【別視点】救援は
【ジャルパ】
最悪だ。ついこの前馬鹿どものお陰で陛下の御前で下らない失態を見せてしまった時、今日は人生で最悪の日に違いないと思っていた。
だが、そんなものは大したことではなかったらしい。
今がまさに、人生で最悪の瞬間であることに疑問の余地はない。
「閣下……っ! やはり待ち構えておりました!」
「意外にも定石を好むじゃないか、雑魚どもめ……っ!」
左右からの攻撃を掻い潜っての突撃だ。もちろん、相手が奥に待ち構えているであろうことは承知していた。
寸前で行われた作戦会議では、街道の狭まった箇所で待ち構えられているか、道を崩してせき止めて左右から矢の雨を降らせてくるだろうと予想していた。そのどちらであっても、止めには大砲が使われるはずだ。
シェルビア側からすれば、城塞都市まで進ませてしまうと敵の動向を予測し難くなる。出来ることなら陣形も選択できないような窮屈な環境に押し込めて、大砲で吹き飛ばしてしまいたいはずだ。
ならば、我らは敵が待ち構えているであろう場所の寸前で進行を止め、正面と左右を焼き払えば良い。騎馬での魔術行使は私もタルガも問題ないのだから、上手くいけば一方的に攻撃が可能だ。
そう思っていたのだが、予想外の事態に見舞われた。
「……っ! 閣下、前方にあるのは人の壁でも砦でもありません! 成竜です! おそらくは地竜の一種かと思われます!」
「馬鹿な……! スクデットに引き続き二体目だと……っ!? 今、イェリネッタ王国との国境では総力戦に近い戦が行われているというのに、このセンテナにドラゴンを連れてきたのか!?」
敵の指揮官は頭がおかしいのか。それとも成竜という切り札がいくつも切れるほど手札が充実しているのか。
いや、今はそれどころではない。
「……こんな狭い場所でドラゴンのブレスなど冗談ではない! 一旦後退だ! こちらに誘き出して周囲を囲む! その間も常に動き続けろ! 敵の狙いはこちらの足を止めることだ! 止まれば大砲が……っ!?」
指示を出そうと怒鳴っていると、不意に嫌な音が聞こえてきた。
それは足音だ。地鳴りにも似た大人数の足音である。千や二千では足りない、一万にも手が届く大規模な突撃の音だ。
「やられた……! まさか、大砲が囮だとは……!」
左右から土煙をあげて迫る歩兵中心の軍を見て、自身の考えが致命的な失策であったことを悟る。
大砲よりも我が火の魔術の方が遥かに優れている。大砲なぞ、不意を突かれねば脅威となり得ない。そう思っていたが、どうやらそれは自分でも気付かぬうちに己の本心を押し隠す為の強がりだったようだ。
なにせ、この失策の原因は紛れもなく、大砲の脅威に怯えていたことに起因するものだからだ。
頭の中で、敵は必ず大砲で我らを迎撃しようとするに違いないと思い込んでいた。
まさか、このような古典的な挟撃を使ってくるとは……!
「閣下! 我が騎士団はセンテナまで退却します! 構いませんな!?」
自身の戦術が致命的な失敗となった。その事実に呆然となっていると、タルガが目の前に来て怒鳴った。その悔しさと苛立ちに染まる目を見て、ようやく思考が再開する。
「……分かっておる! 退くしかあるまい! 魔術を使える者は全力で左右から迫る人壁に放て! 先頭を潰すだけで足は大きく鈍る!」
「はっ!」
それだけ指示すると、自分自身も魔術の詠唱をしながら馬を反転させた。ストラダーレはその間に命令の伝達を行なっていく。
退却するまでの時間稼ぎの為に、矢が大量に放たれた。一呼吸遅れて、中級程度の魔術が迫り来る敵軍に向かって放たれる。続けて、自分やタルガ達の魔術だ。上級魔術や特大魔術などとも呼ばれる広範囲の魔術である。
数は中級の魔術よりも少なくとも、その範囲は比べものにならない。
「業火の帯」
その言葉と共に魔術を行使する。
右腕に装着した火龍の皮とミスリルを使った籠手が炎に包まれ、生き物のように蠢く。
そして、炎は轟々と燃え盛りながら勢いを増し、迫り来る兵士達へと向かっていった。
全てを呑み込むような炎の帯が生ける者を焼きつくさんとし、人型の灰燼を作り上げながら地面を包囲していく。
反対側も大量の水による津波、土の魔術で作り上げられた槍衾。それらが効果を発揮して、雪崩のように斜面を下ってきていた大軍の足止めに成功する。
無意識に安堵の息を吐きそうになり、背筋が冷たくなる。ここまでがイェリネッタの策略通りなら、これで終わりのわけが無い。
わさわざ巣から出てきた鼠をただで帰す愚策は犯さないだろう。
「安心するな……! 動きが止まっているぞ! 走れ……っ!」
顔を上げて声を張り上げる。
直後、空が暗くなった。
何も聞こえない。だが、身体中が痛いという感覚はあった。おかしい。馬に乗っているのに、右肩から腰、そして両足に何かが押し付けられているような気がした。
僅かに、視界が明るくなる。何が起きたのかは分からないが、今自分が全く動いていないのは理解できる。危険だ。このままでは、大砲は来なくともあの厄介な成竜が来る。
滲んでいた視界が、徐々に鮮明になってきた。
こちらに走ってくる馬が見える。馬鹿みたいにでかい馬だ。あまりの大きさに騎乗している者の顔も見えない。
おかしい。馬は目の前にきて、土が少し顔にかかった。なのに、何も聞こえない。馬の上から誰かが手を伸ばして叫んでいるようだが、何も聞こえない。訳もわからぬまま、馬上の主に向かって手を伸ばした。体を起こそうとして、酷い眩暈を感じる。そうか。私は今、地面に倒れているのか。
ふと見ると、見慣れたはずの自身の手が形を変えていることに気がついた。
指が二本、半ば程から失われている。これは、他にも大きな損傷を負っていそうだなと、まるで他人事のようにそんな感想を抱いた。
「……侯爵閣下っ!」
馬を下りた騎士の決死の顔が、倒れたままの私のすぐ目の前で叫ぶ。ようやく我が耳が蘇ってきたようだ。
「わか、っておる……少し、ま、待て……」
上手く口が動かない。自分の声もボヤけたような聞こえ方だった。音が聞こえるようになった途端、身体の痺れと頭痛が強く感じられた。腕を引っ張られて、無理矢理立たされる。力強く引っ張られて、騎士の肩に体重を預けるような格好となる。
そして、惨状を知った。
騎馬隊の後方に大砲の攻撃が命中したのだろう。目の前には百を数える騎士や馬の死体があった。いや、もしかしたら生きているのかもしれない。しかし、戦場にあっては死んだも同然といった状況である。
騎士団を細かく分けたことが幸いしたと思うべきか。遠くを見ればまだまだ多くの騎士達が撤退を遂行中だった。
だが、見回すだけでも相当の数が大砲の餌食になっているようだった。
戦争は変わった。変わってしまった。その事実を、嫌でも思い知る。
少し離れた場所から馬に乗った大柄な騎士が向かってくる。その目を見張るような恵まれた体躯。見間違えるはずも無い。タルガだ。
「閣下……! 閣下はご無事か!?」
タルガは自らが率いた騎士団はどうしたのだろうか。副騎士団長が率いているのかもしれない。
「こんな、ところに、し、指揮官が、あ、集まる、な……!」
我ながら掠れた声だった。だが、きちんと二人に聞こえたようだ。タルガは深刻な顔で頷き、騎士の方を見た。
「閣下を馬に乗せることは出来るか?」
「タルガ様にご助力いただければ……私の体に紐で固定しましょう」
そんな会話を聞き、激しく苛立つ。
「ば、馬鹿、な……だ、誰の世話にも、なら、ん……!」
そう言って騎士から離れようとしたが、すぐに二人に止められる。
「む、無理はいけません!」
「閣下は今、脚が……」
その言葉に、視線を下げる。首が痛むが、それも気にならなかった。
確かに、我が右足の膝から下が失われていた。いつの間に処置をされたのか、腿の辺りをきつく縛り付けられているようだが、今もなお流血は続いている。
「……私をつ、連れて、いくのは、あき、らめろ。ス、ストラダーレと、合流、し、せ、センテナで、さ、再編成を、しろ」
自分を連れて戻れば全員が死ぬ可能性が高い。そうなれば、この防衛戦はどうしようもなくなる。
そう思っての言葉だったが、すぐに自らの考えが甘いことに気が付く。すでに、どうしようもないのだ。
遠くで爆発音と地響きが聞こえた。タルガ達は暴れる馬を抑え込みながら退却の為の準備をしている。
深く、息を吐いた。最早、己の自尊心を守っている場合ではない。私はこの地を守る上級貴族、ジャルパ・ブル・アティ・フェルティオ侯爵である。最善を尽くさねば、貴族の恥だ。
「……タルガ」
「はっ!」
名を呼ぶと、タルガが振り向いた。その目を見て、低い声で告げる。
「ヴァンを、呼べ。ヴァン・ネイ・フェルティオ男爵を……それ、い、以外に、勝ち筋は、無い」
次にくるライトノベル大賞2022、単行本部門3位☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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