建設現場
「……一応聞いておくけど、一斉に弓矢を射られても大丈夫?」
「当たり前です。なんの問題もありませんぞ!」
再三の確認を行うと、ディーは輝くような笑顔で返事をした。敵の本拠地目前にたった二人で立つというのに何がそんなに楽しいのか。ディーは足取りも軽く大きな盾を持って斜め前を歩いている。
その様子を呆れながら眺めつつ、恐る恐る丘の上に上がっていった。
視界が一気に広がり、美しい大空とそれに不似合いな物々しい要塞の姿がある。全体的に黒っぽい色合いが周囲に威圧感を与えていた。
「うわ、思ったより大きいね。小さな町くらいはありそうだよ。それに城壁もごっついねー。あれは普通に攻め込もうと思ったら魔術師にお願いするしかないんじゃない?」
見るからに堅牢そうな要塞の姿に感心してしまう。ディーもそれに頷き、膝を曲げて腰を下ろし、地面を片手で叩いた。
「そうですな……それに、この丘が問題です。魔術師は丘の上に行って詠唱しなければなりませんが、こちらより少し高い城壁からなら弓矢も問題なく届くでしょう。簡単に魔術を用いることが出来ない地形となっていますな。しかし、大量の兵を送り込んで城門破りをしようにも、この傾斜のある山道と要塞目前にある細い川が最悪です。籠城されてしまったら兵糧攻め以外では落とせないかもしれませんな」
と、ディーはいつになく真面目な調子で解説をした。攻める側として厳しく状況を見ているのだろう。まぁ、僕は攻めるつもりどころか長居するつもりもないが。
「さて……それじゃあ、始めようか。準備は大丈夫かな?」
緊張感を誤魔化すために笑いつつ、丘の下を振り返った。セアト村騎士団の皆や冒険者たち、そして魔術師の人達も僕を見ている。
「……良いみたいだね。よし、やるよ」
深呼吸を一つして、そう言った。
丘の頂上へ上がると、城壁の上に立つ兵士の一人がこちらに気が付いたのが見えた。ディーは油断なく盾を持って構えている。それを横目に、魔術師達に合図を送る。
「詠唱開始から一分か二分くらいだったかな?」
「そうですな。ただ、魔術の規模が少し大きいので、もしかしたら三分はかかるかもしれませんぞ」
二人でそんな会話をしていると、いつの間にか要塞の城壁上には多数の兵士が集結していた。中には弓を持っている兵士も見受けられる。
「おお、もう集まってきたよ。優秀だなぁ」
そう言うと、ディーは鼻で笑って城壁を指さす。
「あれでは単なる物見遊山ですな。高い練度で鍛えられた精鋭ならたとえ一万の兵が攻めてきても対応できるように準備をします。私が鍛えた騎士団であれば全員が弓矢を構えて待機し、号令がくれば即座に発射できるようにしているでしょう」
「おお、それは凄い。なるほど。そう思って見ると、確かに今突撃したら楽に城門まで辿り着きそうだね」
ディーの言葉に頷いて答える。そんなやり取りをしていると、城壁の上に集まった兵士の中から位の高そうなおじさんが顔を出し、こちらを見ながら口を開いた。
「……貴殿らに問う! ここはイェリネッタ王国最西端の重要拠点である! 何用で立ち寄ったのか、お聞かせ願いたい!」
と、おじさんは僕たちの正体を尋ねてきた。
「おお、よく通る声だね」
「指揮官でしょうな。広い戦場で指揮をするにはあれぐらいの声量は必要ですから」
「声が大きいのも大事なんだねぇ……あ、返事しないと」
余計な雑談をして気を紛らわせている場合ではない。僕は慌ててディーとの会話を取りやめて大きな声を出した。
「えー、僕はスクーデリア王国のヴァン・ネイ・フェルティオ男爵です! 今日はちょっと砦を造りに……あ、名乗らない方が良かった? これ、後で恨まれる流れ?」
思わず正直に名乗り過ぎた。そう思った僕はディーの顔を見ながらそう尋ねる。
「いえ、どうせすぐにヴァン様の名はイェリネッタに知れ渡りましょう。遅かれ早かれ、という違いですな」
不安になって聞いたのに、ディーは笑いながらそんな冗談を口にした。それに溜め息を吐き、頭を切り替える。
「仕方が無い……開き直ろう」
そう呟いてから、もう一度城壁の上を見上げた。髭のおじさんが困惑したような表情でこちらを見ている。
軽く咳払いをして、思い切り息を吸った。
「えー、挨拶をやり直します! 僕はヴァン・ネイ・フェルティオ! スクーデリア王国の男爵です! 今日は、丘の上に砦を造りに参りました! 造ったら帰ります! すぐに帰ります! 何か質問がありましたら、後日スクーデリア王国のセアト村を訪ねてください! それでは、建築を始めます!」
僕がそう言った直後、タイミング良く後方から土の魔術の発動を告げる声が聞こえた。
「魔術を行使します!」
その言葉に振り向いて頷くと、一秒にも満たぬ時間で僕の前に巨大な壁が出現する。大勢の魔術師による一斉発動である。壁は瞬く間に前方を覆いつくすほどの勢いで聳え立った。
「おお、これは便利だ。今後は我がセアト村にも魔術師隊を作りたいね」
「ええ、四元素魔術師が何人かいれば、戦略の幅はとても大きく広がります。必要な戦力でしょう」
高い壁が次々に出来上がっていくのを眺めながらそんな会話をして、手を伸ばす。
「よし、それじゃあ次は冒険者と騎士団の皆の出番だね……よろしくお願いしまーす!」
背後を振り返り、セアト村騎士団と冒険者達に合図を送った。
「了解です!」
「分かりました!」
オルトとアーブがそれぞれ返事をし、一斉に行動を開始する。それぞれが決められた建材を持ち、一気に丘を駆け上がってきた。カムシンやロウもそれぞれ決められた持ち場で作業を開始する。
「先に左右の一階部分を作るぞ!」
「こっちは砦中心部を作れ!」
指揮を任された者たちが我先にと建材を組んでいき、形を作っていく。ぶっつけ本番のわりに皆なかなか良い動きだ。連携もしっかりとれている。
「よし、僕もやるぞー」
皆の働きを頼もしいと感じつつ、こちらも働くぞと気を引き締める。
「まずは中心からかな」
そう言って、城壁用に作ってもらった土の魔術の壁に手を添えた。
「固まれー、固まれー」
魔力を込めながら、城壁が強く固まるように念じる。イメージはコンクリートの頑丈な壁だが、サイズが大きい分だけ時間がかかりそうだ。壁を通り越して弓矢が降り注ぐことを考えたら、動ける人に建材を運んでその場で組み立ててもらうのは非常に良い作戦だった。
誰がその作戦を考えたのか。
もちろん、天才少年のヴァン君である。流石はヴァン君。超天才。
心の中で自画自賛をして気分良く働く僕。この調子なら砦なんてあっという間だぞ。
そう思っていた矢先、突然壁の向こうから耳をつんざくような轟音が響き渡った。土の壁に手を添えていたのだが、激しい振動が腕から伝わってきて尻もちを突きそうになる。
「黒色玉か……って、穴が空いてる!?」
衝撃の原因が何か考えながら頭を左右に振っていると、視界の端に違和感を覚えて勢いよくそちらを振り向いた。
壁の一部は見事に破壊されており、敵の侵入を許してしまうような入り口となってしまっている。
「これはヤバい!」
あの穴から黒色玉を投げ込まれたらと思い、背筋に冷たいものが流れた。
「ディー! 守って!」
「承知!」
名を呼ぶと、ディーは盾を構え直し素早く僕の前に出て穴の正面に立った。その隣で壁に手を押し当てて魔力を込めていく。急がないと、流石に黒色玉の直撃はディーでも危ない。
他の部分の補強は全て無視して補修を行う。普通なら一度壊れた壁は補修程度では強度が戻ることはない。それを考慮した場合、相手はまた同じ場所を狙う筈だ。
「早く帰りたいね、ほんとに」
まったく、なんでこんなことになったのやら。そんな文句を言いつつ、僕は砦建設を急いだのだった。
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