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お気楽領主の楽しい領地防衛 〜生産系魔術で名もなき村を最強の城塞都市に〜  作者: 赤池宗


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【別視点】集結

【ムルシア】


「……うぅ、不安だ」


 ここ一週間、ろくに寝られていない。胃も痛いから食事もあまり摂れず体に力が入らない。行軍が馬車でなかったら倒れていただろう。


 馬車の窓から外の景色を眺めていると、明らかに街道からの景色が変わっていることに気がつく。三日前と比べたら森が深くなり、山々は険しさを増していた。


 森の深さ、山の険しさはそこに棲む魔獣の脅威を暗に伝えている。まるで、まだ人が棲むには早いと拒まれているように感じた。


「……こんな場所に……ヴァンもさぞ不安だっただろう」


 父から絶縁に近い形で追い出されたヴァンの気持ちを考えると胸が痛くなる。あの時は自分の手元にある金銭しか持たせることは出来なかったが、やはり父に頼んででも部下を付けてやれたら良かった。


 一瞬、そんな同情めいたことを思ったが、今や自分もその立場であることを思い出して溜め息を吐く。


「……でも、ヴァンはそんな環境でドラゴンを討伐して、爵位まで手にしたんだ」


 どれだけ考えても自分には出来そうにない。たとえ動けなくなったドラゴンが相手でも討伐は難しいだろう。魔力が枯渇するまで魔術を行使して、最後は途方に暮れる未来しか見えない。


 ヴァンは小さな頃から頭が良かった。恐らく、自分なんかでは考えつかないような奇策をもってドラゴン討伐を成したに違いない。しかし、それでも過酷な戦いだっただろう。


 そんな状況の村に行き、自分に何が出来るだろうか。


 不安がどんどん色濃くなっていく中、外から声が聞こえてきた。


「お、おい……あれ……」


「道、間違えたんじゃ……」


 兵達の戸惑う声を聞き、進行方向を見る。すると、道の先に巨大な建物が建っているではないか。建物は四角い形をしており、随分と大きく見える。


 随分と大きな水車もあるが、あれで水を建物の最上階に運んでいるのだろうか。一番下の階層の窓からは所々白い煙のようなものも出ていた。


 さらに進んでいくと、建物の奥には王都のような城壁があるのが見えた。建物を守らずに城壁を築いてどうするというのか。まさか、あの城壁の向こう側から脅威となる魔獣が向かってくるから、一面だけ頑丈な城壁を作り上げたのか。


 混乱した頭で色々と想像をしていたのだが、不意に馬車が止まり、外から声が響いてきた。


「ジャルパ・ブル・アティ・フェルティオ侯爵御一行と御見受けする! 私はヴァン・ネイ・フェルティオ男爵家騎士団の団長、ディー! 御一行を歓迎いたす!」


 懐かしい声だ。その声に思わず馬車から顔を出し、声のした方向を確認した。水車の側に建つ大きな建物の入り口の前に、鎧を着た大柄な男が立っている。間違いない、ディーだ。側にはどこかで見たことのある若い騎士が二名控えている。


 元気そうなディー達を見てどこかホッとしていると、その奥からエスパーダ、ティルが現れる。そして、あの元奴隷の少年と、最後にヴァンの姿が視界に入る。


「ヴァン!」


 自分でも気がつかない内に声が出ていた。馬車から身を乗り出してヴァンに手を振ると、嬉しそうな顔で手を振りかえしてくれた。


 ひと目見た限りでは怪我は無さそうだ。ドラゴン討伐をしたというのに、ディーやエスパーダ、ヴァンも変わりないように見える。


「ムルシア兄さん」


 私の名を呼びながら、ヴァンがこちらに歩いてきた。


 父は騎士団の隊列の中ほどにいるため、まだ数百メートルは後方だろうが、もし先に領主たるヴァンが私と挨拶を交わして歓待してしまったら大変だ。


 父の顔を立てるためにも、私は急いで馬車の中に戻った。


「ヴァ、ヴァン……先に父を出迎えに行きなさい。私は後で会話出来たら良い」


 馬車の中からそう告げる。だが、ヴァンは無造作に馬車の窓を両手で掴み、顔を馬車の中に突っ込んできた。ギョッとして固まっていると、ヴァンは悪戯っ子のように口の端を上げる。


「兄さん、久しぶり。お陰で領地は強くなったよ。本当は、一番に兄さんに見せたかったんだ」


 ヴァンにそんなことを言われて、グッと溢れそうな涙を堪える。私のした助け舟は、もしかしたらヴァンの未来を過酷なものにしてしまっただけかもしれない。そんなことを何度も考えていた。だから、そのヴァンから感謝の言葉を口にされて、思わず涙ぐんでしまった。


「い、いや、ヴァンの力だよ……私は何も出来なかった。父に進言してもっと金銭や部下を用意してあげられたら良かったのに、言い出せなかったんだ」


 懺悔にも似た言い訳が口を突いて出る。不甲斐なくて顔を上げることができない。


 しかし、ヴァンは馬車の窓に腕をかけて顔を出したまま、息を漏らすように笑った。


「僕は本当ならあそこで死ぬ筈だったんだ。たとえ父に処刑されなくても、兄さんが手を差し伸べてくれなかったら領地に着く前に死んでいたかもしれないからね。だから、ありがとう」


 花が咲くような無邪気な笑顔でそう言われて、私はついに涙を溢してしまった。


「う、うぅ……くっ」


 嗚咽しそうになるのを我慢して、涙を手で拭う。


「じゃあ、僕は侯爵に挨拶してくるね。兄さんは先にセアト村に行ってて良いよ」


「え? ここがセアト村じゃないのかい?」


 ヴァンの言葉に涙声で疑問を口にしたが、ヴァンの姿はもうそこにはなかった。


 代わりに、ディーの顔面が馬車の中にヌッと入ってくる。


「おぉ! 久方ぶりですな、ムルシア様! お元気でしたか!」


「う、うん。君も元気そうだね、ディー副団長……あ、今はヴァンの騎士団の団長だったか」


「わっはっはっは! 私はセアト村の騎士団団長で、エスパーダ殿はエスパ騎士団の団長ですぞ! 後で是非訓練の様子を見てくだされ! 度肝を抜いてみせましょう!」


 そんなことを言って、ディーは馬車の窓から顔を抜き、周りの兵に指示を出す。


「ここは貴殿らの休息所である! 一階には男女別に大浴場があり、二階は将校以上の個室となっている! また、すぐそこにある城壁の向こう側は冒険者や行商人のための街があり、さらにその向こう側にはセアト村がある! 一般兵はセアト村まで行くことは出来ないかもしれんが、そこの街の中でも十分買い物や飲食は可能だ!」


 と、ディーが簡単に近隣の状況を語ったが、皆は信じられないといった様子で目の前の建物を見ていた。


 この巨大な建物の一階が大浴場だというのだ。そんな巨大な入浴設備など、王家すら所有していないだろう。


 更に、あの異様に頑強そうな城壁が、ヴァンの領地の主要都市のものではないという。まるでオマケのような言い方でディーが語ったが、とても信じられない。


「……私の想像は、完全に見当外れだったのだろうか……」


 辺境の名も無き村に送られた末弟。十中八九死んでしまうような過酷な環境。そう思っていたのだが、目の前の光景はとてもそうは見えなかった。




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