陥落寸前にもほどがある
パナメラの言う通り、センテナに近づくまでは大した攻撃もなかった。それも、援軍を近づけさせないように攻撃をしてきたというわけではなく、ワイバーンから適当に落とした黒色玉がこちらにも飛んできた、というのが正しいのかもしれない。
離れた場所で二、三か所爆発が起こり、足元に震動が伝わってきた。黒色玉の脅威は皆も知っていた筈だが、実際に爆発する現場を目の前にするとやはり恐ろしい。
パナメラの騎士団の中にも顔面蒼白になりながら行軍する者が見受けられるくらいだ。パニックにならないだけ凄いと褒めるべきか。
そんなことを思いながら、要塞センテナへと到着した。
城壁は爆発音が聞こえる度に震動し、大小さまざまな瓦礫が落ちてくるのを見て、まさに崩壊寸前なんだと実感させられた。
「……そもそも、こんな状態の建物の中に入りたくないよね。瓦礫が落ちてきたら死んじゃうよ。僕、若いのに」
そんな独り言を呟いていると、アルテが真剣な顔で頷く。
「こういう時こそ、私の一対の銀騎士なら……」
小さな声だったが、その言葉は力強かった。自信が窺えるその言葉にパナメラの方が目を瞬かせている。その対比に思わず笑いながら、城門の上を見た。もはや、スクーデリア王国側に人を配置する余裕すらないに違いない。
「……お邪魔しまーす」
一応、そんな挨拶をしつつ城門に取り付けられた小さな出入口に手をかける。この扉は単なる材料だ。さぁ、このヴァン君が新しい扉にしてあげよう。そう念じつつ、魔術を行使する。
「よし、開いた」
ものの十数秒で作り変えられた扉は、鍵も何もない単なる観音開きの扉である。両手に力を籠めると、すぐに開くことが出来た。
「さぁ、入ろうか」
そう言って振り返ると、パナメラから不審な者を見る目で見られてしまう。
「……少年。もしかしてだが、何かしらの犯罪に手を染めてはいないだろうな?」
「そんなことしてませんよ!」
変な誤解を与えてしまっていたようだ。パナメラの質問に慌てて否定の言葉を返す。しばらくジト目で見られたが、またどこかで黒色玉が爆発する音が鳴り響き、パナメラは溜め息を吐いて自らの騎士団に振り返った。
「少々後ろめたい形だが、道は開かれた。歩兵は盾を構えて前に出ろ。陥落寸前であれば要塞内には敵兵の姿もあるかもしれん。それを頭に入れて行動するように」
「はっ! 騎馬隊は馬から降りろ! 歩兵隊、前へ!」
パナメラの指示に騎士団長が即座に従い、命令を伝えていく。
「後ろめたい形って何ですか。悪いことには使ってませんってば」
「いや、そういった使い方があることが問題だ。少年が早熟なら夜這いなんて使い方もありえるだろう?」
「しません!」
パナメラのあんまりな言葉に、僕は思わず怒鳴ってしまったのだった。だって、セクハラだもの。
先行するパナメラ騎士団の背中を見つつ、セアト騎士団も要塞内に入った。壁はそこかしこにヒビが入っており、屋根の一部は崩壊してしまっている。奥に行けば行くほどその崩壊ぶりは激しさを増しており、ほとんど廃墟のような状態である。
「……人がほとんどいなさそうだな」
「まさか、全員で屋上に上がって弓矢を射ったり、魔術を放っていたり……」
「そんなわけあるか。指揮官は安全な場所から防衛の策を練っているはずだ」
そんなやり取りをしつつ、さらに要塞内を進んでいく。やがて中庭に出ることが出来たが、そこは悲惨な有様だった。
地面がところどころ焼け焦げ、大きな塔は崩れて倒れたままになっており、死体らしき人影も散見される。そんな地獄のような光景に、アルテやティルが後方で息を呑む音が聞こえた。一方、カムシンとロウは僕を守るように前に立ち、剣を構えている。
「ヴァン様、お気をつけください」
カムシンが周囲の瓦礫の影などを確認しながらそんなことを言った。それに苦笑しつつ、感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。ただ、恐らく大砲や黒色玉によって亡くなった人々だと思うよ。さぁ、ここにいたら僕たちも危ないから早く移動しよう。センテナの常駐騎士団はシェルビア連合国側の城壁に集まっているんだろうね」
カムシンにそう告げると、ハッとした顔になって振り返った。
「そ、そうですね。危ないので、急いでこの場から離れましょう」
そう言って、今度は上空を警戒し始めた。カムシンが必死に僕を守ろうとしてくれていることが伝わり、何となくうれしい。
「さて、普通なら空からの攻撃に備えて屋上にはあまり人を置かないだろうし、相手の動向は探らないといけないから、二階か三階あたりに集まってそうですよね。行ってみますか」
そう言うと、パナメラもすぐに同意して騎士団に指示を出した。
足早に中庭を進み、階段を見つけて建物内を進んでいく。それにしても人がいない。こんなにいないのは流石におかしい。
「もしかして、ちょうど皆このセンテナを捨てて逃げ出したばかりだったりして……」
そう呟くと、パナメラが眉間に深い皺を作ってこちらに横顔を向けた。
「いくらフェルティオ侯爵でも、貴族としてそんなことはしないだろう……まさか、そんなことをする可能性がある、ということか?」
「あ、いや、冗談ですよ。あんまりにも人がいないから、ふと頭を過って……ははは」
乾いた笑い声をあげながら生返事をしつつ、階段を上っていく。そして、最上階となる三階に上ったところでようやく人の気配を感じることが出来た。城壁に沿って長い廊下が続いており、奥から喧騒が聞こえてくる。
どうやら、それぞれ部屋として区分けされているようだ。確かに、一つずつ壁で区切っていく方が多くの柱を置いて広間にするよりも強度は高いだろう。しかし、鎧を着た騎士が大勢で防衛することを考えると不向きな構造だ。
相手がシェルビア連合国ということもあり、弓矢と魔術師隊で十分という見方をしていたのだろうか。
そんなことを思いつつ、パナメラの騎士団の騎士が手前の部屋の扉を開ける様子を後ろから眺める。
「な、何者だ!?」
ここからでは部屋の中の様子は見えないが、部屋の奥から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「パナメラ・カレラ・カイエン子爵騎士団である! センテナに危機が迫っていると聞き、急ぎで参った次第だ! この国境を守護する常駐騎士団はタルガ殿が騎士団長であったと記憶しているが、相違ないか!?」
「おおっ! 援軍に感謝する! 常駐騎士団の騎士団長はタルガ・ブレシア殿で相違ない! しかし、今はフェルティオ侯爵閣下がおられ、全権を移譲されている!」
短く、お互いの情報交換を行ってから、部屋へと入室する。あまり広くはないようなので、パナメラと騎士団長、そして僕とアルテ、カムシン、ロウ、ティルの七人だけだ。いや、正確には僕たちの斜め前にアルテの二体の人形が立っている為、それらも合わせると七人と二体となるだろうか。
「お、おお……この長身の騎士、は……?」
アルテの人形に驚くセンテナの騎士を横目に、パナメラは部屋の奥へと勝手に進んでいく。あまり広くなさそうに感じたが、それでも中には十人ほどの騎士がいた。騎士たちはパナメラの姿を見て距離を空けるように左右に分かれていく。
その中をパナメラは颯爽と歩いて移動し、壁のそばに立った。三十センチ四方程度の小さな小窓に顔を近づけて、外の様子を窺う。
「なるほど、攻勢に出たか。余程追い詰められたようだな」
その言葉に、慌てて窓の方へ向かった。外を見ようと思ったが、微妙に身長が足りない。よく見えない。困って背後を振り返ると、カムシンがササッと椅子を持ってきてくれた。それに乗って、事なきを得る。
「……うわ」
外の景色を見て、僕は思わずそんな声を上げていた。
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