夜なのに大騒ぎ
クサラが半泣きになりながら二つに分かれた革の盾をくっ付けようと試みているのを横目に、僕はカムシンから刀を受け取る。
松明に照らされた刀は材料が木とは思えない輝きを放っている。
気になった僕はクサラの隣に立ち、革の盾に手を触れた。
「ちょっともってて」
「へ?」
戸惑うクサラを横目に革の盾を生産魔術で修復する。先ほどよりも更に盾が強くなるように接続、融合させた。
見る見る間に元どおりの形状になり、クサラは輝くような笑顔で盾を掲げる。
「お!? おぉおお!? 直った! あっしの盾が! オークナイトの上級革の盾が直りやしたぜ!?」
クサラが「ヒャッホー!」と飛び上がりながら喜ぶ姿に頷き、僕はティルに目を向けた。
「ちょっと切ってみて。端っこで良いから」
「え!? で、でも、尋常じゃないくらい喜んでますけど……」
「後で直すから大丈夫」
そう告げると、ティルは「だ、大丈夫でしょうか」なんて呟きながら、そっと斧を振る。
元が木材だからかなり軽い。だから、軽く振った斧も中々の速度でクサラの目の前を通り過ぎた。
「へ?」
疑問符を上げつつ首を傾けるクサラの前で、切断された革の盾の一部が地面に落下する。
「おー、凄いね。ちょっとどうだった、感触は」
そう尋ねると、ティルは目を瞬かせて斧をこちらに見せた。
「か、感触なんて無いです。何か、垂れた糸を棒で撫でたみたいな感触があったくらいで……」
「へぇ。そりゃすごいな。でも、研がないと段々と切れ味は劣化していくんだろうな。元は木だし」
そんな会話をしていると、後ろから圧力を感じて振り向く。
「ゔぁ、ヴァン様……!? あ、あっしの盾は!? あっしの盾がまたスパッと、スパッとぉおおおっ!?」
嘆き悲しむクサラ。それを見て、ティルやカムシンが非難するような目をこちらに向けた。
「いや、直すよ? 直すつもりだったし」
肩身が狭くなってきた僕はそう言ってクサラの持つ真っ二つになった革の盾を握る。クサラの悲しそうな目をみて、流石に良心が痛む。
「前より頑丈にしてあげるから」
そう言って思い切り強化しつつ修復する。すると、クサラの目が再び光を取り戻した。
「や、やった……! あっしのオークナイトの背中と肩の皮で出来た革の盾が……!」
喜びの雄叫びを上げるクサラに、僕は軽く頷く。めでたし、めでたし。
「おい、なんの騒ぎだよ」
「あれ? ヴァン様?」
「誰だ、騒ぐ者は。何をしているのだ」
と、クサラが騒いだせいで、オルトやプルリエル、ディーが起きてきてしまった。何人か村人達も家から顔を出しているのが見える。
「起こしちゃったね。ごめん」
謝ると、ディーが僕に気付いて手を振った。
「いやいや、問題はありませんぞ。しかし、こんな夜更けになにをしておいでですかな」
ディーは僕達の顔を一人ずつ確認するように見てそう言った。すると、カムシンが刀を見せてディーの方へ向かう。
「ディー様! これを見てください!」
カムシンが刀を掲げてみせると、ディーはその刀を受け取り、刃の部分をジッと見た。
「むむ、中々面白い形状。だが、こんなに薄くては盾や鎧にぶつかれば折れてしまうのではないか? それに、素材も分からんな。魔獣の骨か?」
ディーはかなり興味を惹かれたらしく、刀を上に下にと眺め回す。
「これはヴァン様が作ったんですよ」
カムシンがそう言うと、ディーは驚き、嬉しそうに目を細めた。
「なんと! それはそれは……これほど見事な曲剣は見たことがありませんぞ。次は金属で作れば良い装備となるでしょうな。さすがはヴァン様です」
まるで夏休みの工作を見て褒める祖父のような顔のディーだったが、カムシンはその台詞の内容に頬を膨らませる。
「ディー様、これはそこらの剣など比べ物にならない武器です」
静かに怒るカムシンに、ディーは困ったように笑いながら頷いたのだった。
「ああ、そうだな。なにせ、ヴァン様が手ずからお造りになった武器だ。至高の武器に違いない」
宥めるような声で同意するディーに、カムシンは満足そうに頷き返す。明らかに本音は別にあるようだったが、カムシンは気づかなかったようだ。
と、プルリエルが僕達を見て口を開く。
「夜遅くに何をしてるんですか? もう寝る時間ですよ?」
「馬鹿。不敬だ、プルリエル」
低血圧なのか、不機嫌気味なプルリエルにオルトが慌てる。だが、それは気にせずに自分から謝罪しておいた。
「夜遅くにごめんね。とりあえず、暇があったら村の守りを固めようと思ってね。騒ぎになったのは別の理由だけど」
そう言うと、皆が疑惑の目を向けてくる。
「なぜ、明かりもないのに?」
「ヴァン様がどうやって防備を強化すると?」
「あ、石を積むのですか?」
と、皆が色々と言ってくる。あ、皆バカにしてないか。怒るぞ、僕も。
「何か出来るか試しに来たんだよ」
少しムッとしながら、僕は門の方へ向かった。
「あ、いやいや! その心意気には感服致しました! 本当ですぞ!? ただ、なかなかヴァン様にどうにか出来るような作業が無く……」
しどろもどろになっているディーを放置して、僕は年季の入った門の前に立つ。丸太を組み合わせたような門だが、頑丈そうではある。
その作りを確認し、手を門の表面に当てる。素材は木だし、ウッドブロックを作る時と同じような感じでいけそうだ。
だが、先程ちらっとディーが言っていた「重さ」という単語が気になっていた。
たしかに、あまり考えていなかったが剣や槍、斧などの武器は自重も使って威力を増している。首などの急所を狙う武器ならば軽いものでも良いが、本来ならちょうど良い重さというものも考慮しなければならないだろう。
では、扉はどうか。家の扉ならば良いが、これは敵の侵入を阻む防衛の要である。
一先ずはこれしか無いが、後日、金属の重厚な両開き扉を作ってやる。まぁ、もしかしたら木よりも金属の方が魔力を消費してしまうかもしれないが、この感じならば徐々に作ることも可能だろう。
と、そんなことを思いながら、粘土をこねるように扉を形作っていく。元々はバラバラの木も魔力を込めて結合していけば、やがては一本の木よりも遥かに頑丈な素材となる。
「ヴァン様……? それは、いったい……?」
後ろからディーの声がするが、まだちょっと怒ってるので返事をしてあげない。
「……よし、出来た」
そう呟き、顔を上げる。すると、そこには前よりも大きく、豪華な扉が出来上がっていた。装飾は侯爵家の紋章を使い、ベヒモスを模ったものを用いている。
蝶番部分はカバーで包み、持ち手は数人が一緒に開閉出来るようにバーにした。鍵は補強も兼ねて、やはり閂である。こちらも木だったが、随分小さくなっちゃったので後でウッドブロックを持ってきて補強しよう。
そんなことを思いながら振り返ると、皆が目を丸くしてこちらを見ていた。ティルとカムシンは得意げに皆の横顔を見て笑みを浮かべている。
「……誰が良いかな。オルトさんにしようか。ちょっと、この扉を剣で切ってみて。直せるから、気にせず全力で」
そう言って扉から離れると、オルトは躊躇いながらも剣を取り出し、こちらの顔を見る。
「良いんですか?」
「防衛出来るかの確認だから、思い切りね」
「…分かりました」
そう答え、オルトは剣を抜いて上段に構えた。
そして、気合いと共に振り下ろす。
「シッ!」
前後に開かれた脚と腰の落とし具合、腕の振り。どこをとっても力の入った良い振り下ろしだ。その辺の丸太なら間違いなく真っ二つだろう。
だが、扉に当たったオルトの剣は硬い金属音を響かせて弾かれた。
空気を伝わる激しい音に耳を押さえながら、僕は扉に向かう。
呆然とするオルトを横目に扉の表面を確認していき、上部の一部に傷が付いているのを発見した。
「……むむむ。傷がついちゃった。やっぱり、木が材料じゃダメかな」
不満たっぷりにそう言って溜め息を吐くと、時間が止まったように動かなかった面々が凄い勢いで扉に迫ってくる。
「いやいやいやいやいや!」
「な、なに!? 木の扉がオルトの剣を弾いたの!?」
「これ、本当に木ですかい!?」
「ヴァン様!? これは、え、ちょっ……ヴァン様!?」
現場は軽くパニックになった。
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