冒険者の街拡大計画2
お気楽領主の書籍版2巻、コミカライズ版1巻が2月25日発売です!
それぞれにオリジナルの番外編あります!
是非チェックしてみてください!
「大金貨五十枚の間違いじゃないですよね?」
「え、五十枚で良いよ? 大金貨なら五枚ね」
プルリエルの再確認に首を傾げて回答する。その瞬間、クサラがプルリエルの口元を手のひらで押さえた。音が鳴るほどの勢いで口を封じたため、プルリエルが変な声をあげて転げる。
「ご、五十枚で! 金貨五十枚でお願いしやすぜ!」
「う、うん。プルリエルさん、大丈夫?」
「やった! 世界一の宿屋にしてみせますよ!」
と、クサラは飛び上がって喜んだ。プルリエルは片手で顔を押さえながらクサラの後頭部を睨んでいるが、気付かれていない。
大喜びのクサラに、オルトが難しい顔で声をかける。
「これだけデカイと、かなり従業員を雇わないとダメじゃないか? 掃除するだけでも一日、二日かかるだろ?」
「あっしが毎日磨き上げますぜ!」
オルトの心配にも浮かれたまま適当な返事をするクサラに、僕は軽くアドバイスをしておく。
「この街に滞在してる冒険者達は稼ぎが良いみたいだから、割高にお値段を設定しても良いと思うよ。その売上で掃除の人を雇おう。どうせなら高級ホテルみたいにしっかりした人を雇った方が印象的に良さそうだね」
そう言った後に、自分の案の場合はかなり初期投資費用が掛かることに気がついた。
「とりあえず、最初に掛かる費用も貸そうかな。後は従業員さんだけど、募集かける?」
「え、あ、そ、そうですかい? じゃあ、とりあえず……」
僕の質問にクサラが動揺しながら答えかける。すると、通りから声がした。
「失礼いたします」
その言葉に振り向くと、そこには深い茶色の長い髪を揺らした美女、フラミリアが立っていた。フラミリアはいつもの眠そうな目を細め、柔らかく微笑を浮かべる。
「ヴァン様、いつも夫がお世話になっております」
「フラミリアさん。どうしてこちらに?」
突然の登場に、僕は思わずそんな返事をしてしまった。すると、フラミリアはクサラを見る。
「はい。どうやら、夫が私の気持ちを汲んでくれて、冒険者ではなく商売で生計を立てようとしてくれているようで……」
フラミリアがそう口にすると、クサラが自らの胸を片手で叩いて深く頷いた。
「任せてくだせぇや! あっしは世界一の宿屋の主人になりまさぁ! フラミリアさんは安心して暮らして……」
そんなことを言うクサラに、フラミリアは困ったように笑い、首を左右に振る。
「いえ、そうではありません。私は、厳しい戦いの日々から離れて、平穏な生活を一緒に送りたかったのです。ですから、このように立派なお店でなく、小さなお店を二人でやっていけたら私はそれで……」
「フラミリアさん……」
と、フラミリアの言葉に、クサラがハッとした顔になった。その二人の会話に何故かオルトが涙ぐむ。気が付けば大団円的な感じになりつつあるが、そうはいかない。
「いや、ダメですよ。クサラホテルはもう走り出してしまったんです。今更無かったことには出来ません」
そう口にすると、皆がこちらを見る。
「フラミリアさんの希望も分かりましたが、こっちは猫の手も借りたい状況です。頭金をしっかり持っている人は貴重ですから、ちゃんと街の中の住環境を整えて、同時に雇用も創出してもらわないと」
何もしなくても経済が安定する街を目指しているヴァン君にとっては、とても重要な案件だ。だからこそ、はっきりとクサラに協力を要請する。
しかし、それを聞いてフラミリアが切なそうにこちらを見る。
「まぁ、そうなのですか……大恩あるヴァン様からのご依頼なのですね。しかし、多額の借金を抱えて毎日を過ごすのは、とても辛いものです。もう少しだけ、お慈悲をいただけませんでしょうか」
と、フラミリアは申し訳なさそうに言い、深く頭を下げた。集まっていた冒険者や一部の商人など、観衆の目が一気に僕に集まる。
なんということでしょう。おっとりふわふわしているように見えたフラミリアが、最高の場所と状況で値下げ交渉をしてきました。
これから店を出したいという人を募るつもりなのだから、ここは大らかで出店の名乗りをしやすい空気を作らないといけない。
何より、ヴァン君が守銭奴なんて噂を立てられたら泣いてしまう。
「うん、良いよ? いくらなら良いかな?」
なので、牽制を込めつつ、フラミリアに希望の価格を確認しておく。すると、フラミリアも驚いたように目を瞬かせた。
「……ありがとうございます。ヴァン様のお優しい御心には感謝の言葉もありません。本当にありがとうございます」
僕の言葉に感謝し、また深く頭を下げる。そんな会話についていけているのか、クサラも慌てて深く頭を下げた。
途端、周りで見ていた観衆が小さく歓声を上げる。
「流石はヴァン様だ」
「あんな立派な店、新しく建ててもらったら白金貨もありえるぞ」
そんな会話が聞こえて、フラミリアがそっと笑みを深めた。
「では、ヴァン様。できましたら建物の中を見ながら、お支払いのお話をさせてもらいたく……」
どうやら、見た目にそぐわず、フラミリアは中々のやり手のようだ。これまでの流れもフラミリアに操作されている気がする。
というか、この流れは逆の可能性もあるかもしれない。もしそうなら、フラミリアは実はかなり為政者向きに違いない。
「良いですよ。じゃあ、皆で中を見学しようか」
色々勘繰りながらそう言うと、ティルやディーだけでなく、オルト達も深く頷いたのだった。




