思惑失敗?
陛下の依頼もあり、じゃんじゃん道を整備して拠点もちょいちょい作っていく。途中から施錠も出来るようにならないかと言われたので、中から簡単に施錠出来るようにまでした。
そうして一日目、二日目、三日目と過ごしていくと、瞬く間に山の行軍過程は計画していたペースに追いつき、何なら追い越してしまった。
「……あれ? そういえば、仮設の拠点が崩れたって話が出なくなったね?」
振り返ってそう尋ねると、馬車の御者席に座るティルが目を瞬かせて答えた。
「あ、そうですね。むしろ、今はヴァン様のお陰で行軍がすごく楽になったという話しか聞きません。やはり、何かの間違いだったんじゃないですか?」
ティルが答え、馬車の傍を歩くカムシンが深く頷く。
「そうですよ。ヴァン様が作った物が不良品だったことなんてありません。誰もが嘘と分かることです」
「いや、設計段階での失敗だったら不良品もあり得るからね。まだ何とも言えないよ」
僕の作った物を盲信するカムシンに苦笑しながら返事をする。すると、馬車の窓からアルテが顔を出した。
「ヴァン様。後方からムルシア様がいらっしゃいました」
「ムルシア兄さんが?」
アルテの言葉に驚いて舗装を途中で止めて、背後を振り返る。すかさずカムシンが僕の傍に来て額の汗を拭ってくれた。
出来たばかりの街道の奥から、ムルシアが騎士達を連れて歩いてくる姿が見える。ちなみに馬車の窓からぴょこんと顔を出すアルテの様子が可愛らしい。
「ムルシア様」
アルテとティル、カムシンが頭を下げて挨拶をする。ムルシアはティルとカムシンに片手を挙げて応え、アルテの方に体の正面を向けて会釈した。
「アルテ嬢。お久しぶりですね」
貴族らしいとは言い難いが、人の良さそうな笑顔で挨拶をするムルシアに、アルテもホッとした様子で会釈を返した。一言二言通例の挨拶をすると、すぐにこちらに向かってくる。
「ヴァン、大丈夫かい?」
「え? 突然どうかしたんですか、兄さん」
開口一番に僕のことを気にかけた言葉を掛けられて、思わず首を傾げて聞き返した。
ムルシアも急過ぎたと感じたのか、浅く頷いてから言い直す。
「ごめん。挨拶もせずに」
「いやいや、それは大丈夫ですよ。それで、何かありましたか?」
再度確認すると、ムルシアは深刻な顔で僕の顔をマジマジと見た。
「ヴァンが無理をしてるんじゃないかと思って……凄い勢いで街道が出来ていくから、反対に心配になってしまったよ。まぁ、会いに来てみたらあまりにも普段通りで逆にビックリしたけどね」
ムルシアはそんなことを言って苦笑する。これは大変遺憾である。元気そうだから大丈夫だろうなんて思われては悲しい。
なので、僕は大いに不満を述べる。
「疲れてますよー。朝食と昼食と夕食と間食の間はずっと道を舗装したり、拠点を作ったりですからね。一時間はみっちり働いて、合間に食事したり、おやつを食べたり……食べ物が美味しいから良いけど、半日くらい休憩したいです」
と、労働環境に対する不平不満を告げた。それにムルシアは呆れたような顔をする。
「魔力を使い過ぎて倒れないか心配していたんだけど、それは大丈夫そうだね。思っていたよりも元気そうで安心したよ」
何故かムルシアは僕の文句をスルーした。口を尖らせて不満顔を作ってみたが、ムルシアは苦笑しながらこちらに顔を寄せる。
「……気付いているだろうけど、ヴァンが陛下に気に入られていることを妬む輩がいるんだ。正直に言えば私たちの父であるジャルパ侯爵もその一人だろう」
声のトーンを落とし、ムルシアは警告を口にした。露見すればジャルパに睨まれるようなことを、わざわざ僕に教えてくれるのか。
まったく、お人好しの兄である。
そう思って微笑むと、ムルシアを安心させようと口を開いた。
「大丈夫ですよ。周りは常にセアト村騎士団に守ってもらってますし、ディーには少し後方から他の騎士団を見張ってもらっています。夜間は自分用に頑丈な拠点を作って休んでますから、嫌がらせもされないでしょう。まぁ、進軍が止まるのは困るでしょうから、そういった意味でも大丈夫かと」
なにしろ、他国との戦争に向けての行軍である。インフラの要である僕の足を引っ張るようなことは出来ない。もし何かあれば、陛下が黙っていないからだ。
言葉にはしないが、そんな含みを持たせて答えておいた。それに納得したのか、ムルシアは首肯を返す。
「そうか。それだけ気を付けているなら大丈夫かな。とりあえず、後方ではパナメラ卿が拠点に異常がないか確認しているみたいだから、今後は拠点に問題が起きる可能性は少ないと思うよ」
「そうなんですか。心配していただきありがとうございます」
ムルシアのことだから、自分でも拠点に何かされないか確認をしてくれていることだろう。
僕は素直に、されど言葉少なめに感謝の言葉を伝える。なにしろ、ムルシアの周りを守る騎士達もジャルパの部下なのだ。下手な発言はムルシアの立場を悪くするだろう。
まぁ、陛下がジャルパにムルシアの今後について一言口を出していたから、もしかしたらもう気にしなくても良いかもしれないが、本決まりでない以上は勝手な判断は出来ない。
「……お互い、色々面倒くさいですよね。ムルシア兄さん」
苦笑しながらそう呟くと、ムルシアは二度三度目を瞬かせ、噴き出すように笑ったのだった。
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