クサラの宿
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少し大き過ぎるくらいの両開きの扉を開けて、宿の中へ入る。照明はないが、まだ窓は取り付けていないため、外からの採光はバッチリだ。食堂のために広くとった大窓は室内を明るく照らしている。
「広い、ですね」
フラミリアが驚きと共に呟く。壁や高い天井を眺めて、クサラも感嘆の声を発した。
「広っ! こんな広いんですかい!?」
クサラの声が響く。それに笑いながら、軽く部屋を見回した。階段やトイレへ続く扉もあり、バーも開けるようにカウンターも設置してある。
食堂をじっくり見てから、部屋の奥を指差す。
「テーブルや椅子は後で作るね。あ、照明は早めに用意しようか。他には厨房かな。ちょっと行ってみようか」
そう言って奥の扉を開く。扉の向こうには廊下があり、右は厨房、左は地下への階段となっている。地下はまだ何もない貯蔵庫のため、今は右へ向かう。
厨房に入ると、そこにはテレビで見るような業務用キッチンが出来ていた。十人は同時に作業出来そうな厨房だ。
「調理用品もまた後で用意するね。で、最後は客室かな」
先導しながら今度は食堂に戻り、二階へ上がる。階段や廊下は広めに作り、二階の部屋は一人部屋、三階は三人でも充分な広さの部屋で、二種類作ってみた。
部屋は全てフローリングにしてあり、各部屋にトイレを設置した。ちなみに、この世界の殆どの宿に風呂などは無い。大浴場などもまず無いのが普通である。
しかし、この宿にはなんとシャワーが完備されていた。
「今はまだ水もお湯も出ないけど、普通に体洗うくらいの量なら出せるようになるからね」
そう言ってシャワーの使い方を教えると、プルリエルが目を輝かせて口を開く。
「値段次第じゃこの宿、常に予約で一杯ですよ!」
「間違いないな。この街に住んでる冒険者はともかく、ダンジョンやらセアト村に用事があって訪ねてきた奴は宿が必要だしな。それに、ダンジョン帰りなら金にゆとりもあるだろうし」
プルリエルの言葉にオルトも同意した。それに軽く頷きながら、次の構想を伝える。
「この後は隣に銭湯を作ろうかと思ってるんだ。そしたら、宿に泊まる人も利用するかもしれないし」
「銭湯って、あれですかい? あの、セアト村の領主の館の横にある浴場と同じやつ?」
「そうそう。あれよりはちょっと狭くするけど」
クサラに答えながら、頭の中で構想を練る。セアト村の浴場施設は住民が増えたのでかなり大きくしている。入浴料も格安だ。
だが、冒険者の街にそれほどの物はいらないかと思う。ダンジョンに行けば数日は帰ってこないし、護衛や盗賊などの討伐にしても長期間街を空けることになる。
そのため、常時街にいる冒険者の数は三百人から五百人ほどだろう。潜在的には千人の冒険者がセアト村を拠点にしているらしいが、その全員が同時に利用することはないだろう。
なので、スーパー銭湯みたいなノリで居心地良い銭湯を作ろうと思う。男女それぞれ五十人程度を想定すれば良いか。
「後は、ベルランゴ商会の店もあるけど、他にも鍛冶屋とか大工、洋服屋さんとかもいるよね。個人的にはパン屋さんやケーキ屋さんも欲しいけど、そっちは出来る人がいればかな?」
「な、成る程」
冒険者の街について話すと、オルト達が頷く。あまりピンときてないかもしれない。
まぁ、僕の頭の中には既に商店街ばりに店が立ち並ぶメインストリートの構想が出来ているのだ。
「さぁ、忙しいからね。まずは宿を完成させようか」
そう口にしてから、さっそく窓を作って設置していくのだった。
内装、外装まで完成して、最後に給排水も開通良し。
「さぁ、後は家具や照明、従業員さんだね」
広々とした食堂に戻り、皆を振り返りながらそう言った。
そこで、フラミリアの顔を見て値段交渉の件を思い出す。
「あ、金貨五十枚は厳しいって話だったね。フラミリアさん。一応、中は一通り見たけど、いくらなら良いかな?」
そう尋ねると、皆の視線がフラミリアに集まった。一瞬驚いたような表情をしつつも、すぐに微笑み返し、フラミリアは口を開く。
「いえ、ヴァン様。実は、最初から値下げをお願いしようなどと思ってはおりませんでした。時間は少し掛かるかもしれませんが、金貨五十枚でも、百枚でも、必ずお支払いいたします」
そう言って深く頭を下げるフラミリアに、何人かが首を傾げる。
「やっぱり? クサラさんの稼ぎを考えると、金貨五十枚が本当に厳しいとは思えなかったからね」
苦笑しながらそう答える僕に、ティルが疑問符を浮かべた。
「どういうことでしょう?」
「あの場所だから、あえて交渉したのかな? 僕が値下げに応じざるを得ないと思って」
そう口にすると、フラミリアは眉根を寄せて困ったように笑った。
「……私ごときが、小賢しい真似をいたしました。今後、街の商業を発展させたいという目標をお持ちと愚考しましたので、勝手ながら新たに来られた方が商売を始めやすい環境を作れたら、と……今思えば浅慮であったと思います。深く謝罪を……」
フラミリアがそんなことを言うので、慌てて手を左右に振る。
「いやいや、別に気にしてないよ。ただ、僕の評判はともかく、一部からフラミリアさんが悪く見られないか心配だね」
そう告げると、フラミリアは胸に手を当てて目を細めた。
「……ありがとうございます。本当に、ヴァン様とお話しさせていただくと、御年を疑ってしまいそうですね。ですが、ご安心ください。夫も付いておりますし、悪評など実際に商売をさせていただけたら、すぐに払拭してみせます」
見た目にそぐわぬ力強さでそう断言するフラミリアに、オルト達も驚く。
そして、クサラは涙目で何度も頷いていた。尻に敷かれていそうだ。
「分かった。それじゃ、いずれ払ってもらうってことで良いから、色々必要な物を揃えてね。少しゆとりが出来たらベルランゴ商会にも新しい支店を作ってもらうから」
「はい、承知いたしました」
「了解ですぜ!」
僕の言葉にフラミリアとクサラが頭を下げる。
こうして、冒険者のクサラはクサラホテルのオーナー兼総支配人へとジョブチェンジしたのだった。
とはいえ、オルト達に呼ばれて休みの日に冒険者稼業も副業としてやることになるのだが。




