝を抜かれた。慌てて魔術の詠唱に入ったが、同時に地竜も口を開いてブレスを放つような体勢になる。これは、回避することはできないかもしれない。
そう思った矢先、ストラダーレが何かを投げるのが見えた。地竜の足元で突如として何かが破裂する。
「黒色玉か……!」
いったい、いつの間に手に入れたのか。それとも最初から持っていたのか。いや、今はそんなことはどうでも良い。絶好の機会が巡ってきたのだ。
予想通り、地竜の顔はストラダーレに向いた。どちらが脅威か、取捨選択した結果だ。だが、それはあまりにも甘い判断だろう。
「大口を開けたままとは、品の無いことだ……石槍」
魔術を行使した直後、地竜の口の前に巨大な石の槍が出現して上顎に突き刺さった。いかに地竜といえど、口の中まではその硬度を維持できない。貫通とまではいかないが、ブレスを中断させる程度の衝撃は与えられたはずだ。
耳を劈くような激しい咆哮が響き、地竜が首を大きく振った。その衝撃で石の槍は粉々に砕けたが、その間にストラダーレは地竜の横を駆け抜けている。
「シッ!」
鋭く息を吐く音がここまで聞こえてきた。見れば、ストラダーレが振った剣が地竜の腕を切り裂いていた。骨までは切り裂けてはいないだろうが、それでも剣で傷を負わせたことは驚異的の一言に尽きる。
怒りからか地竜が腕と尾を振るって周囲を薙ぎ払おうとするが、その時にはストラダーレも間合い外に離れている。人馬一体となった見事な戦いぶりだ。
「石壁……!」
地竜の動きが止まったことを確認して、詠唱していた魔術を発動させる。こちら側と地竜の間に巨大な壁が出来上がり、ようやく退却する余裕が生まれた。
「ここまでだ……! 退却する!」
「承知した!」
退却の指示を出し、了承する声が返ってくる。その直後、出来上がったばかりの石の壁の上部が轟音とともに破壊された。成人男性の体ほどもある巨大な破片が無数に飛来し、その幾つかがこちらに迫ってきた。上半身を捻ったが回避が間に合わず、右肩に激しい衝撃を受けて馬から投げ出されてしまう。
地面を何度か転がり、ようやくうつぶせの状態で地面に倒れこんだ。
「ぐ……」
苦痛に声を漏らし、肘を地面に突いて顔を上げる。運悪く、大砲が直撃したらしい。分厚く作ったはずの石の壁は上部が砕けており、そこに前脚をかける地竜の姿が見えた。
その光景を見た瞬間、絶望に視界が黒く染まったような気がした。
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