【別視点】ジャルパの奮闘
【ジャルパ】
「ようこそ、閣下。歓迎いたします」
要塞センテナの城門前。目を隠すほどの長い赤褐色の髪を揺らし、背の高い男が顎を引いてこちらを見た。センテナを守る国境騎士団の団長であるタルガ・ブレシアだ。タルガは目を見張るような大男で身長は二メートルを超すほどだろう。壁のような筋肉も相まって、巨人の一族かと思ったほどだ。
このセンテナを守る騎士団はフェルティオ侯爵家やフェルディナット伯爵家、ベンチュリー伯爵家など周辺の上級貴族から兵を集め、さらに王家および公爵家からも兵が参加し、結成されている。その性質上、騎士団長には必ず王家か公爵家から選抜された騎士が就く。そして、副団長には上級貴族の派遣した騎士達の中から二人選出される、という形だ。
これまでは上級貴族の騎士団から選ばれた騎士もそれなりの影響力を持っていたが、このタルガが来てからは完全に抑え込まれてしまっているようだ。それだけタルガの武力や用兵の能力が高いということだろう。
タルガはその姿に似合う低い声で言葉を続ける。
「……閣下が騎士団を率いて来られたということは、事態をすでに把握されているということですね」
「当たり前だ。この要塞からこちらはフェルティオ侯爵家の領地だぞ。シェルビア連合国の情報を得る手段は幾つか持っている」
そう答えると、タルガは浅く頷いた。それ以上は会話の必要はないと判断したのか、タルガはすぐに踵を返して城門を潜る。
「こちらへ」
副団長が代わりにそう口にして、先導するように前を歩いた。ストラダーレに目を向けると、何も言わずとも頷いて騎士団に振り返る。
「騎士団の半数がセンテナへ入城する! 残りは野営の準備をせよ!」
ストラダーレはそれだけ言うと、すぐに後を付いてきた。
品の良い内装など何もない、剝き出しの石材の壁や床を見ながら、センテナの中を進んでいく。シェルビア連合国の脅威度を低く見積もっていた証拠なのか、センテナは五千人規模の要塞だ。国境を守る要塞や城塞都市としては中規模の大きさである。
その設計から廊下も数人並んで歩けば肩が触れるほどの広さしかない。
シェルビア連合国に向いた城壁の前には流石に兵を集結させる為の中庭や資材庫があるが、それ以外は狭い敷地を有効に活用するべく無駄を省いた造りとなっていた。
狭さに圧迫感を感じながら廊下を進んでいくと、大きな部屋へと案内される。中心には大きなテーブルがあり、地図が広げられていた。一目でそれがシェルビア連合国の地図だと理解する。
タルガはテーブルの奥へ行き、テーブルの近くの椅子に掌を向けて座るように促してくる。無言でそこに座り、テーブルの上にある地図を睨んだ。
「……それで、今はどのような状態だ?」
そう尋ねると、タルガは地図の一点を指さす。それはこのセンテナからほど近いシェルビア連合国の城塞都市である。つまり、シェルビア連合国にとっての防衛の要ともいえる都市だ。
「随分と混乱していたようですが、ようやく動きがありました。今はここで集まった騎士団を再編成しており、物資の流れも大方把握しています。そして、とある特殊な武器の存在も」
「……黒色玉と大砲か。やはり、イェリネッタ王国が動いているな」
「その通りです。さらに、イェリネッタ王国軍の軍旗と紋章入りの馬車もあるとのことです。どうやら、シェルビア連合国の東部だけでなく西部もイェリネッタ王国に全面的に協力する形になったのでしょう」
タルガのその言葉を聞き、深く重い息を吐く。
「……イェリネッタも、くだらんことを考えるものだ」
そう呟くと、皆の目がこちらに向いた。
「それは、シェルビアと同盟軍を結成して攻めることに対してですか?」
副団長の一人がそんな質問をしてきて、思わず舌打ちをする。
「馬鹿者! そんなことはすぐに露見すると誰でも分かる! なぜ、これみよがしに自国の軍旗を準備したのか。それを考えんか!」
怒鳴り散らすと、愚かな質問をした副団長が情けなくも肩を震わせて委縮した。どこの騎士だ、こいつは。見ているだけで苛々する。
そんなことを思っていると、タルガが眉根を寄せて口を開いた。
「……つまり、我がスクーデリア王国軍の戦力を割こうとしている、ということですね。総力戦にも近い形で兵を集結している為、イェリネッタ側としてはスクーデリアの戦力を分散させたい、と」
「そうだ。馬鹿が今の話を聞いたら、すぐにこのセンテナに多くの兵力を集中させることだろう。だが、それこそがイェリネッタの思惑通りだ。それにも気が付かぬ者は三流。気が付けて二流だ」
「……胸に刻んでおきましょう」
タルガが答えると、他の馬鹿どもは項垂れるように顎を引いて視線を下げる。そんな中、タルガは真っ向からこちらの目を見て再度口を開いた。
「それでは、閣下はイェリネッタの策略を承知でこのセンテナに? 我らでは数か月の時間稼ぎすらできないとお思いか」
その言葉に、思わず口の端が上がる。やはり、この大男は面白い。今の会話の流れで、こちらを責めるような物言いをするとは。それが出来るだけの闘争への自信がある証拠だろう。
確かな実力と、それに裏打ちされた自信。自らの実力に自信が無ければ行動などできない。騎士団を運用する者は、必ず自信が必要になるのだ。
「タルガ殿。悪いが、貴殿は知識が足りない。実際に黒色玉も大砲も見ておらんのだろう? 情報も足りずに敵の戦力を推測することほど危険なことはない」
そう告げると、タルガは表情を変えずに頷いた。
「……その通りです。我々も王都より受けた情報をもとに推測をしておりますが、それも全て実際に見て得た知識ではありません。それでは、実際に体験をされた閣下から教えていただけますか。イェリネッタ王国の武器を手にしたシェルビア連合国の力は、どれほどなのか」
タルガはすぐに指摘されたことに同意して、こちらの意見を聞こうとする。つくづく良い指揮官である。そもそも国境騎士団の団長が王家や公爵家から選出されるなら強力な四元素魔術師のはずだ。
この男に様々な戦場を経験させれば、中々面白いことになるだろう。
「うむ……まず、必ず認識しておかねばならんことは、黒色玉も大砲も、四元素魔術とはまったくの別物だということだ。なにせ、詠唱が存在しない。挙句に誰でも使うことが出来る。使い方次第では目の前で使用される寸前まで気づくこともできない。これがどれだけの脅威か分かるか? もし、この場にイェリネッタ王国の刺客が紛れ込んでいれば、この室内にいる全ての人間を一瞬で殺すことが出来るのだ」
簡単に武器の情報を伝えると、皆の表情が変わった。
「……なるほど。確かに、単純に火の魔術と同等と考えていた部分があります。そう思うと守る時だけでなく攻める際にも注意が必要ですね」
「その通りだ。だからこそ、我々が援護に来たのだ。そして、イェリネッタ王国の思惑を打ち破るためには、スクーデリア王国軍の兵力の分散を避ける必要がある。そうすれば、逆に一部戦力が貴重な武器をシェルビアに融通している分、イェリネッタ王国は苦境に立たされるだろう」
「お、おぉ……!」
答えると、副団長達が感嘆の声を上げたのだった。さぁ、急ぎで黒色玉と大砲の知識を兵たちに植え付けねばならん。時間が勝負だ。
【コスワース・イェリネッタ】
正直、形勢はかなり不利な状況だと判断していた。必勝と思われていた三度の戦い全てで敗北したことにより、人材や物資だけでも恐ろしいほどの損害を受けている。さらに、要所であるヴェルナー要塞が奪われたことで、一点集中していた兵力を複数に分けなくてはいけなくなった。
逆にスクーデリア王国側は要塞ヴェルナーから王都を目指して進軍することが出来る。相手は総力をあげて侵攻できるのに対して、こちらは戦力を分散させなければ守りきれない。
つまり、戦況だけ見ればすでに勝負がついているような状況だ。
だが、それはまともに戦えば、である。
腕や足を斬られても、相手の首を斬ればこちらの勝ちなのだ。深刻な被害は受けるだろうが、それでもフェルティオ侯爵家の領地の一部に食い込むことが出来れば、戦況は大きく変わる。
逆に、こちらが先に王都を狙うことも出来るし、スクーデリア王国側からヴェルナーの奪還を試みることも出来るのだ。こちらの状況に気が付いて反撃に出ようとしたところでもう遅い。覆った形勢は戻すこともできないだろう。
後は戦力の分散をどうするかだけである。
「スクーデリアが侵攻を躊躇うくらい派手な戦果を挙げて殴り込む。こちらの猛攻を知れば、敵の侵攻は止まるのだ」
要塞センテナを早期陥落させるべく、考え得る最大規模の戦力を揃えた。もちろん、各地に必要な防衛戦力や、ヴェルナーに敵を足止めさせる戦力はそのままだが、それ以外の余剰戦力は全て掻き集めてきたのだ。
そして、指揮は私が自ら執る。負ける可能性は皆無だ。
「スクーデリアを叩き潰す……進軍せよ!」
剣を鞘から抜き放ち、見せつけるように高く掲げた。途端、大地を揺らすほどの怒号が鳴り響いた。
皆さまのお陰で次にくるライトノベル大賞2022にて、単行本部門3位の快挙☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
本当にありがとうございます!
そんなお気楽領主5巻がもうすぐ発売!
是非チェックしてみてください!・:*+.\(( °ω° ))/.:+
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