代官決定
「……やぁ、ヴァン。また凄いものを建てたね」
若干呆れ顔のムルシアがお城を見上げながら歩いてきた。ウルフスブルグ山脈側から入る場合、小城二つを通り抜ければ外側を通って城門まで来ることが出来る。それでも二十分は掛かる距離だ。もし全てを攻略して通り抜けようと思ったら騎士団五千人でも難しいだろう。
それを肌で実感したのか、ムルシアは感心したように周囲を見回す。
「独特だけど一番大きなあの城が中心だよね? 普通の要塞の中にも塔を連結してるものはあるけど、こんなに複雑な造りにしている要塞は無いと思うよ。それに、あの城壁の上に城を建てる工法も見たことがないね。兵が隊列を組んで出陣することを考えると難しいけれど、ただ守ることを念頭に置いたらとても優れた要塞だと思うよ」
と、鋭い観察眼を見せてくれる。温厚なムルシアとしては意外だが、どうやら戦事に関しての勘所が良いらしい。もしくは、勤勉さ故に着眼点が良いのだろうか。僕が実際の年齢通りだったなら、初めて見る様式の城をここまで分析出来なかったと思う。
ダディの評価が低いだけで、やはりムルシアはとても優秀だなと思いつつ、頷いて返事をした。
「そうでしょ? ところで、今日はどうしたんですか?」
ざっくばらんなノリで質問をしてみると、ムルシアは乾いた笑い声を上げながら片手で自分の首の辺りを掻くような動作をした。
「……なんとも複雑なんだけどね。父上からヴァンの手助けをするように命じられたんだ」
「え? 都市建築のですか?」
ムルシアの言葉に驚いて聞き返す。すると、複雑な表情を浮かべた後、首を左右に振った。
「いや、言い方を間違えたね……私は、どうやら当主候補から落ちてしまったらしい。陛下からの御言葉があったということだけど、実際はどうか分からないからね。目的も期間も無く、ただヴァンの力になることを指示されただけだよ」
自嘲気味に笑い、ムルシアは溜め息を吐く。どうやら、僕と一緒で侯爵家から追い出されてしまったらしい。当主になるために努力を重ねてきたムルシアとしては突然目標を見失ってしまったようなものだろう。どれほど悲しく、悔しい気持ちになっているのか、想像も出来ない。
挙句に、末弟の補佐を命じられたのだ。自尊心が深く傷ついていても無理はないと思う。
なんと声を掛けて良いか分からない僕に、ムルシアはハッとした顔になって苦笑した。
「いや、ヴァンを責めているわけじゃないよ。ヴァンは凄い才能を持っていて、努力もしたんだと思う。だから、どうせならヴァンの下で色々と経験したり学んだりしたいと思っているんだ」
「ムルシア兄さん……」
まるで聖人のような台詞を口にして微笑むムルシアに、思わず眩しいものを見るように目を細めてしまう。なんてことだ。僕なら確実にダディへの恨み辛みを怨嗟の如く吐き出しているだろう。
元々、家族の中で唯一優しくしてくれていた兄である。これは、兄孝行をする機会だと思わねばなるまい。
そう決意して、僕はムルシアを真剣な目で見上げた。
「……ありがとう、兄さん。ちょうど、城主になれる人を探していたんだ」
「え? 城主?」
僕の言葉に、ムルシアが首を傾げる。そして、石垣の上に聳える和風の城を見上げて、目を瞬かせた。
「……まさか、あの城のかい?」
ムルシアが城を指差して頬を引き攣らせながら振り返る。それに笑顔で頷き、今後の構想を説明することにした。
「そうです! 今、セアト村の騎士団から交代要員が向かっています。しばらくは行商人の行き来くらいしかできませんが、すぐに新たな住人や冒険者がこの城塞都市に住むことになるでしょう。現在も行ってますが、騎士団の増員が十分に出来たら、すぐにこの地の人口は二千人を超えることとなります。その後は、この城塞都市を起点としてイェリネッタ王国の領土を奪い取っていく予定です。ムルシア兄さんには、その総大将としてムルシア騎士団を設立してもらいたいと思っています!」
「む、ムルシア騎士団!?」
将来の展望を口にすると、ムルシアは目を見開いて驚いた。いやいや、ただ代官をさせるなどあり得ない。我が領地は人材不足である。
そんなことを思いながら、僕はムルシアを説得すべく口を開く。
「はい。ムルシア兄さんは領地を守るための内政だけでなく、騎士団を運用し、戦闘をする為の訓練もされていると思います。そこには戦いの場で活躍してきたフェルティオ侯爵家の知識と経験も含まれていますから、防衛を主とする城塞都市には最適だと思っています。ムルシア兄さんにはこの地を足掛かりとして、いずれは自らの家を興してもらいたいと……!」
「えぇ!? わ、私が独立するということかい? いや、そんな能力は私には……」
「何故、そんな謙遜をするんですか! 僕は常々、父上よりもムルシア兄さんの方が優れた当主になれると思っていましたよ」
「そ、そうかなぁ……そんなことはないと思うけど……」
困ったように笑っているが、ムルシアも内心は嬉しそうだ。よし、このまま兄上孝行をさせてもらうとしよう。この城塞都市を、難攻不落の拠点にするのだ。
「さぁ、ムルシア兄さんの伝説はここから始まるんだよ!」
「で、伝説って……?」
次にくるライトノベル大賞2022!
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