【別視点】ムルシアの意外な才能
【ムルシア】
生来、慎重過ぎる性格だった。それを父に叱られることも多々あり、自分のそういった性格が好きになれなかった。
だが、ヴァンに突如として城主を任され、さらに国王陛下も参戦される大事な戦いの場で守りの指揮を任されてしまった。今すぐにでも逃げ出したくなるような重圧だ。これまでで最も不安になる状況だが、逃げるわけにはいかない。
せめて、イェリネッタ王国が猛攻を仕掛けてこないでくれたら有難い。そう思っていたのだが、その願いが通じたのか。イェリネッタ王国は短期決戦を挑むようなこともなく、不思議な戦術をとってきた。
「きたぞ!」
ディーの怒鳴り声が響き、数秒後には地面を揺らす衝撃と爆発音が響き渡る。そのすぐ後にベンチュリーやパナメラといった四元素魔術を扱う貴族が大声で指示を出した。
「魔術師隊、反撃だ!」
「私が先に攻撃する! 届くと思う者は順次放て!」
「はっ!」
ベンチュリーが指示を出し、パナメラが先行して火の魔術を放つ。それに続いて氷、風、土の魔術が乱れ飛んだ。十数にも及ぶ魔術の攻撃。それらが次々とこの城塞都市を攻撃した一団の下へと向かう。
大砲。ヴァンが教えてくれたイェリネッタ王国の最新兵器。この脅威は一流の四元素魔術師に匹敵する。いや、使い方によってはそれ以上かもしれない。
轟音が聞こえたと思ったら、魔術が届くかどうかという距離にある城壁が音を立てて砕け散る。目で追えないほどの高速で飛来する鉄球は、ヴァンの築いた城壁ですら数回で崩してしまうのだ。
通常のやり方で補修した城壁は、要所に当たれば一撃で破壊されてしまう。一流の四元素魔術師は貴重な上に、その技量を得るまでに長い年月が必要になることを考えると、大砲という兵器の方が有用なのかもしれない。
その証拠に、大砲を持つ一団を何度も追い払う内に、徐々に陛下の表情は曇っていった。
「……陛下。イェリネッタ王国軍は撤退を開始した模様です」
ベンチュリーがそう報告すると、陛下は浅く頷く。
「……ふむ。やはり、全軍で進軍するべきか? しかし、あの大砲とやらが待ち構えていた場合は地形によっては大きな被害を受けるだろうな」
自問自答するように口の中で呟き、陛下は顔を上げてベンチュリー達を見た。
「貴殿らの意見を聞こう。イェリネッタはどうも時間稼ぎをしているように見えるが、狙いはなにか。時間稼ぎをしているのだとしたら、時間を得ることで奴らにどんな利益が生まれる」
陛下が低い声でそう口にすると、ベンチュリー達は思案した後、各々考えを述べた。
「……もしかすると、あの大砲を大量に生産しておるのやもしれませぬ」
ベンチュリーが答える。それに、陛下は眉根を寄せて首を傾げた。
「中央大陸から手に入れている代物だという話だったが、自ら作り出す目途が立った……もしくは既に生産に至ったということか? もしそうなら時間を与えれば与えるほど我が国は不利になる。しかし、そう簡単に開発出来るとも思えんがな」
ベンチュリーの意見を聞いて危険性を理解しつつも、実際に起こりえるかには疑問を呈する陛下。それに他の貴族達は尻込みしたようだが、陛下が視線を向けると慌てて口を開いた。
「こちらで我らを釘付けにして、海岸側より侵攻するつもりやもしれませぬ」
「いや、もしかしたら改めてスクデットを奪いに……」
「馬鹿を言うな。そもそもこの地を奪還しなければ不可能だ」
陛下から聞かれる前に、自ら意見を口にする貴族達。その議論の様子を暫く眺めていた陛下だったが、あまり関心を引く内容は無かったらしく、面白くなさそうにパナメラを見た。
「……先ほどから黙っておるが、何か意見はないのか。パナメラ子爵」
陛下がそう呟くと、皆の視線がパナメラへと向いた。私なら、それだけで声が震えそうなものだ。しかし、パナメラは不敵な笑みを浮かべると堂々とした様子で口を開いた。
「イェリネッタ王国の動向については、先日から私も考えておりました。想定されるのは三つ。イェリネッタ王国に援軍や新たな兵器が導入される。もしくは、別の地点から我が国への進軍。最後に、他国と同盟軍を作る、というところですね」
その言葉に、何人かの貴族がざわめいた。逆に、陛下は落ち着いた様子で浅く頷き、突然こちらに振り向く。何かあったかと思って身構えていると、口の端を片方上げて陛下が口を開いた。
「同盟軍か。それは脅威となるだろうな。ムルシア、貴公の意見も聞いておこう」
陛下がぽつりとそう口にして、皆の目がこちらに向く。パナメラも横顔をこちらに向けて私の顔を観察するように見た。
皆の視線を全身で感じながら、必死に頭の中で自分なりの考えをまとめる。だが、生来の性格が災いしてか、どうあっても最悪の事態しか思い浮かばなかった。どちらにしても、沈黙しているわけにはいかない。
「……その、浅慮ながら、同盟軍が結成されてしまった場合、最も脅威となるのは多方面からの侵攻だと愚考いたします。これまでは、精強なる我がスクーデリア王国の国境を守る騎士団が長期間の防衛を可能にしていたため、たとえ二国から攻め込まれたとしても対処することができていました。しかし、イェリネッタ王国が同盟を結ぶ相手にも黒色玉などを供給した場合、状況は変わるのではないでしょうか……さらに、今はこの、じょ、城塞都市ムルシアに、戦力の大半が揃っております。我々をここに釘付けにして、近隣の国を動かす……それこそ、シェルビア連合国がフェルティオ侯爵家の領土から侵攻する、などということも……」
自分の思い浮かぶ最悪の展開を想像しながら、自身の考えを述べる。
「……なるほど。確かに、スクーデリアからもイェリネッタからも一段落ちると決めつけてしまっていたが、シェルビアも黒色玉や大砲を手にしたら十分敵になり得るな。では、どうしたら良いと思う? この場に最低限の人数を残し、セアト村に戻るべきだと思うか?」
試すような言い方だった。陛下のその質問に背筋を伸ばして答える。
「は、はい……現状、どれが正解かは判断できません。この場にいる騎士団の数が減れば侵攻作戦は立ち行かなくなる恐れもあります。ここは護衛が可能な騎士団一隊をセアト村までお遣わしになり、ヴァン男爵をフェルティオ侯爵領へ赴かせるのが一番かと……」
そう告げると、陛下は自らの顎を指でさすり、笑みを深めた。
「ほう? ヴァン男爵ならば、黒色玉と大砲を備えたシェルビア連合国軍をどうにか出来る、ということか。信頼しているようだな」
と、陛下は笑う。その言葉には、考えるよりも早く口が開いた。
「もちろんです。二国が同盟軍を作って攻めてきたとしても、ヴァンならば防いでみせるでしょう」
確かな確信をもって、そう答える。途端、陛下は声を出して笑った。
「はっはっは! そうか。それほど自信があるならば貴様の言う通りにしてやろう! ヴァン男爵に同行するのは同盟を結んでいるパナメラ子爵に頼もうかと思うが、どうだ?」
「承知いたしました」
陛下が私なんかの考えを認めてくださった上、即座に行動に移された。少し前ならばとても信じられないような状況だ。まるで、この会議の中心が自分になったかのような錯覚を受ける。気持ちがふわふわして落ち着かないでいると、ヴァンのもとへ向かうように言われたパナメラがこちらに振り返っていた。
「……少々、ムルシア殿を侮っていたようだ。自分がいる戦場以外の場所に意識を向け、相手の動きを予測するのは指揮官として必要な技能だからな。ムルシア殿も才がおありのようだ」
パナメラが微笑みを浮かべながらそんなことを言い、急に気恥ずかしくなって頭を下げる。爵位もない自分が偉そうに発言してしまい、不愉快に思われていないだろうか。そんな心配が頭を過った。しかし、陛下は上機嫌に頷くと、すぐに皆に今後の方針について話し出したのだった。
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