【別視点】獅子身中の虫
お気楽領主3巻!
コミカライズ版2巻!
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【オルト】
巨大な猪の突進を避けて、膝の裏を切り裂く。急に前足の一つを失った猪は頭から地面に突っ込んだ。地響きを立てて転がり、牙を振り回す。苦し紛れの行動だが、その図体と大きな牙は木々をあっさりと薙ぎ倒してみせるほどの威力である。
「機械弓!」
「あいよ!」
一歩大きく後方へ跳躍して、指示を出した。それに軽い返事をして、クサラが木の上から矢を三本連続で発射する。矢は吸い込まれるように猪の頭部へ命中し、巨体は一、二度体を跳ねさせて動かなくなった。
「おっしゃ! こいつは旨いぞ!」
「ありがてぇ、携行食じゃ力が出ないからな」
援護していた仲間が笑いながらそんなことを言った。だが、後方に身を隠していたプルリエルは不満顔である。
「もう一週間も肉ばかりよ? そろそろ果物と山菜摘みをしましょう」
肉に飽きたプルリエルがそう提案すると、クサラが眉をハの字にして肩を竦めた。
「そうは言っても、こんな頻繁に魔獣が向かってくるんじゃのんびり山菜探しなんてできやせんぜ?」
反論するクサラ。しかし、プルリエルも我慢の限界だったようだ。
「今のも結局オルトが前衛して、クサラが矢を射るだけで狩れちゃうくらいの相手でしょう? 護衛を付けてくれたらその間に山菜くらい採ってくるわよ」
「いや、そうもいかんだろ」
プルリエルの理屈に、思わず口を出してしまった。すると、厳しい視線がこちらに向けられる。ケンカをする気はない。そう両手を挙げて示しつつ、口を開く。
「一体、二体なら問題ないが、別の魔獣が連続して現れたら二人じゃ難しい。それに、俺たちの任務は道案内兼行軍の補助だ。魔獣を討ち漏らすのが一番まずい」
答えると、プルリエルが眉間に皺を寄せて後方を見た。険しい山道を鎧を着て歩く騎士団の姿がある。
「そもそも、よほどの魔獣以外は騎士団が相手に出来るんじゃないのかしら。私たちが全て相手にする必要がある?」
分かって言っている。なんとなくそう感じさせる言い方でプルリエルがそんなことを口にした。それに溜息を返して、片手を左右に振る。
「いや、無理だな。俺たちだから殆ど損耗なく戦えているが、騎士団が一体ずつ相手にしていたら行軍に影響が出るばかりか、死傷者もそれなりに出るだろう。イェリネッタ軍みたいに下位でもドラゴンを調教して同行させていれば殆ど魔獣も出てこないだろうが、そんな準備はしていないからな」
そう告げると、クサラが苦笑しつつ両手を広げた。手にはヴァン様の作ったナイフと機械弓が握られている。
「イェリネッタとの戦争が全てスクデットの方で行われていた理由は、この山道を通過するのがとんでもなく難しかったからですぜ。単純に、ヴァン様の武器が異常に高性能だから何とかなってやすが、あっしらも普通の武器や防具だったらとっくに死んでまさぁ」
「……特にこの機械弓、ね。魔術師がいなくても遠距離から魔獣を討伐できる。分かっているわよ。私が悪かったわ。ちょっと苛々しただけよ」
「おう、ケンカにならなくてよかった」
笑いつつ、そう答えておく。プルリエルは頭が良い。今のやり取りだけで自分の気持ちに折り合いをつけて、また仕事をきっちりしてくれるだろう。
「……とはいえ、まだ半分も来てないってのに、先行き不安だな」
皆の背中を見ながら、溜め息を吐いて小さく呟く。
冒険者は各グループで長く縦に伸びた王国騎士団の行軍を手助けしている。一番先頭を預かっている俺たちが最も負担は大きいが、他のグループも範囲が広い分大変だろう。
荷物は騎士団がコンテナを馬車に載せて運んでくれているが、休憩の時間が少ないので疲労度は高い。なにせ、騎士団の休憩中は周囲の警戒が役目だ。休憩らしい休憩にはならない。
情報交換と日程確認のために毎日他のグループとも会話をしているが、プルリエル同様に他の冒険者達も不満を溜めている。なにせ、普段は少人数で自由気ままに探索や魔獣討伐を行っている連中だ。騎士団に命令されるのも苛立ちの原因になる。
できることならさっさと目的地まで行ってしまって、任務達成で帰りたいところだ。しかし、人数が多いだけに行軍は遅々として進まない。
拠点は指示を受けながらどんどん作ってきているが、自分たちがそこで休むことはない。
「……どっかで仲間割れみたいにならないと良いけどな」
そう口にして、俺はクサラ達のもとへ向かうのだった。
翌日、危惧していたことが発生した。行軍の列の中ほどを管轄していた冒険者パーティーが、騎士達と衝突してしまったのだ。
急遽行軍を止めてもらい、俺達は揉め事の現場へ向かった。報告があった場所に行くと、そこには怒鳴る騎士達の姿があった。周りを確認すると、少し離れた場所で怒れる騎士たちを睨む冒険者達の姿がある。
「なんだ、何があった?」
近づいて声をかけると、冒険者の男がこちらを見た。そして、騎士たちを指さして口を開く。
「あいつら、俺たちが作った拠点を潰しやがった。こっちは周囲警戒しながら少しの休憩時間削って拠点を作ってやってんのに……何が作り方が悪い、だ」
「本当、偉そうなんだよな」
そんな言葉を聞き、思わず首を傾げる。
「拠点を潰すって……ありゃあ、かなり頑丈だぞ? どうやって……」
尋ねると、男は舌打ちをして騎士たちを睨んだ。
「俺たちが建てた拠点が勝手に崩れたとか言ってやがる。作った方からすりゃあ、一回作れば簡単には壊れないのはわかってるんだよ。崩すには中から天井持ち上げないと畳むことも出来ねぇんだ。普通に使ってりゃあ絶対に壊れないだろ」
吐き捨てるようにそう口にする男。
「……ちょっと待て。それはつまり、味方の騎士どもが自分達の使う拠点をわざわざ使えなくしたってのか? 何のために?」
「知らねぇよ」
「騎士団同士で仲間割れか?」
「どっちかと言えば冒険者嫌いの騎士が嫌がらせしたって方がしっくりくるぞ」
質問すると、男達が推測を交えながらそんな会話をした。どちらにせよ、この問題は解決しておかないと今後に響くのは間違いない。
どうしたものかと思っていると、後ろからプルリエルが声をかけてきた。
「ねぇ……これってもしかして、騎士団同士とか、冒険者への嫌がらせとは違うんじゃないかしら?」
「ん?」
振り返ると、神妙な顔のプルリエルが立っていた。他の冒険者達も首を傾げてプルリエルを見ている。
周りの視線を確認して、プルリエルは口を開いた。
「この仮の拠点を使えなくしても、案内役の私たちとケンカしても、騎士団の得にはならないわ」
そう言われて、我々は顔を見合わせる。
「そりゃそうだな」
「いや、馬鹿な野郎はどこでもいるもんだぞ」
「馬鹿過ぎるだろ」
集まってそんな会話を交えながら議論する。誰が、あれやそれがと推測を口にしてみるが、しっくりくる解答は出なかった。
そこへ、再びプルリエルが口を開く。
「……ちょっと思い浮かぶことはあるけど、まだ何とも言えないわね。先に、その拠点が崩れたと主張する騎士と話は出来るかしら?」




