現場検証からの町拡張
現場に行ってみると、確かに以前は森だった部分の多くが伐採されていた。樹木の切り株のみがポコポコと地面に残っているのを見ると、本当に林業の現場に来たような感覚になる。
とはいえ、その範囲は思った以上に広い。
「……こんなに木を伐採していたなんて、自然破壊も良いところだね」
そう呟くと、カムシンが首を傾げた。
「自然破壊、ですか? 木なんて何処でも生えてますが……」
不思議そうにそう言うカムシンに、成る程と頷く。確かに、この世界は人間の数が少ないのか、自然が豊か過ぎるくらいだ。深い森や山を横目に見ながら長い道を移動して、ようやく人里に辿り着くのが普通である。
隣町に行ってくると言って何日後、下手をしたら何週間後に帰るか。そんな世界だ。
そう思うと、セアト村周辺の森林が禿げ上がったところで大した問題ではないかもしれない。
「……うん、気にしないでおこうか」
自分を納得させるようにそう呟き、伐採現場を再度確認する。
冒険者の町は街道に沿うように作っているので、ウルフスブルグ山脈側に拡張すると少し変な形になりそうである。上から見ると不恰好なL字のようになるだろう。
困ったぞ。
「どんな風にしようかなぁ」
頭を悩ませながら木の切り株を眺める。すると、隣に立つカムシンが難しい顔で唸った。
「……そうですね。戦いに有利なのは高所ですが……」
「防衛の話? 本当、カムシンは戦いに意識が向くんだね」
カムシンの思考は男の子らしいなぁ、などと思って笑っていたが、不意に脳内に新しいイメージが浮かぶ。
確かに戦場は高所の取り合いになることが多い。上から弓矢を射たり投石を行えば、下にいる者たちは反撃することも難しくなる。ちなみに武器を用いた近接での戦いでも、相手の方が少し高い場所にいると戦いにくくなるものだ。
ならば、カムシンのアイディアはとても良いものかもしれない。
問題はセアト村が近くにあることだが、それに関してはあくまでもセアト村を主として考えるため、冒険者の町を防衛ラインとして使えるようにすれば良い。
つまり、セアト村の方向には攻撃出来ないようにしつつ、街道側やウルフスブルグ山脈側には高い攻撃力を保持させれば良いのだ。
そうと決まれば、後は形状と高さである。
「……冒険者の町の壁を二十メートルくらいの高さにしようか。セアト村の方角は城壁を五メートルくらいにすれば、占拠されてしまったとしても大丈夫だよね。後は形だけど……」
開拓した部分を出来るだけ広く使うと勾玉を変形させたような形状になる。それだと少し変な気もするし、出来たらセアト村に合わせて形を凝ってみたい。
と、そんなことを考えていると、なんとなく閃いた。
セアト村は六芒星なので、冒険者の町は月のような形にしよう。三日月だ。トルコやマレーシアなど月と星を国旗にする国は多い。しかし、町の形を月と星にした人はいないだろう。
「よし。測量しよう」
僕はそう口にすると、早速ボーラたちを振り返る。
「それでは、これから町づくりのための準備をします。まずは、簡単に地図を作ってみましょう」
「は、はい!」
ボーラ達はよく分からないまま元気に返事をした。まさか、この手伝いがかなり大変な作業だとは夢にも思うまい。
「うーん、もう少しボーラさんの位置が右かな? 後、全体的にもっと大きく……いや、壁を目印の外側に配置したら良いか」
「ボーラさん! もう少し右に移動してください!」
上からの景色を眺めながら気になることを口にすると、カムシンが大きな声で地上に向かって指示を出す。
それに、地上で鉄の丸い盾を掲げるボーラ達が素早く応えていた。
とりあえず、拡張予定地でセアト村から最も遠い場所に二十メートルの城壁の一部を作成し、その上から機械弓部隊の皆に目印代わりに所定の位置に立ってもらっているのを見ているのだが、思っていたより難しい。
微妙な距離感にしてもそうだが、上手く綺麗な弧を描けないのだ。
「少しお尻の方が小さくなってしまっている気がしますね」
「え? あ、本当ですね……実際に壁が出来たらまた違う感じになるのでしょうか」
と、後からお茶とお菓子を持って様子を見に来たアルテとティルが感想を述べた。最近、アルテが自分の意見をきちんと口に出来るようになった気がする。
「そうだよね。真上から見ているわけじゃないから、遠い距離にあるところは少し大きさの感覚が変になっちゃうんだよ。どうしようかな。もう十人か二十人くらい人を集めた方が良いかな?」
お茶を受け取りつつ、頭を悩ませる。もう一時間もかかって測量しているから、流石にボーラ達が可哀想だ。そんなことを思っていると、地上から大きな声が響いてきた。
「なに? 誰か僕を呼んでる?」
真下を覗き込もうと思ったが、二十メートルの城壁から顔を出すのは怖い。まだ柵も作っていないので、匍匐前進のような態勢になって縁から顔を出してみた。
「ヴァン様! お手伝いはいりませんかー!?」
「あれ? ディー? なんでここに?」
地上にはディー率いるアーブ、ロウの騎士団が二十名以上集まっている。行軍から帰って交代で一週間のお休みをとるように伝えていたのだが、何故か全員軽装の鎧を着て集結していた。
と、ディーひとりの姿が消えた。
「ヴァン様!」
「うわぁ! びっくりした!」
ちょっと目を離した隙に、ディーが頂上まで登ってきていた。僕は地面に這いつくばった格好のまま驚きの声を上げる。
「はっはっは! 階段上がりも良い訓練になりそうですな! 今度の城壁作りでは階段を多く作ってもらいたいものですぞ!」
「え? 訓練に利用するの?」
訓練馬鹿のディーがよく分からないことを言いだしたので、頭の中でそっとエレベーターの設置を考慮しておく。僕がやらされたら倒れるまで昇降させられそうだ。
「まぁ、何はともあれ、ディー達が来てくれて良かった。ちょっと手伝ってくれるかな?」
そう尋ねると、ディーは笑いながら頷いた。
「お任せください! セアト村の防衛はエスパーダ殿に頼んできましたので、お時間も気になさらず!」
「それは助かるよ」
やる気満々のディーに苦笑しつつ、休みを返上して手助けに来てくれた皆に心の中で感謝する。僕は、本当に良い仲間に恵まれたと思う。
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