【別視点】行軍の停止
プルリエルの言葉に一番にクサラが反応した。
「い、いやぁ……それは止めた方が良いと思いますぜ? 真相はどうであれ、向こうさんは怒り心頭で文句言ってんでしょう? プルリエルが行ったら火に油……」
「は?」
「あ、すみませんでした」
プルリエルの眼光に、クサラが一瞬で自分の意見を取り下げる。その怯む様子にも不満そうな顔をするプルリエル。機嫌が悪いプルリエルは理不尽の権化である。
「普通なら若い女が声掛ければ男どもは多少落ち着くもんだがな……プルリエルじゃ逆か」
「オルト、何か言った?」
「あ、いや、何も言ってないぞ」
小さく呟いた筈なのに、即座にプルリエルの目が光った。もう余計なことは言うまい。
そんなことを思いつつ、咳払いをして騎士と揉めた当事者を見る。
「……それで、拠点がどうやって崩れたって話だったんだ?」
改めて尋ねると、男達は思い出しながら答えた。
「確か、拠点の中で十人くらい休んでた時に、大きな音がして壁が倒れてきた、みたいな感じだったか?」
「そうそう。それで、壁を支えながら何とか脱出できたってよ。この拠点は欠陥品だって叫んでたな」
「思い出したら腹が立ってきた」
男達の文句を聞きつつ、その内容に首を傾げる。
「欠陥品? 拠点の作り方が悪いって話じゃなくて、か?」
聞き返すと、男達は揃って目を瞬かせた。話を聞いていたプルリエルが浅く溜め息を吐き、こちらを見る。
「やっぱり話を聞いた方が良いわね。私が話さない方が良いなら、オルトが聞いてきてくれる?」
「何を聞けば良い?」
確認すると、プルリエルは目を細めた。
「文句を言っている騎士団の所属と、指揮官ね。多分だけど、また同じことが起こるわ。その時は同じ指揮官が絡んでいると思う」
その台詞には静かな怒りが感じられた。またプルリエルの予測を聞いて、俺も同じ答えに辿り着いた気がする。
推測でしかない。推測でしかないのだが、思わず俺自身が強く苛立ってしまった。
「……これは面白くない事態だな。悪いが、クサラ。代わりに聞いてきてくれないか?」
話を振ると、クサラは乾いた笑い声をあげつつ頷く。
「へい。まぁ、皆揃って頭に血が上ってるみたいなんで、今回はあっしが行きやすかねぇ」
「助かる。冷静に、相手を怒らせないように情報を引き出してくれ」
「任してくだせぇや」
クサラはカラカラ笑いながら片手を振り、こちらを睨む騎士達の方へと向かった。
元々の性格か、クサラは相手が誰でもスルッと懐に入ることが出来る。こういう任務には適任だ。
その証拠に、騎士達のもとへ向かったクサラは、すぐに片手を上げて会話を始めた。流石に楽しく雑談とはいかないが、拒絶されることなく会話を続けている。
その様子に、プルリエルが肩をすくめてみせた。
「本当、こういうの得意ね」
「ある意味宿屋の店主は天職かもな」
二人でそんな会話をしながら、クサラの背中を見守る。
すると、不意にクサラが動きを止めて一番近くにいる騎士の顔を見上げた。暫く動かないで話を聞いていると思ったら、突然騎士の顔面に向かって拳を叩き込む。
「え?」
「……っ! クサラの馬鹿野郎!」
今見た光景が信じられず、反応が遅れた。唖然としたまま固まるプルリエルを置き去りにして、全力で走る。
「もう一度言ってみろ、三流騎士ども! 殴り殺してやる!」
激昂したクサラが怒りも露わに怒鳴った。聞いたことのないドスの利いたクサラの声に、止められるか不安になる。
「なんだ、貴様!? 冒険者如きがこの私に手を出すとは……! どうなるか分かってるのか!?」
両鼻から血を流しながら、中年の騎士が目を見開いて怒っている。それに、クサラが剣の柄を握った。
「抜くな、クサラ!」
周囲に響き渡る大声で怒鳴り、間に入るようにして割り込む。
勢いよく乱入したため、騎士達も口籠もった。怒りが収まらない様子のクサラを騎士達の元から引き離し、努めて冷静になだめる。
「落ち着け。相手は騎士団だぞ。上には伯爵や侯爵だっているかもしれない。指揮官なら下手をしたら騎士爵以上の可能性もあるんだ。納得は出来ないかもしれないが、形だけでも謝っておけ」
「オルトの旦那。そりゃ到底聞けませんや。あっしにだって許せることと許せないことってのがありまさぁ」
「頼む、クサラ。抑えろ。気持ちはわかる。何を言われたかは知らないが、後でヴァン様に伝えて意見だけでも聞いてもらえないか頼むから……抑えてくれ、クサラ」
怒りに震えるクサラの両肩を両手で掴み、必死に説得した。数秒、睨み合うような格好のまま動きを止めていたが、やがてクサラが深呼吸をして、肩の力を抜く。
「……分かりやした。あっしとしたことが、短気が出ちまいましたね。謝っときますぜ」
「そうか……ありがとよ」
なんとか矛を収めてくれたクサラにホッと息を吐く。そこへ、プルリエルが顔を出した。
「クサラが感情的になるなんて珍しいわね。なんて言われたのよ」
既に不機嫌そうな表情のプルリエルがそう聞くと、クサラが眉をハの字にして口を開く。
「冒険者の悪口から始まりやしたが、それはまぁどうでも良いんでさぁ。どうせ、貴族や騎士ってのは冒険者を馬鹿にしてますんで……しかし、あの野郎どもは拠点の作りを馬鹿にして、子供の浅知恵だなんだと言い出したんでね。何を出して気に入られたのか知らないが、常識で考えたら子供の玩具のようなものを陛下が採用する筈が無い。侯爵家から追い出されたのも、こんな下らないものばかり作っているからだ、みたいなことを延々と言われやして……まぁ、ヴァン様の人柄を知っているあっしには堪えられませんでしたね……って、旦那?」
プルリエルに説明していたクサラが、怪訝な顔でこちらを見てきた。だが、今はそれはどうでもよい。
俺は騎士達に向き直り、怒鳴った。
「てめぇら、もう一度言ってみろ……! 誰を馬鹿にしてると思ってんだ!?」
「ちょ、ちょっと!? オルトの旦那!? プルリエル、止めてくんな! うわ! 詠唱してる!?」
「土下座して謝るまで許さないわ!」
こうして、行軍も道半ばで一部騎士と冒険者グループとで派手な衝突が起きてしまった。
言っておくが、俺は悪くない。
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