ヴァン君の野望
装甲馬車十台で素早くイェリネッタ王国との国境まで突き進み、要塞の周辺で復旧作業を行っているスクーデリア王国軍を発見した。どうやら、壁や建物は諦めているらしく、地面に散った破片の片づけや、敵兵と馬、ドラゴンの死体の移動などを行っているらしい。
かなり激しい戦いになったのだろう。地面の形や色が大きく変わっている。
「ヴァン・ネイ・フェルティオ男爵のご到着です!」
僕が要塞の入口にいる兵士に声を掛けると、兵士は大音量でそう叫びながら走っていった。え? 付いていけば良いの? それとも待っておけば良いの?
逸る気持ちを抑えながら辺りを見て様子を確認していると、要塞の奥の崩れていない建物から陛下や他の貴族たちが姿を見せた。
「おお! よくぞ来たな、ヴァン男爵! お陰で危なげなく要塞を攻略することが出来たぞ!」
両手を広げ、上機嫌極まりない陛下が歓迎の言葉を投げかけながら歩いてくる。そして、その後ろでは笑みを浮かべるフェルディナット伯爵やパナメラ子爵、苦虫を嚙み潰したような顔のマイダディの姿もあった。
ディー、カムシン、アーブとロウを引き連れて、陛下へ深く一礼する。
「この度は、重要な戦いでの勝利、おめでとうございます。陛下が勝利なさることを信じて待っておりました」
「お、おお。いつになく殊勝な態度だな? もしや、二度も呼びつけて怒っておるのか?」
丁寧に挨拶をしただけなのに、陛下が何故か妙な深読みをしてきた。僕は笑顔を貼り付けて首を左右に振る。
「いえいえ、素直に陛下の勝利を心から喜んでいるだけでございます」
「むむ……なにやら妙な迫力があるが、言葉通りに受け取っておくとしよう」
若干引きながら、陛下はそう言った。失礼な。忠臣アピールして国境に関わる土地を貰おうなんて少ししか思っていない。さぁ、早くこの土地を寄越せ。
輝くような笑顔でニコニコしながら陛下を見ていると、後ろでパナメラが笑いを我慢して風船の空気が抜けるような音を立てた。まったく、不審な態度である。もしや、この土地を狙っているわけではあるまいな。良かろう。その場合は真っ向からジャンケン対決である。
と、変なテンションのまま下らないことを考えていると、陛下が咳払いをして要塞を見回した。
「ヴァン男爵にわざわざ来てもらったのは他でもない。この要塞を見てもらったら分かるように、先の戦いで随分と崩れてしまった。今後、イェリネッタ王国は重要な防衛の要となるこの要塞を奪取するために、多くの戦力を割いてくるだろう。それこそ、中央大陸に援軍を求める可能性もある。それを考えたら、この要塞はどの防衛拠点よりも強靭なものとしなくてはならない」
陛下はそう言って、視線を僕に向けた。
「イェリネッタ王国がどれほどの速度で戻ってくるかは分からん。危険な現場となろう……だが、これは我が王国にとって最重要な案件となる。ヴァン男爵、引き受けてくれるか」
「はっ! このヴァン・ネイ・フェルティオ! 身命を賭して最強の要塞を築いてみせます!」
即答である。陛下が言い終わるのを確認して、即座に了承の意を示した。忠臣ポイントを百ポイントはゲットした筈だ。
「……お、おお。まさか、それほど簡単に引き受けてくれるとは思わなかったぞ。その献身的な働き、しかと覚えておくとしよう」
ヴァン君のあまりにも高い忠誠心に陛下も驚きを隠せないようだった。それだけ言って軽く頷いてから、後方に控える貴族達に振り返る。
「聞いていたな、皆の者! これより、半数はこの地に残って要塞の復興と強化を行う! 功績と褒賞については後日、王宮にて発表するとしよう! 良いな?」
「はっ!」
陛下が今後の方針を告げると、皆が揃って返答した。もう役割を決めていたのか、それぞれが素早く動き出す。
その様子を横目に、陛下とパナメラがこちらに近づいてきた。
「……それで、何を企んでおる?」
陛下がそう聞いてきたので、忠臣ヴァン君は首を左右に振って答える。
「企むだなんて、そんな……わたくしは陛下の為に身を粉にして働く所存であります」
「えぇい、こそばゆい! 正直に申せ。面倒なことは面倒と表情に出すのがお主であろう。特に戦場は大嫌いな筈だ」
遂に、陛下は身震いしながらそんなことを言ってきた。失礼な。ポーカーフェイスがヴァン君の特技である。
さて、どう答えようか。一旦考えて答えようとしていると、パナメラが含みのある笑みを浮かべて口を開く。
「恐らく、陛下に何かお願いしたいことがあるのでしょう。それゆえ、このように忠誠心を示してみせているのだと思います」
パナメラがそう言うと、陛下は成程と頷いた。
「そういうことか。しかし、あまりにもいつもと違うから調子が狂うぞ。ヴァン、いつも通り言いたいことを言うが良い」
陛下は眉根を寄せてそんなことを言った。その言葉に、仕方なく正直に心情を吐露することにする。
「陛下。ここに城塞都市を作るので僕にください」
「お、おお……思った以上に素直になったな」
素直になれと言うからなったのに、陛下はまたも眉根を寄せて微妙な顔をした。一方、パナメラは不敵に笑って城塞都市を指さした。
「自他共に認める戦争嫌いが、何故この要塞には拘る? 少年ならこの場所がどれだけ激しい戦場になるか理解しているはずだ」
そう言われて、超素直状態のヴァン君は正直に答える。
「中央大陸から、珍しいものを手に入れるためです。そのためには、是非とも陛下にイェリネッタ王国の湾岸部を占領していっていただかなくてはなりません。陰ながら、この場所を難攻不落の城塞都市にして手助けさせてもらえたらと思っています」
ケーキ、クレープ、カレーライス……頭の中で欲しいものを思い浮かべていた僕は、無意識に笑みを浮かべていた。それをどう勘違いしたのか、陛下とパナメラは目を鋭く細めて猛獣のように獰猛な笑みを浮かべる。
「……そうか。地位も財も求めぬ者をどう動かせば良いかと思っていたが、簡単な話だったな」
「少年にとっては戦争の矢面に立たないことよりも、まだ見たことのない物を見たいという探求心の方が上だったか」
二人は若干何かを勘違いした様子でそれぞれ納得して頷く。いやいや、ヴァン君は美味しい物が食べたいだけなのです。新しい物は食材だったり調味料だったりなのです。
そんなことを思って二人の顔を見上げると、二人は凄みのある笑みを浮かべたまま深く頷いた。
「……どんな新しい兵器が出来るのか」
「楽しみですね、陛下」
二人はそんなことを言って笑い合ったのだった。
「いやいや、僕は武器商人じゃないですからね。辺境の小さな村の領主なんですから」
慌ててそう告げるが、二人は声を上げて笑い取り合ってくれなかった。
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