アルテの帰還と冒険者の町
オーバーラップ様より9/25に書籍版発売!
転さんの見事なイラストを是非チェック!
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※18日から一部書店に並んでいたみたいです!
作者が一番びっくりしました!
冒険者の町を視察に訪れる。いや、視察というより散歩みたいな雰囲気だが、ヴァン君がお供を大勢引き連れて歩いたなら、かなりの威厳と存在感を放っている筈である。住民達は何事かと驚くに違いない。
「あ、ヴァン様だ」
「ヴァン様が遊びに来たぞ」
「ヴァン様ー! ついにミスリル鉱を手に入れたんで、短剣を……!」
「どけ、俺が先だ」
突然町中で領主を見かけた冒険者達は、何故かとてもフレンドリーな様子で接近してきた。中には武器になりそうな鉱物や剣を持って歩み寄ってくる者もいる。
あれ? 僕って領主だよね? 一応、爵位も持ってるよね?
急に不安になってきた。
と、そんなことを考えていると、こめかみに青筋を立てたディーが一歩前に出て怒鳴った。
「貴様ら、叩き伏せられたいか! 無礼も大概にせよ!」
その怒鳴り声は腹にまで響き、荒くれ者揃いの冒険者達でも思わずといった様子で口を閉ざす。
それに苦笑しつつ、僕はエスパーダを見た。
「報告書で見るのと、実際に町の中を歩くのはやっぱり違うね。確かに、これだと店や物資を入れる倉庫も足りないかな。とはいえ、ベルランゴ商会に新しい店を出す余裕は無いだろうし……」
人で賑わう町の中を見回しながら、人手が足りないと嘆く。すると、エスパーダは目を細めてこちらを一瞥した。
「……十二日前にお渡しした報告書にも記載しておきましたが、この町で冒険者相手に商売をしたいという村人もおります。もし、ヴァン様にお暇がありましたら新しく店を建てていただきたい、とのことです」
そう言われて、僕は冷や汗をかく。声は普通通りの怖さに聞こえたが、その目には確かに圧力を感じる。
「あ、あぁ、あれだね? 分かってるよ、もちろん。あの、体が資本の冒険者相手だからね。えっと、宿屋、みたいな……」
しどろもどろになりながら適当な返答をすると、エスパーダは静かに目を閉じた。
「……はい。食事の提供も出来る宿屋を経営したいとのことです」
「だ、だよね? 確かに、この町にはベルランゴ商会の商店が一店舗しかないから、良い案だと思うよ」
なんと、勘で答えたら的中したらしい。死ぬほどホッとしながら返事をする。
それに、エスパーダは浅く顎を引いた。
「一応、経営が可能なレベルか確認はしております。最低限の商売の知識、料理の腕は有していると判断します。また、家族がいるため、従業員の問題もないそうです」
「ばっちりじゃないの。じゃあ、今からすぐに作ろう。元々のセアト村の人かな?」
「いえ、元冒険者の者です。オルト氏のパーティーメンバーで、クサラという……」
「クサラ!? え? いつの間に村人に……?」
驚き、思わず大きな声を出してしまった。すると、エスパーダは眉根を寄せてこちらを見下ろす。
「報告書をしっかりと読んでいれば、そのような驚き方はしないはずですが……」
「あ、ごめんなさい……しっかり読んでませんでした……」
本気で怒らせる前に素直に謝る。僕の持つ四十八の処世術の一つである。これには鬼のようなエスパーダも何も言えなくなるに違いない。
と、僕とエスパーダの心理戦が始まりかけたところに、エスパ騎士団の団員や冒険者達が騒ぐ声が響いてきた。
街道側の城門から一人の騎士が走ってくる。
「帰ってきました!」
肩で息をしながら、若い男の騎士が報告をした。何が、とは言わない。セアト村に住む者で、領地外に出ている者達はそう多くないからだ。
「アルテ達かな?」
そう確認すると、団員は慌てて背筋を伸ばし、改めて報告を口にする。
「はい! アルテ様とセアト騎士団の者達。そしてオルト殿を先頭に冒険者の方々もおります! 被害は少なそうです!」
そう告げられて、深く頷く。
「良かった。結果がどうなったかはともかく、皆が無事に帰ってきてくれたのは何よりだね」
ホッと一安心だ。
そう思い、出迎えに城門の方へ向かう。すると、ちょうど門を通過したばかりの一団に対面した。
各馬車の御者席にはヴァン君が誇るセアト騎士団の最強機械弓隊、二番隊の面々が座っている。皆、怪我をした様子もなく、笑顔でこちらを見て会釈をしていた。
周りにはオルト達の姿もあったが、こちらには向かってこず、意味ありげな微笑みを浮かべて立っている。何かと思っていると、真ん中で停車していた馬車の扉が中から開かれ、理解が及ぶ。
先に馬車から出てきたエルフの魔術師、プルリエルも僕の顔を見て微笑み、馬車の中に視線を移した。
そして、馬車の中から少し癖のある美しい白髪を揺らし、軽装のドレスに身を包んだアルテが姿を見せた。
戦争という極限体験。馬車による長い旅路。挙句には、自らの家と領地が他国に侵略されていく光景も目にしたことだろう。
その内のどれかが、又は全てが原因となったのは間違いない。
「……っ」
だから、アルテが僕の顔を見た瞬間、堪えていた涙と感情が溢れてしまったことも、あまつさえ無数の観衆の中、走ってきて僕に抱きついてしまったことも、責められる人はいないだろう。
ドレスを着ているのに、意外と走れるのか。
そんなどうでも良いことが頭の中に浮かんだが、僕にしがみ付いて肩を震わせているアルテを前に瞬く間に消え去った。
「おかえり、アルテ。頑張ったね」
なんと声をかけて良いか分からなかったので、それだけ口にした。
すると、アルテは声を上げて泣き出してしまう。
「ヴァ、ヴァン、さま……! わ、私……!」
「良いから良いから。後で話を聞くよ」
言葉にならないアルテの声に苦笑し、背中を撫でて落ち着かせる。
「うわ、ヴァン様が泣かした」
「ちょっと、アンタ。からかわないでよ」
「……なんであなたが泣いてるのよ」
周りで見ていた冒険者達がそんな会話をしているのが聞こえた。泣く伯爵令嬢と、それを慰める男爵。これはまずい。このままでは歌劇か何かにされてしまいそうだ。
助けを求めて、アルテを抱きしめたまま視線だけをオルト達に向ける。
しかし、オルトは輝くような笑顔で親指を立てているし、プルリエルは微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている。
ダメだ。あいつらは助けてくれない。
とはいえ、アルテが落ち着くまで動けそうもない。困ったと思いながら周りを見たが、号泣するティルを見て諦めた。
えぇい。もう良いさ。僕を歌の題材にでも何でもするが良い。その代わり使用料はとるからな。
泣きじゃくるアルテの背中を撫でながら、僕はそんなことを考えたのだった。
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