出陣
結果として、なんとか一緒に戦場に行くのは回避することが出来た。
さり気なく陛下がヴァン君も来てほしいなー、みたいなオーラを出していたが、全力で気付かないふりをしておいた。その努力もあり、陛下は予定通り迅速に準備を終えて出立された。
陛下やパナメラがセアト村を出たのを見送ったが、延々と兵士の列が続くため、途中から飽きてくる。なにせ、ウルフスブルグ山脈の山道を進むために二列縦隊で進むことになるのだ。
万を超える軍勢ともなると、見送り始めから終わりまで数時間掛かる。
なので、そっと後ろに下がりながら領主の館に戻ろうと画策した。
「……ヴァン、どこに行く気だ?」
しかし、まわりこまれてしまった。
いや、回り込まれたわけではないが、たまたまタイミングの悪いことにヤルドとセストがセアト村を出るところだったようだ。
二人は帰ろうとする僕に気が付き、声を掛けてきたのだろう。他の騎士団とは少し趣の違った傭兵団みたいな一団を引き連れて、こちらに歩いてくる。
「何故、我ら実の兄を見送らずに帰ろうとする? いや、そもそも、何故お前は出立しないのだ」
ヤルドが怒ったような表情でそんなことを聞いてくる。いや、怒ったような、ではなく、間違いなく苛立っている。いきなりぷりぷりしながら迫ってこられたら、こちらもぷりぷりしてしまいそうである。
大体、なぜ戦に行かないのかって、怖いからに決まっている。ヴァン君は九歳なのだ。いたいけな少年が戦地に行かない理由など、聞く方が野暮というものだろう。精神年齢についてはノーカウントとする。
ということで、今度からヤルドのことを心の中でヤボ兄さんと呼ぶことに決定した。
と、そんなくだらないことを考えつつ、わざと困ったように微笑を浮かべて首を左右に振る。
「すみません。僕の領地はまだまだ弱く、ただでさえ少ない騎士団の人員を割いて戦地に出ると領地の壊滅の危機となります。残念ながら、僕はここから離れることが出来ません」
そう告げると、ヤルドとセストが無言で城壁を見上げた。常に修復している城壁は美しく、下から見上げれば圧巻の迫力である。
さらに、城壁の最上段にはバリスタの先の部分が等間隔に並んでおり、外に向けて目を光らせていた。
「……」
「……どうしました?」
城壁から可愛らしいヴァン君に視線を移し、なんとも言えない表情で見つめてくるヤルドとセスト。
何か用事でもあるのかと聞き返すと、セストが頬を引き攣らせて口を開いた。
「……え? ど、どの領地が壊滅するかもしれないって?」
乾いた笑い声を上げながらそう言われたので、首を傾げて見返す。
「確かセアト村を見た時に、お二人とも大した町ではないと言っていたような気が……実際、僕もそう思っているので、やはりまだまだ強化しないと不安なんですよね」
以前のヤルド達の台詞を逆手にとってそう告げると、二人はウッと呻いて口を噤んだ。
「ヤルド兄さんやセスト兄さんが代官をしていた街の方が、すごかったんですよね?」
そう尋ねると、セストは顔を顰めてヤルドを見る。そして、ヤルドは鼻を鳴らして顎をしゃくった。
「あ、当たり前だ! こんなちっぽけな街などより余程発展している! 比べ物にならぬくらいにな!」
ヤルドはそう言って笑ったが、その顔には焦りや不安があるように感じた。
まぁ、四元素魔術の適性を最重要としてきた侯爵家において、落ちこぼれの末弟に負けるのは自尊心が傷付くのだろう。
そんな意地っ張りを見て、僕は儚げな美少年といった雰囲気で遠くを見る。
「そんな風に、僕も自信を持って言えるような街を作りたいと思っています……だから、今は少しでも時間をかけて街を強化していこうと思っているのです。ヤボ兄……ヤルド兄さんとセスト兄さんには力強い騎士団がいらっしゃるようですし、僕の分もお二人が戦場で活躍されることをお祈りしております」
殊勝な態度でそう告げると、ヤルドは腕を組んでチラリと後ろを見た。厳つい傭兵達が自分を見ていることを察して、咳払いをしつつ口を開く。
「う、うむ……我が最強の騎士団ならば問題ないだろう。単純に、ヴァンが武功を挙げる機会を奪ってしまうから、心配して言っただけだ! 余計な心配だったようだな!」
ヤルドがそう口にすると、方針が決まって安心したのか、セストも愛想笑いを浮かべつつ頷いた。
「そ、そうだね。四元素魔術が使えないから、ヴァンが武功を挙げられないって心配してたから……は、はは」
二人は急に実は弟想いの良い兄でした作戦に出てきた。だが、客観的に状況を見てきた傭兵団の一部の者は嘲笑するような笑みを浮かべている。
命の奪い合いという過酷な戦いの場にあって、傭兵とは残酷なものである。もちろん、金銭のために恨みもない他者を殺すことが出来るのも残酷なものだが、なによりも雇い主への情も無いことが問題だろう。
雇い主を裏切らない、義理人情の厚い傭兵団は貴重なためかなり高額な依頼料となる。依頼料が安い傭兵団はその場凌ぎの盗賊団もどきのため、負け戦になりそうなら勝手に逃げたり、相手からもっと良い条件を出されたら簡単に裏切るような者たちもいるのだ。
見極めるための一つの方法として、傭兵団の態度や練度、そして装備などがある。
先程から威圧するような態度を周囲にむけていたヤルド達の兵達は、装備もバラバラで衣服もだらしない着方をしていた。山賊や盗賊が敗戦兵を襲撃して装備を奪い盗ったと言われればしっくりくるような格好だ。
その様子を見れば、ヤルド達が雇った傭兵達のレベルが自ずと分かってくる。もちろん、ディーが見たら嬉々として鍛え直すと言い出す低いもの、という意味だ。
侯爵家でありながら、何故そんな変な団体になってしまっているのかは理解に苦しむが、とりあえず戦場に出ない僕には関係ない。
まぁ、強いて言うなら並んで戦うと不安なので、ムルシア達は絶対に要塞の防衛側に回るよう厳命しておくくらいだろう。
そんなことを思いつつ、僕はヤルド達に笑顔で頷いた。
「ご心配いただき、ありがとうございます。それでは、頑張ってください! ヤルド兄さんとセスト兄さんの活躍を応援しています!」
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