【別視点】宿場町か何かか?
【ディーノ・エン・ツォーラ・ベルリネート(陛下)】
ヴァンのお陰で、山中を進軍中とは思えない快適な環境で休息をとることが出来た。それまでの仮設拠点もそうだが、今回作ってもらった巨大な拠点はより静かでゆっくり出来る施設になっている。なにせ、個室が用意されているのだ。普通ならテントくらいしかないのだから、あまりにも贅沢な話だ。
それに、左右には細い穴が空いているようで、新鮮な空気も感じられた。更に、個室には座れるよう椅子や台も部屋の一部として備え付けられている。あの少年は一々工夫を凝らしているな。
大満足で部屋から出て、入口で部屋を守っていた近衛兵に声を掛ける。
「そろそろ拠点から出ようと思うが、ヴァン男爵はどこで休んでいる?」
「は! 男爵はどうやら外でお休みのようです!」
「なに?」
近衛兵の言葉に、思わず聞き返す。私が不機嫌になったと感じたのか、近衛兵は背筋を伸ばして姿勢を正した。怒っているわけではないが、てっきりヴァンが同じ拠点内で休んでいるものと思って驚いた。
「まさか、爵位を気にして外で休んでいるのか?」
そう呟き、顎に手を当てて思案する。確かに男爵とは騎士爵を除けば最下級の爵位だが、拠点を作った本人なのだから気にせずとも良いだろうとも思った。
溜め息混じりに供を従えて階段を下り、拠点の外へ出た。かなり早くに寝たことから、外はまだ朝日が昇ったばかりといった雰囲気である。
「へ、陛下!」
外へ出ると、夜営していた騎士達が私を見て驚き、直立不動になる。片手を挙げて応えつつ、周りの景色がおかしいことに気が付いた。
「……仮設の拠点を設置、したわけではないな」
そんなことを呟きながら、周りの景色に意識を奪われる。
なんと、周囲に二階建て程度の拠点が無数に並んでいたのだ。流石に大半の兵士は外で野営を行っているが、恐らく千人、二千人ほどは入れるだけの拠点が出来上がっている。まるで宿場町のような様相となっているのに気づいて近くにいた騎士に問いただす。
「……これは、今朝出来上がったのか?」
まさかと思ってそう尋ねたが、騎士はやはり首を左右に振った。ヴァンの性格はかなり把握しているつもりだ。まさか、皆の為にと朝日も上がらぬ早朝から拠点を作ったりはしないだろう。
ならば、これだけの魔力がまだ残っていたということだ。
「こ、こちらはヴァン男爵が夕飯前にもうちょっと作っておこうと言ってお建てになりました……その、休憩する騎士団はそれぞれ話し合いにより決定の後、三班に分かれ交代で休んでおります」
「良い。別にここで休むことを咎めたりはせぬ」
騎士の言い訳めいた説明を聞き流し、もう一度周りを見回す。この拠点が山道途中に幾つかあれば、行軍だけでなく物資の保管も可能になる。遠征可能期間が大きく伸びることだろう。常に気を配らなければならない兵站の安全性が飛躍的に向上するのは間違いない。
これの価値に、どれだけの者が気付くことが出来るか。
「パナメラ子爵が五分の同盟を結ぶわけだ。流石に賢しいな」
呟きつつ、頭の中では様々なことを考える。ヴァンの魔術の効果範囲や継続性。そして、魔力量。どれだけのことが出来、どれだけ連続して魔術を使うことが出来るのか。昨日は半日近く山中に街道を作り、更にこれだけの拠点を作ってしまった。これなら、本当に敵地の目の前に一夜にして城を築くことも出来るかもしれない。また、ヴァンの魔術の可能性の模索だ。魔術を活かすならば、様々な視点から魔術を見つめ直す必要がある。
もし、これがドワーフの国であったなら、ヴァンの魔術は鍛冶にばかり向けられてしまっていただろう。それはあまりにも大きな損失だ。無数の可能性を潰してしまっているだけである。
「……セアト村に軍事研究家を何人か派遣するか。十人程度でも皆で知恵を捻りだせば、必ず王国に益となる物が出来上がるだろう。こうなると、男爵の引き籠り気質が惜しいな。新たな街道、治水工事、要塞、兵器開発……いくらでも仕事があるが……」
場所も考えずにブツブツと思案に耽っていると、不意に背後から複数の足音が聞こえてきた。足音が軽い。そう思った時、すぐに私は口を閉じて背後を振り返っていた。
「朝が早いな、ヴァン男爵」
振り返り様にそう告げると、女子供を連れたヴァンが驚いたように目を丸くしていた。
「お、おはようございます、陛下。先に声をお掛けしようと思ったのに、良く気が付かれましたね」
「ふふ、戦場を主な仕事場としてきた私を舐めるな。それにしても、ようやく男爵を驚かせることが出来た気がするぞ」
笑いながらヴァンを見下ろす。すると、ヴァンは苦笑しつつ頷いた。
「はい、それはもう……あ、報告が遅くなってしまいましたが、勝手に拠点を増やしてしまい申し訳ありません。一応、街道の広さはそのままにしていますし、頑丈さや使いやすさを優先して建てているので、今後も長く使える拠点だと思います」
そう言われて、当然のように深く頷く。
「軍の進行には適さないとされてきたウルフスブルク山脈の山道にこれだけの拠点が出来たのだ。誰が文句など言おうものか。だが、これでヴァン男爵の魔力量をかなり正確に把握出来たからな。街道や拠点、要所には砦も作ってもらおうか」
ヴァンの目を見ながらそう告げた。ヴァンがどう答えるか。今後、ヴァンは我が王国とともに歩くのか。それとも、別の道をすでに考えているのか。色々考えての言葉だ。
だが、ヴァンは困ったように笑いながら片手で自身の後頭部を撫でて、浅く頷いたのだった。
「もちろんですよ。ここからイェリネッタ王国の国境まで幾つか休める場所と要塞を準備しましょう。ただし、戦争には参加しませんよ? 僕はすぐに逃げますからね? それだけはお願いしますよ」
と、普通なら無理難題というような内容を軽く了承し、更には軽口まで叩いてくる始末。まだ十歳にも満たぬ子供だが、深く知る者は誰もが天才と評する麒麟児だ。王が何たるかを知らぬわけではない。ならば、私を逆に試しているのか。
面白い。
改めて、ヴァンという子供に強い興味を抱いた。
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