貴族社会
僕は村長の家の周囲に人の気配を感じていたが、何も気にせず話を続ける。この村にいる者に聞かれて困ることではない。
自分の言葉で勢い付いた僕は、気にせずに言葉を続ける。
「つまり、王国の法や国の在り方に文句を言っても何も変わらないのです。では、この村は、我々はどうすれば良いと思いますか?」
あえて、僕は自分も含めて我々という表現をした。村の住民の一人だと、仲間だと伝えたのだ。
まぁ、あまりロンダ達には響かなかったようだけども。
「……どう、と言いますと、ほかの国に保護してもらう、ということですかな?」
ロンダがそんなことを言い出したので、僕は首を左右に振る。
「違います。イェリネッタ王国も統治の仕方は同じなのですから、扱いも同じになってしまいます。具体的な対策は三つ」
「三つもあるのですか?」
ロンダの隣にいる女が初めて口を開いた。それに頷き、指を立てる。
「一つ目はこの村が王国が無視出来ないような価値を生み出す。二つ目は定期的に金銭を稼ぎ、傭兵を雇う。そして三つ目は、自ら村を改造して発展させていく」
「……どれもすぐに出来ることではないような……」
僕の言葉に、女はすぐに落胆してしまった。まぁ、村に何十年と住んでいればどれも一度は考えられたことだろう。
だが、こんな辺鄙な場所にあると木材や石材などを採ってきても輸送費の問題で売ることは出来ない。かといって製品を作り出すような産業は学を得ることの出来ない村人には難しい。
そうすると、金を稼ぐことも出来ないし、村を改造するゆとりもない。
そんなところか。
だが、そこに僕たちが来た。
「これまでは難しかったでしょう。しかし、きちんと領地を守るための勉強をした僕が来ました。これから、この村の防衛や発展には僕も尽力しましょう」
そう言っても、三人の反応は芳しくない。すると、それまで沈黙を守っていたエスパーダが口を開いた。
「横から失礼致します。私はフェルティオ侯爵家の筆頭執事を務めておりました、エスパーダと申します。ヴァン様は八歳にして領主を任された才人であられますが、幼少時より神童として知られております。更に、僭越ながらこの私、そしてフェルティオ騎士団の副団長たるディーも部下として馳せ参じました。大船に乗ったつもりで任せていただきたいと思います」
エスパーダがそう告げ、ディーも分厚い胸を拳で叩く。
二人の姿を見たロンダ達は、見てわかるほど嬉しそうに驚いた。
「ひ、筆頭執事殿と、副団長様? そんな重鎮が、こんな村に……?」
「夢ではなかろうか」
お前ら、侯爵家四男のヴァン君も来てるんだからな。こっち見ろ、おい。
僕は内心で毒を吐きながらも、納得はしていた。そりゃ八歳児が任せろと言っても任せられないだろう。
子供扱いされているのは悲しいが。
そんなことを思っていると、ロンダの息子らしき男が晴れやかな顔で僕を見た。
「そうか! では、侯爵様がこの村を救済しようと……! ヴァン様も、強力な四元素魔術の使い手という……」
「あ、僕は生産系の魔術適性なので、戦闘力には期待しないでください」
誤解されないように即座に否定すると、明らかに落胆されてしまった。うっさい。仕方ないじゃないか。適性は選べないのだ。
やさぐれるぞ、僕は。
腕を組み、ムッとしながら口を開く。
「……とりあえず、まずは村が安全になるように防壁を展開します。あの木の柵も頑丈そうですが、火矢を射られれば終わりです。後は、住居もそうですね」
そう言うと、全員の目がこちらに向いた。
「エスパーダの土魔術は持続する?」
「私の魔術は発動中は硬度を保たせられますが、魔力を失えばただの土塊となってしまいます」
「ふむふむ。じゃあ、土塊の壁として利用しよう。大小様々な石を表面に組んで行けば十分な応急処置となる。いずれはしっかりとした城壁にするとして、今はそれで良しとしようか。後は堀を作りたいな。襲撃者の足を遅らせたいけど」
「それならば我らが対応しましょう。魔獣討伐で慣れておりますからな。落とし穴に引っ掛け罠も作りましょうぞ。後は、土壁の上から攻撃するための準備ですな」
「じゃあ、弓矢を用意しよう。素人が当てるのは難しいから投石でも良いね。あとは、怪我しないように大きな盾も準備しようか」
僕達が勝手に話を進めていくと、ロンダ達は呆然としたまま固まっていた。
外に出て村人全員に挨拶をすることにしたのだが、外には馬車と一緒にオルト達も残っていた。あ、もう暗くなるから、一泊して帰るつもりかな。
そう思って、オルト達への挨拶はまた後にする。
ロンダ達が声をかけると、村人達はすぐに集まった。老人は少なく一割いるかどうか、中年の男女が三割、若い男女が四割、子供が二割ほどといった感じだ。
村人達は雑多に並ぶと、ロンダの言葉に従ってその場に座り込んだ。
それを確認して、僕は口を開く。
「ヴァン・ネイ・フェルティオと申します。フェルティオ侯爵よりこの村の管理をするよう領主として任を受けました。これから精一杯努力して、村を発展させていきたいと思いますので、宜しくお願い致します」
挨拶を述べると、ぱらぱらと拍手が送られた。ありがとう、ありがとう。
「僕はこの通り子供ですが、一緒に付いてきてくれた彼らは一流の騎士団の士官と知識人です。盗賊団が来ても、今度は皆で協力して撃退しましょう! 今こそ、強く、豊かな村を作るんです!」
政治家のような感じになってしまったが、熱意は伝わっただろうか。村人の反応を見る。
すると、若い男が手を挙げた。
「はい、そこの人」
指名すると、男は難しい顔で口を開く。
「税は、どうなるんだ? これまでは収穫物の三割だったんだが……」
「それは実際どれほどになりますか?」
「小型の魔獣の皮や牙、骨とかを十体分くらいだろうか」
不安そうな顔の男に、僕は浅く頷いて答える。
「それなら、今回は五体分くらいにしましょう。税が足りないと言われたら一時しのぎですが、僕が払います。今は村を存続するために働く方が大事です」
そう答えると、村人達が驚きの声を上げた。税金が払えないから子供を売る村もあるのだ。あっさり半分にすると答えた僕に驚いたのだろう。
すると、今度は中年の女が口を開く。
「騎士団とかは来てもらえないの?」
「呼ぶのに馬を走らせて二週間。更に優先順位を確認して準備に一週間。騎士団がこちらに着くのに二週間から三週間。間に合いませんし、その場しのぎにしかなりません。あと、恐らく優先順位で後回しにされてしまうため騎士団は来ない可能性が高いです」
僕の回答に、怒りの声が湧く。
「後回しだと?」
「平民だからといって……」
そんな不満に、僕は深く頷いた。
「お怒りは分かります。しかし、現状はこの広大な領地に対して騎士の人数も、予算も足りないのです。騎士団を動かすのに少人数で全滅しては意味がありません。村を襲う盗賊団への対処ならば、恐らく騎士は百人から二百人派遣されます。食糧、馬、武具や道具の準備にも費用は掛かります。代わりに傭兵を雇えば更に費用は嵩むでしょう。そして、騎士団派遣の陳情は毎週のように来ます」
ぶっちゃければ人手も金も足りないからゴメンなさいという話だ。だが、分かりやすいからか皆口を噤んでくれた。
しかし、不満ばかりを発露させてもネガティブになるだけである。僕はエスパーダを見て、口を開いた。
「エスパーダ。ちょっと村の柵の奥に土の壁を出してくれないかな?」
そう言うと、エスパーダは頷いてから左手にある柵に手を向けた。数秒後、詠唱が終わって魔術は発動する。
盗賊達との戦いの時と同じ、頑丈そうな土の壁が出現した。
それに驚く村人たちを見て、僕は口の端をあげる。
「皆さんの協力が不可欠です。しかし、皆さんが協力してくれたなら、この村は以前よりずっと強く生まれ変わります」
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