商業ギルドからの情報
「ようこそ、アポロさん」
両手を挙げて名前を呼び、歓迎の意を伝える。すると、扉を開けて早足で入ってきたアポロが目を瞬かせて僕を見る。その表情は驚いたというより、何かを察しての苦笑という雰囲気だ。
僅かに乱れていた衣服を整えて軽く息を吐いたアポロは、執務机の前に来て僕を見た。
「お久しぶりですね、ヴァン様。皆様もお元気そうで何よりです。まずは、事前の連絡もなく面会をお願いしたことを謝罪させていただきます。それほど急ぎの内容だと思って駆け付けたのですが、どうやら取り越し苦労だったようですね」
微笑を浮かべつつ、アポロはそう口にして会釈をした。それに僕の後ろに立つカムシンやティル、アルテが会釈を返した。そして、アポロは机の上に広げられた地図を眺める。恐らく、イェリネッタ王国の動向について何か情報を掴んだのだろう。慌てて駆け付けたということは、イェリネッタが予想外の行動に出ている、ということに違いない。
最も直接的な影響が出るのは、セアト村に攻め込まれるという展開だが、それは何となく無さそうな気がする。
「やっぱり、正攻法ではこなかったってことかな? イェリネッタ王国はどっちを選択したんですか?」
イェリネッタ王国の戦略を読み切れなかった僕は、曖昧にぼかしつつアポロに尋ねることにした。自信満々で推測して外すと恥ずかしい。そんな感情からの質問である。しかし、アポロは感心したように何度か頷いていた。
「……流石はヴァン様。イェリネッタ王国の視点から行動を予測していたのですね。結果ですが、イェリネッタ王国は他国を利用するという手段を選択したようです」
「え?」
思わず生返事をしながら地図に視線を落とす。釣られるように、後ろで立っていたアルテ達も顔を出して地図を見下ろした。
イェリネッタ王国とスクーデリア王国に隣接する国と言えば、シェルビア連合国だけである。
「シェルビア連合国はどんな国でしょうか?」
後ろから見ていたティルがそんな質問を口にする。アポロは商人ではあるが、商業ギルドという大手ギルドから来た来客である。その人物を前に雑談のようなノリで質問を口にするティルに、アポロは笑って頷いた。
「シェルビア連合国は少々珍しい国で、元々は二つの小国が近隣の脅威に対抗するために併合して出来た国です。その名残か、東側と西側で文化が異なるという特色があります。そういった背景から、王政ではなく東西でそれぞれ代表者がおり、その代表者が交代で国を治めるという形をとっています」
簡単にシェルビア連合国の説明をするアポロ。それにティルは何かに気が付いたのか、困ったように笑いながら小さく会釈をした。
「あ、申し訳ありません。お茶も出さずに……」
と、ティルは照れながら己のミスを恥じる。他にも色々とあっただろうが、ティルが一番気になったのはそこだったようだ。ティータイム好きなティルの主観が多く混じった言葉に、僕も思わず笑いながら同意する。
「ティルのお茶は美味しいからね。あ、お菓子もお願いするよ!」
「はい、すぐに準備しますね」
そう言って、嬉しそうに軽い足取りで部屋を出ていくティル。それを見送ってから、アポロに対して口を開いた。
「それで、アポロさんはシェルビア連合国の東側と西側、どちらがイェリネッタ王国に協力していると思いますか?」
質問すると、アポロは表情を引き締めて声のトーンを落とす。
「東側です」
そう断言されて、なるほどと頷いた。
「でも、シェルビア連合国はスクーデリア王国と同盟を結んでいるよね?」
答えは分かっているが、一応その事実を確認する。それにアポロは表情も変えずに口を開いた。
「シェルビア連合国は一つの国になる前は西側がスクーデリア王国と同盟を結んでいました。それは今でもそのままとなっています。一方で、東側が結んでいたイェリネッタ王国との同盟もそのままでした。結果、今回の本格的な戦争を受けてシェルビア連合国の内部では、東西それぞれの有力な貴族が睨み合っているような状態となっています」
その言葉に後ろでカムシンが驚いて息を呑む気配がした。まぁ、周囲の状況を考えると確かにと思える内容だ。イェリネッタ王国があまりにもこちらとの情報戦に勝ち過ぎていたため、スクーデリア王国の貴族か、もしくは行商人、冒険者などのスパイを疑っていた。
勿論、他国の介入も含めて、である。
そういったこともあり、アポロの言葉にそこまで驚かなくて済んだ。いや、ちょっとは驚いたけど、そんなに驚かなくて良かった。本当である。
「おほん」
そんなことを考えつつ咳払いをして、地図に目を向けた。
「それなら、こちらに協力的な勢力の方が立場が弱くなっちゃってるのかな? いや、あの新兵器を見て、単純にイェリネッタ王国が勝つ可能性が高いと判断したのか。まぁ、それに関しては仕方がないかな」
そう言って溜め息を吐くと、カムシンが憤りを隠さずに唸る。
「……しかし、同盟を結んでいる相手を見捨てるような行動はダメだと思います」
静かに怒るカムシン。その真っすぐな意見に苦笑しつつ、これまで黙って話を聞いていたアルテに話を振ってみる。
「もし、アルテがシェルビア連合国の王様だとしたら、どうするかな? ちなみに、僕がスクーデリア王国にいない状態だと思って考えてね」
そんな問いかけをすると、アルテは少し慌てつつも「むむむ」と可愛らしく考え込む。
「……そ、そうですね。ヴァン様がいないなら、イェリネッタ王国の方が強いと感じて協力するかもしれないです。その、イェリネッタ王国の黒色玉を見て、もしシェルビア連合国が狙われたら、と思ってしまうかも……」
と、アルテは申し訳なさそうに、しかしきちんと政治的な考え方で意見を口にした。やはり、アルテは頭の回転が速い。戦争が周囲に与える影響なども考えている。そういった視点や考え方を習っていない筈だが、どうやって養ったのだろうか。
少し不思議に思いつつ、アルテの言葉に同意して解説することにした。
「そうだね。周りに強大な国が現れたら侵略されないように色々と考えないといけない。対抗できるだけの力を持つことが出来れば良いけど、無理ならどうにか味方につける必要がある……つまり、シェルビア連合国はスクーデリア王国よりイェリネッタ王国の方が強くて危険だと考えたんだろうね。本来なら東西それぞれでどちらの国に味方するか内部で揉めるところだけど、スクーデリア王国側の貴族達も単純にスクーデリア王国につくことが出来なかったのかな」
そう言って地図の上に人差し指を置き、シェルビアとイェリネッタの国境辺りを指し示す。その言葉に頷き、アポロが深刻な顔をする。
「それでも本来なら幾人かの貴族はスクーデリア王国側についてもおかしくありません。もしかしたら、それらの情報を誰かが握っているかも、と……」
呟き、アポロはこちらの様子を窺うような仕草で顔を上げた。
「……もしそうなら、十中八九その情報を握っている貴族はシェルビア連合国との国境間近に領地を持つ方」
言いながら、アポロは地図の一点を指差す。シェルビア連合国の西側でありスクーデリア王国との国境にあたる地点だ。その場所を見て、思わず誰もが口籠る。
その時、お茶とお菓子を配膳台に載せてティルが部屋に戻ってきた。
「美味しいお茶が入りました! ささ、どうぞー」
そう言ってティルはテーブルにお茶やお菓子を並べていき、最後に僕の方へ来て皆が地図を見つめていることに気が付き、口を開く。
「あ、フェルティオ侯爵領ですね。そんな端の方に、何かありましたっけ?」
ティルはあっけらかんとそう口にして首を傾けた。
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