せっかく配慮したのに……
扉を破壊しようとする衝撃と音が連続して響く。どうやら、どうにかして持ち込んだ重量のある物をぶつけて扉を破壊しようとしているらしい。
だが、簡単なことではない。分厚いウッドブロック製なので、鉄板相当の頑丈さはあるはずだ。扉の向こう側で必死になって破壊活動をしている間に、こちらは準備万端で構えていられる。
これは、思ったよりしっかりとした防衛設備になるかもしれない。要検討案件だ。
「機械弓部隊は入口を包囲するように並んで、入口前にはアルテの人形が壁役をしようか。そうすれば、怪我人を出さずに殲滅も可能だね」
小さくそう指示を出すと、室内で大剣を構えたディーが深く頷き、アーブとロウに何か命令を伝達した。
さぁ、いつでも来い。
そう思って待っていたのだが、いくら待っても扉が破られる気配はない。いつ扉を破壊するんだろう。そう思って周りを見るが、周囲の人達も同様の反応だった。お互いの顔を見合って不思議そうにしている。
結果、十分経っても扉が破られることはなく、気が付けば扉を破壊する音も、侵入者の気配もしなくなっていた。
これは流石に諦めたか。
「……まぁ、余計な問題にならずに済んだと喜ぶべきかな」
そう言って苦笑すると、ディーが深い溜め息を吐いて首を左右に振る。
「それよりも、扉を破れずに帰る侵入者どものやる気に不満がありますな。なんとしても破ろうという気概が足りん!」
「いや、そんなやる気を求められても……」
ディーらしい着眼点に呆れながら返事をして、扉を見た。
「ディーは不満かもしれないけど、貴族間で余計な争いは無い方が良いんだよ。僕としてはこんなところで争う予定じゃないからね」
そう言って笑うと、ディーは再度溜め息を吐いて顎を引く。
「ヴァン様の考えていることは分かりますが、甘過ぎますぞ。こういう時は、他の貴族への牽制になるように、断固とした態度を見せなければなりません。それこそ、逆らう者は許さないという強い態度が必要でありましょう」
鼻息荒くそう告げるディーに、片手を振って笑いを返す。
「あはは。大丈夫だよ。この程度なら、無視しても全然影響はないからね。放っておこうよ」
声を出してそんなことを言っていると、ディーだけでなく、周囲の者たちも驚いたような顔でこちらを見ていた。
「……器の大きさか、はたまた強者の余裕というべきか……ヴァン様は大物ですな」
ディーがそんな過剰な評価をくれて、周りの騎士団員達も頷く。いやいや、そんなおだてられても困ってしまう。せいぜい、バーベキューでお肉多めにするくらいしか出来ないからね?
そんなくだらないことを思いながら、僕は皆に振り返る。
「さて、侵入者が諦めたことだし、僕たちもゆっくり寝ようか」
朝になり、自然と目が覚める。瞼を開けると既に良い匂いが漂っていた。
「ん……おはよ」
そう声をかけると、朝食の準備をしていたティルが笑顔で振り返る。
「おはようございます!」
「うん……? なんか、今日は元気いっぱいだね」
首を傾げながらそう言うと、ティルが小さく笑いながら頷く。
「実は、最近なかなか寝つきが悪くて……ヴァン様が準備してくださった寝具は贅沢過ぎるくらいなのですが、やっぱり魔獣や敵国の兵が来るかもしれないと思って、時々不安に……」
申し訳なさそうにそう言った後、ティルは花が咲いたような笑顔になる。
「でも、ここではぐっすり眠れました!」
両手を上げてそんな報告をするティルの様子に笑いつつ、僕も頷いた。
「安心して眠れるのは有難いよね。さて、これで面倒なことも回避出来そうだし、朝ごはん食べたら村に帰ろうか」
「はい!」
屈託なく笑うティルに癒されつつ、アルテやカムシンを呼んで朝食を取る。あまり火を使うと一酸化炭素中毒が怖いので、申し訳ないが騎士団の皆は携帯食である。まぁ、素材が良い干し肉やパンは中々好評だったので苦情も出なかったが。
全員で手早く朝の準備を終えて、外に出てみる。アーブやロウ、ディーが先頭に立ち、後方から援護として機械弓部隊が付いていく。
悲しいが、今は魔獣よりも味方であるはずの他の貴族の騎士団が怖い。魔獣は分かりやすく一直線に襲いかかってくるが、貴族の策謀は水面下で密かに行われるものだ。毒や貴族派閥を使っての謀も考えられる。
昨晩はかなり強引に僕の寝床を襲撃しようとしていたから、恐らく頑張って探せば犯人は見つけられるだろう。
だが、それだとダディと本気で敵対関係になってしまう。
個人的には、それはまだ早いと考えている。
そんなことを考えながら、僕は地上に出た。
「ヴァ、ヴァン様」
と、先に出ていたアーブから名を呼ばれて顔を上げる。視界が光に染まったような錯覚を受けつつ、朝日に目を細めて周りを確認した。
すると、胸を張って腕を組むパナメラの力強い笑顔が一番に目に入った。
「……パナメラ子爵。これはいったい……」
パナメラの名を口にしつつ、周りの光景を再度観察する。
「昨晩、ヴァン男爵の寝所へ夜襲がかけられた。この事は間違いないな?」
「はぁ……扉まで来て少し強めにノックはされましたけど、その後実際に入ってくることは出来なかったので、夜襲されたとまでは言えないかもしれませんが……」
面倒なことは避けたいという思いでそう答えたのだが、パナメラは目を瞬かせて、すぐに噴き出すように笑った。
「はっはっは! ヴァン男爵にとっては夜襲ではなく夜中の来訪者程度にしか感じられなかったか! まったく、豪胆に過ぎる! やはり、貴族はこれくらい肝が太くなければな!」
どう誤解したのか、パナメラは心から楽しそうに笑い、自分の後方に居並ぶ者達に向き直った。
そこには、パナメラの騎士団に包囲された風体の怪しい男達が百名ほど地べたに座らされていた。何故か悔しそうに僕を睨んでいるが、冤罪である。
パナメラはまだ楽しそうに笑ったまま、地べたに座り込む男達を見据えた。
「さて、ヴァン男爵に刺客としても認識されなかった暗殺者の諸君。著しく自尊心を傷つけられただろう。もう暗殺者として君達を雇用する者は現れない。これからは心を入れ替えて、私に協力すると誓え。その第一歩として、この行軍に紛れ込むために、どの騎士団が君達を匿っていたのか、この場で答えてもらおうか」
パナメラがよく通る声でそう告げると、男達は顔を見合わせたりしていたが、すぐに答える者は現れなかった。
その様子に深く頷き、パナメラが組んでいた腕を解く。
「うむ。刺客はそうでなくてはならない。気に入ったぞ!」
上機嫌にそう言いながら、パナメラは何故か剣を抜く。朝日に照らされて銀色の刃が獰猛な光を放った。
皆の視線が、剣の先に向く。
「暗殺者の誇りは、確実な任務遂行と情報の秘匿だ。その誇りを守るために、君達は絶対に雇い主のことを口にしないだろう。そんな君達に敬意を表し、私が一人ずつ情報を話してもらえないか、交渉しようじゃないか」
そう言って、軽く剣を振って笑みを浮かべる。
「安心したまえ。先程言った通り、私は君達が気に入った。貴重な時間を割き、じっくり話を聞いてやろう」
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