【別視点】ヤルドとセスト
【ヤルド】
侯爵家の騎士団の内、三千人を預かることが出来た。更に、武具や行軍のための物資を揃えている内に、セストも合流する。
「セスト! 久しぶりだな!」
「……久しぶりだね、ヤルド兄さん」
挨拶早々、セストが暗い表情をしていることに気が付いた。心なしか声も重い。
「なんだ、何かあったのか?」
尋ねると、セストが眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。少し背が伸びたように見えるが、今は猫背気味になっているせいで小さく見えてしまう。
セストは眉を情けなく歪めて頷いた。
「……父上に叱られました。自由に使える金がこんなにあると思って遊んでたら、街の税収を二倍にしても賄えなくなったと言われて……」
「はっはっは! 馬鹿だな。フェルティオ侯爵家ってだけでどんな商会も優遇してくれるんだぞ? 晩餐会でも開けば子爵以下の貴族だって勝手に儲け話を持ってくるんだ。まぁ、やっちまったものは仕方ないから、税収を五割上げて商会連中に儲け話を探してもらうんだな」
セストの失敗談に笑いながら、ヤルドは優しくどう処理したら良いか教えてあげた。ヤルドにとって、兄のムルシアは当主候補の有力なライバルだが、セストは後々に自分の右腕になると思い、大事にしていた。
セストが誘惑に弱く、優柔不断な性格もヤルドにとってはライバルになりえないとして好ましく感じている。
ウジウジしているセストを見て笑いながら、手元に広げていた地図に視線を落とす。
ヤルドは先ほどまで騎士団の指揮官を集めて執務室で会議をしていた。地理や相手の戦力の確認が主だったが、ヤルドはもう歴戦の猛者にでもなったかのような気分で地図を指差した。
「セスト。ここがスクデットだ。そして、先の戦いで奪ったイェリネッタの要塞が此処。海岸沿いにもう一つ拠点はあるが、こっちからは簡単には攻め込まれない。我方が地形的に優位だからな。何より、この要塞を奪い取ったことが明らかに攻守を逆転させた」
ヤルドが聞き齧った内容を告げると、セストは曖昧に頷いて答える。
「……この、要塞を陥落させたから?」
よく分かっていなさそうなセストを見て、ヤルドが肩を揺すって笑った。
「分からないか? イェリネッタ側の立場になって考えろよ。もし更に侵攻されたらどうなる?」
ヤルドはそう言いながら地図の上を指していた人差し指を横にスライドさせる。セストはそれを目で追って、ハッとした顔になった。
「あ……孤立する。つまり、挟撃されて籠城することになって、補給も来なくなるってことか」
「その通りだ」
セストの回答にヤルドが満足そうに頷く。つい先程聞いたばかりの話だというのに、ヤルドは先生にでもなったかのような気分で口を開いた。
「つまり、イェリネッタはこの要塞を取り返さないと、攻めるに攻められない。それくらいの要所というわけだ。逆にこちらは此処を軸に攻めるべきだが、放っておいたらイェリネッタが次々に兵を送り込んでくるだろう。なにせ、三方向にイェリネッタの街や要塞があるからな。補給もしやすい状況だ」
「成る程……それじゃあ、またすぐにイェリネッタに攻め込むってことだね?」
セストが意図を汲んで答えると、ヤルドが不敵に笑う。
「そうだ。だからこそ、いつでも戦いに赴けるように準備をしなくてはならない。与えられた騎士団には最高の装備と潤沢な兵站を。そして、余力があれば全て傭兵団や冒険者を雇って戦力に充てる」
ヤルドが腕を組んでそう告げる。それにセストは情けない表情で俯いた。
「あ、僕はお金が無くなっちゃったから、準備が……」
セストが顔色を変えながら呟く。それにヤルドは歯を見せて笑った。
「はっはっは! 安心しろ! 先の勝ち戦があればいくらでも金を借りられる! 商会から金を借りて準備しておけ! 今度の戦は武功を挙げる良い機会だからな。出し惜しみして敗走なんぞするんじゃないぞ?」
「わ、分かったよ」
ヤルドの言葉に、力強く頷いてセストが答える。
新たな領土を得る戦いは、大きな武功を挙げるチャンスである。どの貴族も成り上がる機会と捉えて準備をしていて、物価も傭兵団への依頼料も高騰していた。物によってはいくらお金を出しても手に入らない物も出てくる頃である。
いくらフェルティオ侯爵家とはいえ、どれほど商会や傭兵団が忖度をしたとしても予想以上の出費となることだろう。
だが、勝利を疑っていないヤルドは金を惜しむつもりもない。結局、ヤルドは有り金を使い切るだけでなく、多額の借金をして戦争の準備を整えたのだった。
【ヴァン】
「はーい、最新の機械弓だよー」
「ヴァン様! もう人数分行き届いてます!」
どかどかと新しい装甲馬車に機械弓と矢を積んでいくカムシン。ヴァンは後ろで椅子に座った状態で武具を加工し続けている。そして、延々と武具が補給されて困るロウ。
珍しい形で混乱する現場に、騎士団の面々が苦笑しながら装備の確認を行う。
「ヴァン様がまた新しい機械弓を作ったってよ」
「戦う相手が可哀想になるな」
そんなことを言って笑う騎士団員達だが、その目には確かにヴァンへの信頼があった。既に防具も全てウッドブロックとミスリルを組み合わせたハイブリッドタイプに変更されている。つい先日ヴァンが開発した新作の防具は、軽くて柔軟性もありつつ要所はミスリルで覆っており、高い防御性能を誇っていた。
なにせ、これまで使っていた防具なども再利用できるため、素材は潤沢である。そのため、ヴァンは暇があれば新しい武具や馬車を作って実験を繰り返していた。馬車にはもうサスペンションも付き、車輪はタイヤとして最適な魔獣の革を利用しており、世界屈指の乗り心地となっている。
また、騎士団は訓練を兼ねて魔獣狩りに勤しみ、住民で手が空いたものは保存食を作って遠征の準備を手伝ってくれていた。こうして、ヴァンは特に費用をかけることもなく、戦いの準備を整えていく。
「ヴァン様! 移民希望の人が来ております!」
「はーい! 健康状態はどうかな? お腹減ってそうなら先に食事とお風呂を案内してあげてー」
「承知しました!」
見張りの兵からセアト村を訪ねてきた人がいると聞くと、ヴァンは慣れた様子で対応をした。兵もそれを聞いて当たり前のように頷き、城門の方へと戻っていく。毎週のように移民希望者が来るセアト村では、見慣れた光景であり当たり前の風景だった。
だが、それを見て最近来た元奴隷の住民や冒険者、行商人たちは驚いてしまう。
「……本当、この村は不思議だな」
「そうだな。突然村によそ者が来たってのに、あんなに親身になってくれる騎士団も貴族もいないだろうさ」
「いや、ヴァン様は特殊だからな」
そんな会話が聞こえてきて、ヴァンは思わず振り向く。
「特殊って言い方、なんか語弊があるような……」
移民からはこの世の楽園かと評される村の領主は、特殊というカテゴリを嫌がったという。
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