【別視点】前線の状況
【コスワース・イェリネッタ】
弟たちが揃って敗戦し、捕虜となってしまった。そんな耳を疑うような報告を受けて怒りに目の前が真っ暗になるような感覚に陥る。
「……どうやったら、あれだけの装備で負けることが出来るというのか。黒色玉だけでなく、二足飛竜、更には赤銅地竜まで配備した筈だが」
思わず、手に持っていたグラスを握り砕いてしまう。耳障りな音を立てて割れたグラスを見て、報告に来た兵が肩を震わせた。
「そ、その……スクーデリア王国もまた新たな兵器を開発しており、更に驚異的なまでの拠点建築技術を有しているようで……」
「建築技術……? スクデットやフェルティオ侯爵、フェルディナット伯爵の領内にある城塞都市が想像以上に頑強であったと言いたいのか?」
低い声で聞き返すと、兵は首を左右に振る。
「い、いえ……僅か半日もせずに、何もないところに拠点を建設する技術であります。それにより、南西のヴェルナー要塞が陥落いたしました……また、イスタナ殿下が即座に奪還を試みましたが、敗北。現在は南の城塞都市まで退却を余儀なくされております」
「イスタナが? ウニモグあたりの馬鹿共は仕方がないとしても、イスタナが敗北したのか? ならば、スクーデリア王国の戦力を算出し直さねばならんな。しかしこの私が小国とはいえ二つの国を落としたというのに、馬鹿な弟共よ。やはり、私が次の王に相応しいというわけか」
鼻を鳴らしてそう口にすると、頭を下げていた兵が媚び諂うような表情で何度も頷いた。気骨の無い男だ。
溜め息を吐いて腰を上げ、髪を後ろに撫でつける。
「王都へ戻る! この私、コスワース・イェリネッタ第一王子が直接指揮をしてやろう! スクーデリア王国との総力戦だ! 完膚なきまでに叩き潰してくれるわ!」
【イスタナ・イェリネッタ】
「無様なものだ。長兄であるコスワースが戻るということは、第二王子である私より下の者たちは揃って王位継承権が名ばかりのものとなるだろう……まぁ、下手をすればソルスティス帝国の更なる助力を求めることになるかもしれないが、その時は我が歴史あるイェリネッタ王国自体の存亡の危機となる。我らの王位継承がどうだの言っていられない事態となるのだ。これ以上の敗戦は許容できない」
そう告げると、ヘレニック魔術師団長は深刻な表情で顎を引いた。
「はい……しかし、正直に申し上げれば、あの城塞都市がある以上簡単ではありません。もし可能であれば、王都まで一時退却とし、戦力を整えて別の戦場を用意する必要があるかと……」
ヘレニックがそう呟き、頭を下げる。進言はしたが、まさか採用されるとは思っていないに違いない。なにせ、重要な拠点を奪われてすぐに王都まで逃げ帰ろうと提案しているのだ。これをコスワースが聞けば打ち首すらあり得る。
だが、それだけの重罰を覚悟しての進言であることは間違いない。そして、その進言内容は、恐らく正しい。
「……長兄が許すとは思えないが、内容次第では進言することも出来るかもしれない。それで、ヘレニック団長はどうすれば現在の状況を打開できると思う?」
尋ねると、ヘレニックは険しい顔で唸り、ゆっくりと口を開いた。
「ヴェルナーの奪還のために新しく配備された火砲を持って出陣したシュタイア騎士団長は戦死しました。僅かな戦力しか残していないという情報を信じて、更に不意を突く形での火砲による奪還作戦であったにもかかわらず、まともな戦果を挙げることも出来ずに敗北してしまったと……逃げ帰った騎士団の者たちが言うには、ヴェルナー要塞は全くの別物となってしまっていたとのことです。これは、例の恐ろしい建築技術によるものとしか考えられません」
「……それは、私とて理解している。だからこそ、ヘレニック団長の口にした別の戦場というものがどういったものか尋ねているのだ」
そう告げると、ヘレニックは深く頷いて答える。
「つまり、スクーデリア王国軍が拠点を作ることが出来ない状況を用意する必要があります。百年以上前に主流だった戦いヘ、あえて立ち返る必要があるかと……」
ヘレニックは内容を少し濁した物言いで自身の案を口にした。それに、思わず眉根を寄せて深く息を吐く。
大昔は、どの国も戦える人員を育成できず、田畑の世話をしている者を無理やり兵士にして戦っていた。だからこそ、一人で大きな戦力となる魔術師は重宝され、猛威を振るっていた。その戦い方も職業軍人と言える騎士団の確立により変わった。一定水準の弓矢、馬を使いこなす騎士が現れると、魔術師も最大限の力を発揮し難くなったのだ。
結果、高い城壁を備えた拠点の防衛戦が魔術師の主戦場となった。逆に、野戦においては馬を使う騎兵が最も強い存在となり、しばらくはその戦い方が主流となった。
そして、各国が領土を奪い合って国々が興廃していく中で、更に効率的な戦術が確立されることとなる。
それは、騎兵に魔術師を加えることだ。機動力を持ち、更に戦争の流れを決定付ける攻撃力を備えることが出来る。魔術師がどこにいるか分からないようにして戦ったり、小さな城塞都市ならば移動しながら魔術を使うことで防衛を困難にするなどの戦術もあった。大国の王都でもない限り、四元素魔術師など何人も揃えられるものではない。殆どの拠点が一カ月もしない内に陥落してしまったことだろう。
対して、その馬を駆る魔術師に対抗する手法が幾つも考案された。その中でも最も有効なものが、行軍中を狙った奇襲と橋や崖、山道を使った罠などである。つまり、拠点を攻められる前に攻撃することだ。
この戦い方が上手くいけば、侵略はこれまでの何倍も速く、楽になる。そういった戦い方が、約百年前まで主流だったのである。
それら、戦争の歴史を思い出して、私は顔を上げた。
「……つまり、スクーデリア王国が侵攻する先に罠を張り、奇襲を行うということか?」
そう口にすると、ヘレニックは深く頷いた。
「はい。狙う場所は川です。まさか、拠点ごと移動するわけにはいきません。あの驚異的な建築技術が使われる前に叩きます。黒色玉を使って橋を落とし、混乱しているところに移動しながら魔術による攻撃を加えます。いくら火砲を破壊した攻撃も、馬で移動をしている魔術師には当たらないでしょう」
「……罠を張って奇襲をかけ、野戦に持ち込むわけだな」
ヘレニックの言葉を要約しながら呟く。確かに、火砲と黒色玉が通じない要塞を相手にするのは馬鹿げている。それならば、拠点を作らせないという戦法は正しいだろう。
「……問題は、この作戦をあのコスワースが認めるかどうか、というところか」
これから起きるであろう苦労を思い、静かに溜め息を吐く。
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