裁量の譲渡2【別視点あり】
アルテの一言により軌道修正した僕は、改めて今後の話をすることにする。
「あ、この話はこの部屋にいる人とディー、アーブ、ムルシア兄さんにしか話したらダメだよ? それを守れる人ー?」
「は、はい!」
「……守ります」
五人は揃って秘密を守ると約束した。その目には嘘の色は無さそうだ。それを確認してから頷き、口を開く。
「それでは、発表します。まずは、近々セアト村の人口を増やします。人口が増えたら改めて代官が出来そうな人を十名、騎士団長が出来そうな人を十名選抜します。その人たちの成長を促しつつ、暫くしたらイェリネッタ王国の領土に侵攻します」
そう告げると、五人の目が丸くなりすぐに引き締まる。
「い、イェリネッタに……」
「戦争中ですから、それは覚悟の上です」
それぞれがバラバラに返事をした。とはいえ、ネガティブな意見は出なかったようだ。そんな皆の表情を見返して満足とともに首肯する。
「……イェリネッタ王国内の海岸線に向かって侵攻していき、最低でも四カ所の大きな街や城塞都市を攻略して、最後に王都を陥落させることになるでしょう。その幾つかの街は僕の物になると考えています。それらの新しい街の管理は、最終的には皆さんにお願いする予定です」
皆の反応を見ながら、しっかりと説明をしていく。話は突拍子もないように感じるだろうが、意外と自信を持って口にしている。
ちなみに、五人の表情はどんどん深刻なものへと変わっていった。
「あ、言っておくけど、別に僕が頭おかしくなったわけじゃないからね?」
不安に思ってそう言ってみたが、五人は想像以上に慌てて首や手を左右に振る。
「そ、そのようなことは……」
処罰される前の罪人のような雰囲気で否定する五人。否定の言葉を聞きながら、軽く笑って肩を竦める。
「まぁ、大国を相手に新参の男爵が何を、といった感じだけどね。僕としては他の人に負けない情熱があるんだ。そう、カレーライスを食べるまでは、誰にも負けられない」
最後の方は小さく呟いたため、五人はキョトンとしていた。そんな五人の状況を無視して話を続ける。
「……そんなわけで、これからセアト村の人口を増やすための活動を実施していきます。その中に代官になれる人や騎士団の団長になれる人がいたら、生まれも種族も関係なく登用していく予定です。まぁ、一番大切なのは人柄ですね。誠実で真面目な方であることが第一条件として選任していきます。なので、皆さんも後輩に追い抜かれないように一生懸命努力をしてください」
そう告げると、五人は表情を引き締めて背筋を伸ばした。
【エミーラ】
ヴァン様と久しぶりに直接会話することが出来た。セアト村に来て最初に一人ずつ簡単な挨拶をした時以来だ。
奴隷になった当時は、父が亡くなりコーミィ家が没落してしまったことや、家族のために身売りしたことで未来が失われたような気持ちになり、絶望してしまっていた。檻に入れられて家畜のような食事を与えられる環境も影響していたのかもしれない。
他の檻に入っていた奴隷からは、奴隷市場で目玉として売られる奴隷だから優遇されていると言われたが、とてもそうとは思えなかった。セアト村に連れていかれる途中で他の奴隷から話を聞くとその感覚も大きく変化したが、その当時は自分が最も惨めな存在に違いないと嘆いていたのだ。
奴隷という存在は、それぞれの価値を残酷なまでにハッキリと示されてしまう。その結果、私の値段は金貨四枚というものだった。奴隷としては高額らしいが、それでも深く傷ついてしまう。
ベルランゴ商会によって買われた時も、まとめ買いといった内容に近いものだった。まるで食事用のパンを多めに買うように、私は買われたのだ。もう自尊心など砕け散ってしまったと思っていたのだが、どうやら一欠片程度の自尊心があったらしい。泣くのを我慢するのが大変だったのを覚えている。
私がどれだけ重い罪を犯してしまったというのか。私はどこまで惨めになれば赦されるのだろうか。
そんなことをグルグルと考えている内に、気が付けばセアト村に到着しており、ヴァン様と対面していた。
僅か八歳の男の子。ただ、貴族らしい品の良い落ち着いた子。それが最初の印象だった。しかし、話を聞いていく内にそんな印象はすぐに消え去った。
どんな人生を歩めば八歳程度の子が領主として未来を見据え、行動に移せるというのか。エスパーダ様とディー様が最高の教育を施しているのだろうとは思ったが、それでも信じられない。
ヴァン様は今後セアト村を強く、豊かにしていくと話し、更に住民の生活の質について保障をしてくれた。新しく村に来た住民は殆どが資産などを持ち合わせていないため、当面の衣食住も用意されていた。
何もかもが信じられなかった。奴隷になる前は豊かな街で生まれ育ったはずなのに、まるで比べ物にならない暮らし、生活水準である。
そして、ヴァン様は常に有言実行してきた。大国イェリネッタ王国との戦いに参戦するといった時はどうなるかと思ったが、本当に誰一人死なずに帰ってきた。それどころか、聞いた話によるとヴァン様の力が勝利に大きく貢献したという。
騎士の家で育ったからか、その話を聞いてこれまで以上にヴァン様への忠誠心が芽生えたのを感じていた。これまで以上に努力を重ね、必ずやヴァン様の力にならねばならない。そう思っていた。
しかし、それで終わりではなかったのだ。
約一年経って、九歳になったヴァン様と会話する機会が得られた。他の村人たちは度々ヴァン様と世間話をするような機会もあったようだが、我々はエスパーダ様に直接教育を受けていたため、そんな時間も無かった。
ともかく、お目通りするのは久しぶりだったのだ。
その久しぶりに会うヴァン様だが、何か以前と様子が違っていた。一年経って背が伸びたとか、そういうことではない。
そう、目つきが違ったのだ。力強く、強い意志を感じさせる目だ。そして、ヴァン様は「我が国に侵攻してきたイェリネッタ王国に攻め入る」と明言された。
つまり、祖国を守るために強大な敵を相手に挑む、ということだ。
それを聞いて私は身震いをしてしまった。誰彼構わず我が主人のことを自慢して回りたくなった。高鳴る胸の鼓動を感じながら、胸の前で右手の拳を握り込む。
「……そうか。私は、ヴァン様に仕えるために今まで生きてきたのだ」
陳腐かもしれないが、そんな運命を感じた。それを自覚してから、まるで初めて色が入ったかのように世界が輝いて見えたのだった。
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