フェルディナット伯爵の後悔
バーベキューを始めて小一時間。陛下達も葡萄酒や麦酒を片手に肉を満喫している。飢えた獣のように肉に食らいついていた兵士達は、まだ勢い衰えることなく食べていた。
「……お酒もあるとはいえ、よくあんなに食べられるなぁ」
そんなことを呟きつつ、僕もアルテと一緒に端の方に座って肉を食べていた。そろそろ肉とパンも終わりにして、クッキーなどでも食べようかと思っていると、貴族達の一団の中からヒョロッと誰かが出てきた。
少し猫背気味のその人物は、まっすぐこちらに向かってくる。少し自信がなさそうな目つきの男、フェルディナット伯爵だ。
アルテが儚げな美少女なだけに、父親であるフェルディナット伯爵もイケオジである。
「……こんばんは。ちょっと良いだろうか」
アルテを横目に見つつ、フェルディナットが僕にそう言った。
「はい。何かご用でしょうか」
立ち上がりつつそう答えると、フェルディナットは片手を挙げて申し訳なさそうに頷く。
「いや、そう……アルテに、ね」
そう呟き、フェルディナットはアルテを見た。父親でありながらかなり複雑な関係性になってしまったアルテは、思わず身を固くする。元々俯き気味な感じで座っていたのだが、フェルディナットに名を呼ばれて更に下を向いてしまった。
その様子を哀しげに眺めて、フェルディナットはこちらを見る。
「……ヴァン卿に言っても仕方のないことかもしれないが、少し聞いてもらいたい」
そう前置きして、フェルディナットは懺悔のように語り出した。
「私は、アルテに対して父親らしいことは出来なかった……ちょうど、父が倒れて、当主になったばかりだった頃であったし、卿のお父上であるフェルティオ伯爵が侯爵となり、我が伯爵家の領地が一部失われてしまった時でもある」
そう口にしてから、身じろぎ一つしないアルテの様子を一瞥して、話を続ける。
「……貴族というものは華やかな生活を送っているように見えて、その内にはとても醜い部分も孕んでいる。上り調子の貴族家には他の貴族だけでなく、商人や傭兵団も擦り寄るように集まっていく。一方、落ち目と思われた貴族の家は悲惨なものだ。貴族の派閥では端に追いやられて要職から外され、商人や傭兵団も取引が厳しくなる。更には、ずっと家を支えてきてくれた家臣が、離れていってしまうこともある」
と、フェルディナットは切ない事情を話した。そこには自らの不甲斐なさと、他者への怒り、嫉妬など様々な負の感情が溢れていた。
余程、大変だったのだろう。今の話し振りだと、先代の当主は突然亡くなってしまったのかもしれない。上級貴族の家の当主となる事の重責は計り知れないだろう。
貴族として家が凋落しないよう、戦争や社交界、領地の経営などで存在感を見せつけないといけないのだろう。それは並大抵の苦労ではなく、マイナスの要素は出来る限り取り除きたかったに違いない。その一つが、貴族らしからぬ魔術適性をもってしまったアルテだ。
だが、アルテに罪は無い。
そう感じた僕は、我慢することが出来なかった。
「……ご苦労をお察し申し上げます。しかし、忙しかったから、大変だったからといって、娘を無視して良いわけではありません。辛かった、きつかった。そう言い訳したところで、守るべき大切な家族を蔑ろにしたのは貴方の罪であり、取り返しのつかない失態です」
自分でも珍しく、固い声音になってしまった。フェルディナットだけでなく、アルテまでギョッとした顔になっているが、もう止める気もない。
「フェルディナット様。若輩者が何をと思うかもしれませんが、家族を想う一人の人間として聞いてください。アルテの心に刻まれた傷は、もう完全に治ることはありません。絶対に忘れることは出来ないでしょう。ただ、少しでも癒すことは出来るはずです。痛みを減らすことは可能な筈です」
そう告げて、アルテの様子を窺う。不安そうな顔だった。アプローチを間違えてしまっただろうか。そう思いながらも言葉を続けた。
「父として、貴方が出来ることは一つ。今からでも良い。アルテを真正面から見て、話を聞いてあげてください。アルテは自信は無くても、優しくて他人を思いやれる素晴らしい人です。それを認めてください」
そう言って口を閉じ、深呼吸してからフェルディナットを見る。目を丸くしていたフェルディナットの顔が、今は深い後悔の色に染まっていた。
「……確かに、男爵になったばかりの子供が口にすべきことではない。しかし、文句を言えない指摘だった。本当に……私は愚かだった」
フェルディナットはそれだけ言うと、アルテに向き直る。
「……アルテ、答えたくなかったら、何も言わなくて良い。少し前に、我が領地がイェリネッタの侵略を受けた時、それを救ってくれた一団がいたそうだ。その一団は、まるでヴァン男爵が開発したような長距離の弓矢と、人間では不可能な動きをする二人の騎士によって、イェリネッタの軍勢を敗走させたと聞く」
その言葉に、アルテが複雑な表情でこちらを見る。だが、僕は敢えて、何も答えずに黙っていた。すると、フェルディナットは首を左右に振り、アルテに頭を下げてみせた。
「その一団は、我がフェルディナット伯爵家の旗を掲げていたそうだ。そんなことをするのは、伯爵家の者以外にありえない……ありがとう、アルテ。そして、すまなかった」
フェルディナットが真摯に感謝と謝罪を同時に伝えると、アルテは自らの口元を手で塞ぐようにして涙を流した。
嗚咽で言葉にならないアルテを見てから、フェルディナットはこちらに顔を向ける。
「フェルティオ侯爵もそうだが、魔術適性に対する常識や、貴族としての体裁に縛られてしまったせいで、子供に無体な仕打ちをしてしまった。だというのに、後にその子供に助けられてしまっている。皮肉なものだ……」
深く深く溜め息を吐き、間を置いて再び口を開く。
「……今後ヴァン男爵から助力を求められたならば必ず手を貸すことを約束しよう。これは、フェルディナット伯爵家の当主としての公約だ。たとえ、卿とアルテが婚姻出来なかったとしても、破られることはないだろう」
その言葉に、アルテがピクリと反応した。半泣きのままこちらを見てきたので、苦笑を返して背中に軽く手を置く。
「大丈夫ですよ。アルテに振られない限りは」
「そ、そんなことしません!」
僕の言葉に、アルテが慌てた様子でそう返事した。それに驚いたのか、フェルディナットも目を丸くする。
「……ふっ、はっはっは! そうか。君達は、既にとても良い信頼関係にあるようだ。安心したよ」
笑いながらそう言って、優しい目でアルテを見る。
「遅くなければ、話をしよう。恨み言でも何でもいい。お前の声を聞かせてくれ」
フェルディナットがそう告げると、アルテは涙を流しながら頷いた。
「はい……!」
その様子に、僕は初めて二人が親子になった気がしたのだった。
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