【別視点】セストの本音
【セスト】
入り組んだ城内を進み、急勾配な階段を登る。外の城壁、城門や城塞都市内の綺麗さには驚いたが、主となる城の中に入ってからは延々と薄暗い廊下や階段を歩かされている。
「やはり、一、二ヶ月程度ではこんなものだろう。相当な人数を動員したようだがな」
強がるようにヤルドがそう呟いたが、それでも、自分たちには出来ないことだ。この城塞都市に着くまでの過程でウルフスブルグ山脈の山道を通過したが、道は全て綺麗に整えられており、あまつさえいたる場所に休憩用の建物まであった。そして、随分と特殊な形状の砦まである。それら全てを侵攻時にヴァンが作っていったという。
そのことを、同じく後続として共に行軍していた他の騎士団が話していた。相当な覚悟をしてウルフスブルグ山脈の道に踏み込んだのだが、二週間も掛からずにその旅を終えることになる。それもこれもヴァンが作ったという山道と休憩所、砦のお陰だろう。
その恩恵は他の騎士団も感じており、散々ヴァンの噂話を聞くこととなった。
ヤルドはそれら一つ一つに何かしらの理由を付けて文句を口にしていたが、自分は段々とそういった気持ちが失われてしまっていた。ヤルドは火の魔術に自信を持ち、自らの戦闘での指揮や内政についても十分な能力があると自負していた。
しかし、自分は違う。代官としてあまり上手くいかなかったことや、実際に盗賊団程度を相手にした時も十分な指揮が出来たとは言えなかった。結果、火の魔術を用いた時もあったが、戦果としては大したことは無い。むしろ、邪魔になってしまうことすらあったのだ。
そういった過去の自分とヴァンを比べると、どうしても惨めな気持ちが湧いてきて仕方なかった。
正直、ヴァンが高い評価を受けているのは全てその特異な魔術のお陰だ。僕にだってその魔術があれば、ヴァンと同じように活躍して叙爵されていただろう。結局、どちらが運を持っていたか、だ。魔術の適性が四元素魔術、それも火の魔術適性だった時は、将来は間違いなく輝かしいものになるだろうと思っていた。
だが、家を離れた一年程度の間に状況は大きく変わってしまった。イェリネッタ王国との戦争もその一つだが、それだけならばむしろ名を売る良い機会だっただろう。問題はヴァンの方である。何もない村に送られた時はすぐに死ぬと思っていた。だが、奇跡のような魔術に恵まれたお陰で村は発展し、更には都合よく成竜が現れて討伐まで果たしてしまった。
いったい、どれだけの幸運に恵まれているというのか。それがもし、自分のものだったなら……。
そんなことを考えながら城の中を歩いてきたが、ようやく階段の上の方から明かりが漏れてきた。最上階に着いたようだ。
ヤルドに続いて階段を登りきると同時に、風が外の空気を運んでくる。外の空気だけでなく木や皮の匂いと、鉄と鉄が擦れる耳障りな音。そして、何処か聞き覚えのある声。
多くの人間の気配を感じつつ、声のした方向に顔を向ける。
そこには十人を超える人数の鎧姿の男達がおり、最も奥でこちらに顔を向けている人物が声の主であると分かった。
「……ムルシア兄さん」
そう呟くと、ムルシアが我々の姿を認識したようだった。
「ヤルド、セストも……? まさか、この大きな戦で父上は出陣されないのか?」
ムルシアが小さく呟く声がやけに大きく響いた気がした。それに、ヤルドが何か言おうと口を開いたが、他の貴族が先に大きな声で挨拶をしつつ、その場に跪く。
「陛下! 到着が遅れてしまい申し訳ありません!」
壮年の男が謝罪の言葉を口にすると、奥から陛下が歩いてきて頷いた。
「ああ、気にするでない。むしろ、こちらが皆の到着を待てずに出来たばかりの城塞都市を見学しておったのだ。もう皆も見ておるだろうが、素晴らしい要塞だぞ。この地を拠点として動けばイェリネッタ王国なぞ楽に叩き潰すことが出来るだろうな」
上機嫌にそう言って、陛下は肩を揺すって笑う。すると、我々の奥から数少ない女の貴族が顔を出した。後続の列が遅れてしまったため、殿に残って行軍を補佐していた貴族、パナメラ子爵だ。噂ではヴァンと共に竜討伐を為した一人であると聞いたことがあるが、ウルフスブルグ山脈の山道でも大型の魔獣を難なく焼き殺していた。その火の魔術を見る限り、ヴァンの竜討伐も実はパナメラが主でやり遂げたのではないかとも思っている。
パナメラは我々と接する時と変わらない、威風堂々とした態度で前に出た。
「それはそれは……私もこの拠点に来ることを楽しみにしておりましたが、陛下がそこまで仰るとは、期待以上のようですね」
パナメラがそう口にすると、陛下は大きく頷いて両手を広げた。
「十年……十分な力と資源を有するはずの我が国が領土を広げることが出来なかった。十年もの間だ! その停滞していた時間を、今こそ打ち破ることが出来ると確信している! 誰もが分かるだろうが、これは数十年に一度の機会である! 大国を端から切り崩していくぞ! 手柄は早い者勝ちだ!」
獰猛な笑みを浮かべて、陛下はその場にいる全員にそう宣言した。絶対的強者としての自信に溢れる力強い言葉だ。その言葉にはまるで魔力が籠っているかのようだった。
そうだ。この戦いならば、僕でも大きな活躍が出来るかもしれない。ここが正念場なのだ。あまりに激しい戦場になると命を落とすかもしれないが、危険な表に出ずとも活躍する人物の派閥で戦うことが出来れば、十分な武功を得ることが出来るだろう。
誰に付けば良いか。誰ならば、自分の力を活かすことが出来るだろうか。
そう思った時に、拳を握り締めて笑みを浮かべるヤルドの横顔が視界に入った。この機を逃さず、成り上がるつもりだろう。確かにヤルドの魔術は父に次ぐ程だと言える。しかし、寄せ集めの傭兵で構成された騎士団は明らかに頼りない。
「……上手く使って、危なくなれば捨てれば良いか」
ヤルドの顔を横目に見ながら、僕は小さくそう呟いた。
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