拡張完了
「なんということでしょう。あのちょっと素敵な砦が、ヴァン君の力で物凄く素敵な砦に……!」
「え? なんですか、ヴァン様?」
僕の冗談に、真顔でカムシンが返事をした。一番恥ずかしい攻撃である。僕は曖昧に頷いて視線を逸らした。
「砦が完成したな、と思って……」
誤魔化しのためにそう口にすると、カムシンは目を輝かせて頷く。
「はい! すごい砦ですよね! 流石はヴァン様です!」
そう答えてカムシンは顔を上げる。出来たばかりの砦は、ちょっと想定より大きく作り過ぎてしまった。人数が多いから部屋を大きめに作った結果である。だが、後悔はしていない。なにせ、これまでで一番面白い建築物となったのだから。
僕は満足感たっぷりに自ら作った砦を見上げる。
まず、狭い街道と左右にある山の斜面だ。これをどうにかしないと大きな建物など建てられない。なので、一階は街道と同じ幅で作り、二階は少し幅を広げた。最初に作った砦と繋がっているのは二階部分だけにしておき、内部に入られた時に一か所守りやすい場所を作っておく。重要なテロ対策である。
そして、二階から順番に幅を広くしていく。結果、街道の上に傘のように広がった二階、三階、四階部分が出現することになった。いや、山の傾斜を上がる方向に出っ張った三階、四階部分は傾斜に乗っかる形にはなっているが、とても前衛的なデザインの建物となっている。
街道の形に長く建てることが出来たのも良い味となった。もっと高層ビル的な雰囲気で作れたら更にオシャレだったのだが、材料がウッドブロックばかりだから仕方が無い。
一階は広間としても通路としても使える空間が冗談みたいに長く続き、幾つか部屋として区切っている。入口と真ん中、奥に階段があり、二階に上がることが出来るようになっている。二階には休憩や食事用の部屋、浴場などがあり、三階には宿泊施設があった。四階は王侯貴族専用の個室や会議室、重要な物資の倉庫がある。
「これでそれなりの人数が休めるね。あ、そういえば、今日は砦に泊まっていけと言われたから、悪いけど皆も砦に一泊してから帰ろうか」
そう言って振り返ると、ホッとしたような声で返事があった。アルテとティルである。
「そうですか……もう夕方に差し掛かっていたので、ここに泊まる方が安心ですね」
「戦いが行われている場所に残るのは不安ですが、ヴァン様が作った砦なら大丈夫ですね。私たちは三階でしょうか?」
そんなことを言う二人に片手を振り、疑問を否定した。
「いやいや、他の騎士団と一緒に寝泊まりするのは危ないよ。前に襲われたことがあったでしょ? だから、僕たち用の拠点を少し離して作るよ」
「え? 今からですか?」
「うん。一時間で作ってみせるから安心して」
僕の言葉にティルが思わず目を丸くして聞き返してきたので、安心できるように腕まくりをしながら返答した。この頼りになりそうな、徐々に太くなりつつある上腕二頭筋を見よ。九歳にしてはマッチョだと自負している。
まぁ、ティルのお菓子が美味し過ぎて少しお腹が出ているが、それはチャームポイントであろう。
「さて、それじゃあ、もうひと頑張りだね」
【パナメラ】
「炎槍」
魔術を行使して、またイェリネッタ王国の要塞の壁の一部を破壊する。既に多くの魔術師が魔術による攻撃を行っているが、流石に重要な拠点を守るだけはある。相手もこちらの多くの魔術を防いでみせ、更に攻撃までしてきている。
「くっ……魔力が切れかかってきたか」
そう言って一歩二歩下がると、ベンチュリー伯爵が私の肩を叩いて交代するように前に出た。
「下がって休むが良い」
「……承知しました」
ベンチュリーの言葉に返事をして、戦場に背を向ける。背中越しに戦いの音を聞きながら、小さく舌打ちをする。
「……功を焦り過ぎたか。まさか、歴戦の魔術師がこれだけ揃って半日以上かかっても破れないとはな。少々侮っていたようだ。だが、こちらの砦の方が頑強なのだから、夜襲に注意を払っておけば攻略は時間の問題で……ん?」
一旦、戦場を離れて頭を冷やそうと思って階段を降り、二階についてすぐ違和感を覚えて立ち止まった。砦の中はこんな感じだっただろうか。つい先ほど通った場所なのに、自分の記憶とは異なる景色に戸惑ってしまう。
「……扉は、なかったはずだ」
戦いの最中で興奮状態にあるのは自覚しているが、流石にそんな勘違いはしないだろう。そう思いながら、両開き扉を両手で押し開く。
扉が開いたと思ったら、冗談みたいに長い廊下が目の前に広がっていた。
「……な、なんだ? どうなっている?」
誰にともなくそう尋ねたが、答える者はいない。私の騎士団には砦の三階で他の騎士団の補佐を命じていたため、近くには部下が一人もいないのだ。
二人から三人が並んで歩ける程度の廊下には、左右に扉が等間隔に並んでいた。どうやら、複数の部屋が延々と続いているらしい。廊下が徐々に右側へ曲がっていくように作られているのは、街道に沿って作ってあるからだろう。
そこまで考えて、この景色を作り出したであろう人物の顔が頭の中に浮かんだ。
「……また変なものを作って……」
溜め息混じりにそう呟き、腰に手を当てて頭を左右に振る。
「面白い……探して直接文句を言ってやろう」
恐らく、ヴァンのことだから実用性も兼ね備えた建物にしているだろう。だが、驚かされた身としては文句の一つも言ってやらねばならない。それに、早めにヴァンを見つけて陛下に案内人を付けさせなければ、文句の一つや二つでは済まない可能性もある。
「それにしても、出来上がった代物は恐ろしいものばかりだが、発想は子供らしいな」
長く続く廊下を歩きながら独りごとを呟いて笑う。山道に沿って長い建物を作ってみたかったのだろうか。面白い発想だが、実際にそれを戦場で実践する人物はいないだろう。
大きな城の廊下でもこれほど長いものなど見たことがない。それに道に沿ってゆっくりと弧を描くように曲がっているのも面白い。
途中には上下に向かう階段があった。一度は階段を素通りしたが、二度目は気になって上の階に行ってみることにする。階段を上がると、また廊下が続いていた。手前の扉を開けるとそこには随分と広い部屋がある。これは、途中の拠点で見た兵士用の休憩室と同様のものか。だが、あれよりもかなり広く、相当な数の部屋数がある。
四階は個室が並んでいるようだが、家具や寝具は無かった。
「流石にそこまでは準備出来ないか。いや、これだけでも十分過ぎるくらいだ」
私も感覚がだいぶ麻痺してしまったようだな。そんなことを思いながら笑い、部屋を出て階段を下りる。どうも人の気配がしない。まだ砦に入りきれない騎士団が多くいる筈だが、指示が無いから入ることが出来ないでいるのだろうか。
一階に降りて、一際大きな両開き扉を開けて外へと出る。
そして、目の前に広がる光景に目を丸くしたのだった。
お気楽領主3巻!
コミカライズ版2巻!
絶賛発売中です!
https://over-lap.co.jp/お気楽領主の楽しい領地防衛 3 ~生産系魔術で名もなき村を最強の城塞都市に~/product/0/9784824002723/?cat=NVL&swrd=
デコードしてくださった方、ありがとうございます(=´∀`)人(´∀`=)




