状況は深刻
外は暗い夜の帳が下りていてしかるべき時間だ。左右が切り立った崖に挟まれた渓谷のような状況なのもあり、本来なら道も見えないほど真っ暗でもおかしくない。
だが、今は赤い光と黒い煙に包まれていた。大量の黒色玉が木々を焼いたのだろう。街道の傍から崖の斜面まで、いたる所で火の手が上がり、黒煙が視界を悪くしていた。崖や街道を火の赤い光が照らし出す中、多くの騎士の死体が地面のあちこちに転がっているのが分かった。
恐らく、ほとんどがセンテナの騎士団の騎士達だ。もしかしたら、ジャルパのフェルティオ侯爵騎士団も混じっているかもしれない。ワイバーンの死体もあったが、騎士の死体が目立ってしまいスクーデリア王国側から見たら絶望的な雰囲気が感じられてしまう。
「……無茶な突撃にしか見えませんが」
そう呟くと、パナメラが鼻を鳴らして天井を指さした。
「これだけやられたんだ。私だって殴り込みに行きたくなるさ」
「いやいやいや、そんな不良の縄張り争いじゃないんですから」
武闘派なパナメラらしい共感の仕方に思わず突っ込んでしまう。それにパナメラはよく分からないといった表情を見せたが、すぐに真面目な顔になって窓の外に視線を戻した。
「冗談はさておき、タルガ殿とフェルティオ侯爵の心情は察して余りある。この地を任された者として、易々と突破されてしまっては立つ瀬がない。まだスクデットならば撤退して反撃に戻る猶予はあったが、このセンテナは突破されれば終わりだ。突破されれば自らの領地も終わりであり、現在の状況を考えればスクーデリア王国としても終わりだ。この要塞に籠っていてもどうしようもないならば、もはや攻勢に出るしかあるまい……それが死を覚悟して尚、達成困難であろうともな」
腕を組み、苦み走った顔でそう告げるパナメラ。もしかしたら、そういった事態に自分がなることもあるかもしれない。そう思っているのだろう。僕だって、同じ状況なら他の選択肢は選べないかもしれない。
「はっ! タルガ殿も侯爵閣下も、死を覚悟して出陣されました! 主となる騎馬隊を二つに分け、さらに歩兵隊も四隊に分けて行動しております。騎馬隊は予定通り大砲で狙われる前に駆け抜けました。そして、歩兵隊は広く陣形を広げて行動した為、半数を失いましたが残りは奥へ行くことが出来ました。お陰でこのセンテナへの攻撃は極端に減っております。ワイバーンだけは何故か残っていますが……」
騎士の一人がそう口にした直後、要塞のどこかで爆発音と地響きが起きた。それに身を竦ませつつ、窓から顔を出して空を見てみる。
確かに、空にはワイバーンが三体、ぐるぐると弧を描くような軌道で飛んでいた。
「フェルティオ侯爵の加勢に行きたいところだが、あのワイバーンをどうにかしないと対応できないな。どうする、少年」
パナメラにそう尋ねられ、ワイバーンの飛行する様を観察する。
「……あの崖の方へ戻るのは何故ですか? ワイバーンは長時間飛べないんでしたっけ?」
質問すると、騎士は首を左右に振って崖の上の方を指さした。
「通常、飛竜種は長時間の飛行が可能です。恐らく、あの崖の上に黒色玉を補充する場所があるのでしょう。しかし、あそこに向かうのは至難の業です。我々もどうにか補給を妨害しようとしましたが、どうにも……」
悔しそうに騎士のおじさんは説明をしてくれた。成程と頷き、振り返る。
「それなら、アルテが適任かも」
そう口にすると、アルテは胸の前で小さく拳を握って顎を引いた。
「ま、任せてください……!」
意気込みを口にするアルテだが、それを聞いたセンテナの騎士達は頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。
「……し、失礼。そもそも、貴方は? その、パナメラ子爵との会話を伺う限り貴族でいらっしゃるのは分かりますが……」
「え? あ、そういえば名乗ってなかった……! 申し訳ありません、僕はヴァン・ネイ・フェルティオと申します。一応、男爵位を頂いておりまして……」
名乗り忘れていたことを思い出し、慌てて自己紹介をする。すると、騎士のおじさんはギョッとした顔で僕の顔をまじまじと見た。
「ヴァ、ヴァン男爵ですと!? そ、それでは、このセンテナにあのヴァン男爵が援軍に駆けつけてくれたということですかな!?」
どのヴァン男爵だ。
おじさんのあまりにも大袈裟な反応に、思わず自分ではない別のヴァン男爵がいるのではないかと思ってしまった。しかし、どうやら僕で合っているらしく、輝くような笑顔で近づいて来る。
「お、おお! 確かに! 何故気が付かなかったのか。その銀色の髪! 十歳ほどの見た目! いや、まさに噂のヴァン男爵ではありませんか! なんという奇跡か! これでようやく光明が……!」
目じりに涙さえ浮かべて、騎士のおじさんは熱弁する。それに呼応するかのように、周囲からはすすり泣く声まで聞こえてきた。
「……と、とりあえず、何がなんだか分からないけどワイバーンを倒してきます。放置しておくと危ないし」
「おお! 早速そのように気楽な調子で……! さすがはヴァン男爵! 何かお手伝いすることがありましたら何なりと……!」
「い、いやいや、何もしなくて良いですよ」
「分かりました!」
そんなやり取りをして、僕達はそそくさと部屋を後にした。外に出ると我慢の限界がきたらしく、パナメラが噴き出すように笑い出した。
「はっはっはっは! いつの間にか有名になったものだな、少年?」
「た、多分、フェルティオ侯爵領だからですよ。僕も一応、フェルティオ侯爵家の人間でしたからね」
「謙遜するな! 羨ましいくらいだぞ」
と、パナメラは隙あらば茶化しにくる。時折見えるサディスティックな一面だ。いや、どちらかというと苛めっ子気質というべきか。
「目立てば目立つほど厄介ごとがある気がするんですけどね」
溜め息交じりにそう呟き、大股で廊下を歩く。すぐに屋上へ向かう階段を見つけた。
「よし、大急ぎでワイバーンを討伐して先行した人たちの援護に行きましょうかね」
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