【別視点】戦の開始
【ジャルパ】
センテナに到着して二日。着実に地理の把握と騎士団の戦闘準備が進んでいた。いくら我が領地内の要塞とはいえ、センテナから向こう側は他国の地だ。わずか数キロ進めばシェルビア連合国の誇る城塞都市、オペルである。
日も暮れかけて、センテナの城壁が赤く染まっていく。左右を崖に挟まれたセンテナは、他よりも早く影が落ちてくる。夕日が崖の岩肌で遮られて視界は薄暗くなっていった。
敵はどこから来るか。これまで連続で大敗しているのだから、まさか正面からぶつかってくるようなことはあるまい。
相手の立場になり、自分ならばどうセンテナを陥落させるか、様々な手を考える。
そうしていると、背後から足音が聞こえてきた。
「閣下、どうぞ中にお入りください。見回りは担当の者がおります」
現れたのはタルガだった。背後を振り返ると大男が無表情に立っており、肝が冷えるような心地になる。
「……すでに十分イェリネッタとシェルビアの動きは予測して準備を調えてきた。しかし、どうにも抜けがある気がしてならん」
そう告げると、タルガはシェルビアの地を睨むように見据えて、短く息を吐いた。
「……ふむ。それは、例の大砲とやらの件でしょうか」
「そうだ。想定の一つではあるが、大砲の情報は十分とは言えん。もし、こちらの攻撃手段がないような長距離での運用が可能ならば、籠城戦ではなく野戦に挑まなくてはならなくなる。この地を占領されたら後がないのだからな。そうなったら、騎馬隊で無理やり距離を潰すか、玉砕覚悟で……」
タルガの質問に答えていると、不意に耳に残るような物音がした。距離は遠く、音が反響しているのか場所は正確には分からない。
だが、間違いなく上の方から聞こえた。
「……なんだ、今の音は」
そう呟くと、タルガが眉間に深い皺を寄せてセンテナの左右を囲む崖の上を見上げた。
「……あの絶壁に、まさか大人数で……」
タルガが呻くようにつぶやいた直後、大地を揺らすような重低音が鳴り響いた。遅れて、硬く重い物が衝突する音と何かが破裂するような激しい破壊音が連続して聞こえた。
視界の端で巨大な塔が崩れるのが見える。細く背の高い尖塔ではなく、屋上に何十人も並んで隊列を組むことが出来る大きな塔である。その塔が、上部三割ほどをガラガラと音を立てて崩されてしまったのだ。
「くそったれめが!」
無意識に怒鳴っていた。間違いなく大砲だ。黒色玉を見たことがあるが、あれはこのような威力ではなかった。もっと物質の表面を破壊する力である。
親の仇を探すように周囲の崖の上を睨む。そして、少し離れた東側の崖の上に煙を見つけた。もう陽が落ちて周囲は暗くなってきているが、その灰色の煙は何故かよく見えた。
追撃だけは阻止しなくてはならない。攻撃速度を重視して、素早く詠唱、魔術を発動する。
「……赤熱炎……!」
魔術名を口にすると同時、魔力が指先から迸った。崖に向けて腕を振ると、可視化するほどに濃くなった魔力が炎へと変化して燃え盛る。まるで矢のように飛び出した炎の塊が一直線に崖の上へと伸びていった。
煙の上がっていた部分を含め、崖の上に広がる木々をまとめて焼き尽くす炎。
それを見て、タルガが我に返った。
「っ! 閣下、建物の中へ戻ってください。別の場所からも狙われている可能性があります」
「分かっている! くそ、あの崖も直接調べておくべきだったか! 腹立たしい!」
怒りをぶち撒けるように城壁の壁面を強く殴りつけて怒鳴った。骨に響くほどの衝撃と鈍い痛みが気にならないほどの怒りだ。
「仕方がありません。あの崖は冒険者達であっても簡単には登れません。魔獣もいますし、騎士団を指揮する身としてはそんな危険を冒して少数を崖の上まで送り出したところで、今のように崖下から魔術による攻撃を受けて全滅するのが関の山ですから」
タルガにそう言われて、ようやく気が付く。黒色玉や大砲に目を奪われて、他のイェリネッタの新兵器を忘れていたことに。
「……そうか、そうだったな。奴らには二足飛竜があったか……!」
「ワイバーン? それは、中型とはいえ魔獣を従えているということですか?」
「その通りだ。卑しき傀儡の魔術を使ってな。亜竜種とはいえ、ワイバーンは飛竜の一種だ。あの程度の魔術では……」
答えた直後、まるでそれを合図にでもしたかのように崖の上から大きな黒い影が飛び上がった。蝙蝠にも似た巨大な翼。図体はそこまで大きくないが、それでも馬を足で掴んで連れ去ることもあるほどの大きさだ。まさしく、二足飛竜である。
鱗も鉄の鎧のように固く、通常の弓矢や投げ槍程度では翼を傷つけることもできない。相手が空を飛ぶ以上、魔術師でないと対応できないのだ。
「愉快なことを同時に思い出したぞ、タルガ」
「は? 何をでしょうか」
自暴自棄気味に嗤いながら話しかけると、屋上から下の階に入るための階段に差し掛かった状態でタルガが聞き返してきた。それに鼻を鳴らして、空を舞うワイバーンを親指で指さす。
「あの空飛ぶトカゲは、空から黒色玉を落としたことがある。まぁ、鳥のフンのようなものだな」
「……それは品の無いことですな」
タルガが顔を引き攣らせて答えた。その後すぐ、地響きとともに熱風が階段の方へ吹き込んできた。城壁のすぐ傍の地面に黒色玉が落下したようだ。どれだけの量を詰め込んで落としたのか、火の燃えあがる音がここまで聞こえてくる。
「おお、頭が冷えてきたぞ。どうやってあの馬鹿どもを叩き潰すべきか、策が湯水のように湧いてくる」
「それは良かった」
階段を下りながら、時折聞こえてくる地響きに怒鳴り散らしそうになるのを堪えつつ、軽口を吐く。どんな心境なのかは知らないが、タルガもそれに倣うように返事をした。
冗談ばかり言っても仕方がない。まずは、あの空飛ぶトカゲを地面に引き摺り下ろすことから始めなければならない。
皆さまのお陰で次にくるライトノベル大賞2022にて、単行本部門3位の快挙☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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