【別視点】防衛は任せて
【ムルシア】
ヴァンが目を細めて「裏切者がいる」と口にした。その表情はとても子供には見えず、背筋に冷たい汗が流れるのを感じてしまう。普段のヴァンは優しく穏やかな性格だというのに、今この瞬間だけは多くの修羅場を潜り抜けた歴戦の猛将を前にしているような感覚を覚えた。
父、ジャルパの血を色濃く受け継いでいるということなのか。それとも、ヴァンが元々持っている気質なのか。どちらにしても、自分にはない戦いの才能を持っているのは間違いない。
「……しかし、イェリネッタ王国と内通をするなんて……そんなことをする理由が分からないよ」
何とかそれだけ答えると、ヴァンは苦笑して外を眺めた。
「理由は幾つか思い浮かびますが、どれも推測でしかないですからねぇ。まぁ、とりあえず、内通者がいると推測する根拠は他にもあります。ここ何年もスクーデリア王国が領土を拡げられなかったこと、あとは最初の奇襲をスクーデリア王国側が全く予測出来ていなかったことも気になるところですね」
ヴァンはイェリネッタ王国軍の動向を気にして地上の様子を窺いながら、自身の考えを述べる。何でもないことのように説明してくれたが、その内容は恐るべきものだった。ヴァンの説明を聞いてようやく私の思考も同じ場所まで辿り着いたような気がしたほどだ。
「……つまり、これまで我が国が領土を広げることが出来なかった理由は、イェリネッタ王国に情報を流す者がいたから、ということか。奇襲を成功させた理由もそうだとすると、その内通者は間違いなくイェリネッタ王国側の、つまり王国東部の貴族の誰かということに……」
言いながら、自らの恐ろしい想像に身を震わせる。大国の一つに数えられるスクーデリア王国とはいえ、国境を守るべき貴族が敵と通じてしまったらどうしようもない。致命的なタイミングで攻められて領土を奪われてしまうだろう。その情報の使い方次第では王都まで進軍される恐れすらある。
だが、ヴァンは曖昧な顔で苦笑した。
「そうですね。ただ、貴族だけを疑うのは危険だと思います」
「え?」
予想外の言葉に生返事をしたその時、城壁の方向から大地を揺らすような激しい轟音が鳴り響いた。もう何度も聞いたこの衝撃と音は、例の黒色玉だ。
「おっと、城壁は大丈夫かな?」
身を竦める私を前に、ヴァンはまるでテーブルの上に置いたコップを倒してしまった程度の驚きをもって身を乗り出した。目を凝らすような仕草をして遠くを見ている。
そこへ、見計らったように黒色玉による激しい爆発が連続して鳴り響いた。
まるでがむしゃらに攻撃しているような不規則かつ広範囲での爆発が城壁の向こうでおきている。
「あ、離れましたね」
耳を塞ぎたくなるような激しい音が鳴り響く中、ヴァンは目を細めてそう口にした。
確かに、言われてみれば爆発に巻き込まれないようにしているのか、イェリネッタ王国の軍が城壁から少し距離を取っているように見えた。
それを確認してから、ヴァンは斜め前方にある小さな城に顔を向け、口を開く。
「超最強投石器の準備出来てるー?」
「はい! 出来てます!」
「よーし! 試し射ちしてみよー!」
そんな軽い命令が下されると、小城の奥で何かが動いた。ここからではよく見えないが、どうやら側面に何か取り付けられているらしい。
何が起きるのかと思って見ていると、風を切る音と共に何かが撃ち出された。弧を描き、黒い物体が空を舞う。
まるで目でも付いているかのように、その物体はイェリネッタ王国軍の後列の方へ落下する。
直後、爆発音を立てて黒い物体は破裂した。黒色玉のような炎はあまり見えなかったが、それでもかなりの威力だったらしい。イェリネッタ王国軍の後列は何十人と地面を転がり、隊列が乱れてしまっている。
そこにあのヴァンが作ったバリスタが次々に撃ち込まれるのだから、相手はたまったものではないだろう。
これは、もはや決着が付いたと言えるのかもしれない。そう思った矢先、ヴァンが不思議そうに口を開いた。
「……あれ? 退却しませんね?」
その言葉に、再度戦場に視線を戻す。確かに、かなりの打撃を受けている筈だが、相手は退却をする素振りも無い。
「どうして……っ!?」
どうして退却しないのか。そう口にしようとした瞬間、これまでにない轟音と衝撃が城を揺らした。
「わ、わわわ……っ!?」
「……もしかして、城壁が崩れたかな?」
地面の揺れで体勢を崩さないようにする中、ヴァンはすぐにバルコニーの方へと移動して手すりに寄りかかった。そして、城壁の状態を見て目を細める。
「うわ、これはヤバいかな」
と、緊迫感の無い声でそう言うと、城壁の上に目を向けた。
「みんなー! 大丈夫ー!?」
ヴァンの声に、土煙が上がる城壁の上から声が返ってくる。
「はっ!」
「城壁は無事ですが、城門が突破されました!」
「ヴァン様、避難してください!」
城壁の上や櫓からそんな報告があった。それにヴァンは苦笑しつつ、大きな声を出す。
「ありがとー! でも、避難できないから迎撃するよー! 櫓と城にいる人は城壁内に入った人を狙ってー。他は城壁の外を狙ってね! 城壁の向こうには城門を破壊した兵器がある筈だから、見つけたら一番に破壊するようにねー!」
「はっ!」
「城門の前方に怪しい筒を発見! 破壊します!」
「はーい!」
どこかのんびりとしたヴァンの指示。しかし、ヴァンの騎士団は的確に意図を理解して遂行していく。これは勿論ディーの訓練の成果もあるだろう。だが、ヴァンへの信頼感も無ければ不可能な筈だ。
そこまで考えて、ディーがいないことに気がつく。
「……ヴァン。私の手勢もまだここまで来られていないようだけど、ディーの姿も見えないね? ディーの性格なら、一番にヴァンの側に来ないと気が済まないと思うけど」
そう質問すると、何か考え事をしているような様子を見せていたヴァンが小城の方を指し示して笑った。
「ディーはもうあそこで陣頭指揮をとってますよ」
「え?」
その言葉に振り向くと、小城の最上階にあるテラス部分から乗り出すようにして立つディーの姿があった。
「奥を射ち漏らすな! 中心の石垣は登ることが難しい! この小城を守り切れば必然的に勝利を得ることとなる! 後方部隊は矢の補充を忘れるな!」
城壁内の状況を確認しながら的確に指示を出しているディーを見て、次に城壁の外の様子を真剣な表情で眺めるヴァンの姿を見る。
戦術や戦況の判断でよくストラダーレ騎士団長と衝突していたディーが、何も言わず最も重要な全体の指揮をヴァンに任せている。それはつまり、ディーが心からヴァンの戦いに対する知識や感性を信頼しているということだ。
「……やっぱり、私の予感が当たったかな。ヴァンを追放したフェルティオ侯爵家は、これから苦難の時代が来るのかもしれないね」
そう呟いて、私はヴァンの後ろ姿を眺めて苦笑するのだった。
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