セアト村の変化
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商業ギルドの立ち入り調査は無事終了した。結果はもちろん、大成功だ。商業ギルドの調査員が商魂を燃え上がらせていたりしたが、良い方向に向かうエネルギーだろう。
会談と今後の商談を終えてからは翌日、改めてセアト村を案内し、アプカルルの住む湖を見せて驚かせた後、アポロ達は村を出て帰路についた。
本当はダンジョンも見たかったようだが、大きな商売の機会を逃すわけにはいかないと言って大急ぎで帰ってしまった。
個人的にはダンジョン前に作った冒険者達の休憩所を見せて驚かせたかったが、それは次回にするとしよう。
とりあえず、各国に影響を与える商業ギルドと取引する資格を得たのは良い成果だった。不正扱いされてベルランゴ商会が各商会や他の国から取引中止なんて扱いを受けたらどうしようかと思っていたが、逆転満塁本塁打である。
商業ギルドの調査員が注目するなら、ほかの貴族も簡単には嫌がらせなんて出来ないだろう。
「いやぁ、良かった良かった。思ったのとは違ったけど、結果オーライだね」
そう口にすると、打ち上げに参加しているベルとランゴが揃って頷いた。
「本当ですよ。これで我がベルランゴ商会もメアリ商会と同等に扱われるでしょう。なにせ、商業ギルドとの最上級の取引権限を得たわけですからね」
「それも、まだ出来たばかりの新しい商会だからね。今後を考えたら他の商会もそうそう無視は出来ないだろうな」
ベルの言葉に同意するようにランゴが付け加える。昨日の会談が終わってからというもの、二人は急に心にゆとりを取り戻していた。
今も、朝から領主の館の執務室まで来て今後の展望を楽しそうに語っているくらいだ。
「……二人揃って僕のとこに来てて大丈夫?」
「大丈夫ですよ。今は一部制限をかけていますからね。従業員の人たちも見習いくらいにはなりました。店を維持するくらいなら何とか……」
ニコニコ笑いながらそんな返事をしていたベルだったが、ドアをノックする音を耳にして口をつぐんだ。
僕が視線を送ると、カムシンが無言で頷いて扉を開ける。すると、そこにはティルに連れられたベルランゴ商会の青年が立っていた。確か、貴重な行商人経験のある一人だったか。
青年は不服そうな顔を隠さずに部屋の前で頭を下げた。そして、ベルとランゴを睨む。
「会長」
そう切り出され、ベルとランゴが顔を引き攣らせた。
「や、やっぱり仕事が滞りましたか?」
「まずかったかな」
二人が同時に口を開くと、青年は眉根を寄せて問題が起きたことを報告する。
「冒険者の方々がデモ活動を行なっていて、他の村人達から苦情が出ています」
「え?」
「い、一日制限をしただけで?」
そんな報告に二人は目を瞬かせて聞き返した。溜め息を吐き、青年は腰に手を当てて首を左右に振る。
「毎月、セアト村には噂を聞きつけた冒険者達が新たに訪れます。制限をかけているせいで朝早くに売り切れになり、昼前には魔獣の素材や鉱石の買取も終了となります。新しく来た冒険者達はそんなこと知らないでしょうから、皆さん不満を口にしています」
「え!? また新規冒険者が!?」
「一昨日も来てたじゃないか」
「毎月増えてますからね。変なことではありません。むしろ、予想してしかるべきかと」
と、三人はそんなやりとりをして、一瞬沈黙した。構図的には完全に部下に怒られるベルとランゴという図式だ。
やっぱり調子に乗って楽観してたな。
そんなことを思って、笑いながら僕は片手を振る。
「僕のことは良いから、二人とも店に戻ってあげなよ。がんばってね」
そう言うと、何故か青年がこちらを見た。
「ヴァン様のお造りになる武具なども足りないのですが……いつ頃納品されますでしょうか? ちなみに、大剣や直剣、刀、槍などはもう売り切れです」
「え?」
丁寧だが、僅かに不満が内包された青年の言葉に、思わず生返事をする。足りないって、先月も剣や槍をそれぞれ百以上納品した筈である。
僕の武器は単純に大きさで値段を決めており、大型の武器なら金貨十枚から二十枚、中型の武器なら金貨五枚から十枚。小型なら金貨一枚から五枚だ。
だが、鉄の武器でそれはかなり高額な筈である。ちなみにミスリルなどの武器も作れるが、それは完全受注生産なので料金は時価としている。
その武器が完売しつつあるという。一つ一つ手抜きせずに作っているのだから、ポキポキ折れているなんてことはない筈だ。
「……毎月、新規のお客さんは何人くらい?」
「先月は二百人ほど訪れ、百人弱が村を離れています。対して、今月は既に三百人以上が訪れており、行商人の護衛や隣国へ向かう傭兵などが百人ほど村を離れています」
「五割増し!?」
青年の回答に思わず驚きの声をあげてしまった。新規のお客ということは、大概が噂を聞いて訪れてくれた人達だろう。それが一か月で五割増し……いったい、他の領地ではセアト村がどれだけ話題になっているのか。
報告書にはセアト村の村人が着実に増えているという話はあったが、このままだと冒険者の町も人口過多になってしまう。
騎士団も毎月増員しているし、人口が増えたらそれだけ管理も大変になるだろう。
「やばい。住民が不満を爆発させる前に色々と整備しないと……!」
呟き、慌てて立ち上がる。
「武具は明日までに準備するからとりあえず皆は商会のお仕事を宜しくね!」
ベル達にはそう伝えておき、次にティルとカムシンを見る。
「二人は急いでエスパーダとディーを呼んできて! 緊急会議!」
「は、はい!」
僕が指示を出すと、二人は背筋を伸ばして返事をし、執務室から走って出ていった。
商業ギルドに対する警戒から、ちょっと領主としての仕事を疎かにし過ぎた。普段ならエスパーダから小言が飛んでくるのだが、今回は僕が忙しいと判断したのか、通常の報告書のみであった。
暫く待っていると、ディーはすぐに馳せ参じた。
「緊急事態と聞きましたが!?」
「緊急会議ね、会議」
「むむ、緊急会議」
と、ディーは何故か若干楽しそうに呟き、どかりと椅子に座った。
エスパーダは新しく作った冒険者の町の管理を任せているため少し遅くなったが、その後また暫くして到着した。
「……緊急会議と聞いて参りました」
恭しく頭を下げて、エスパーダも姿を見せる。
二人と改まって会うのは久しぶりのような気もしたが、よく考えたら商業ギルドの話が出るまでは剣術と勉強で毎週会っていたのだから、懐かしむほどの間は空いていない。
「二人とも、良く集まってくれたね」
そう言いながら、エスパーダに椅子に座るように促す。それに軽く顎を引き、エスパーダは音も立てずに着席した。その間、ティルとカムシンは扉を閉めて僕の側に移動している。
全員が僕の顔を見ているのを確認して、口を開いた。
「知っての通り、皆の協力のお陰で商業ギルドの件は最良とも言える結果になった。後は僕の存在を疎んじる貴族とかがいるかもだけど、その辺りはあんまり気にしなくて良いと思う」
そう告げると、ディーとエスパーダがそれぞれ頷いた。
「今、一番の問題は人口増加問題だ。宿場町程度に考えていた冒険者の町だけど、あそこの拡充をしようと思う」
と、僕は問題提起と共に方針を口にした。
それにディーとエスパーダは視線だけを交錯させる。一秒の間を空けて、ディーが勝ち誇ったように口の端を上げ、エスパーダは無言で頷いた。
「え? なに? なんか変な反応」
二人の反応が良くわからずに首を傾げると、ディーが吹き出すように笑う。
「いや、先週、心配性の御仁から相談を受けましてな。ヴァン様の手が足りていないから、せめて我々で出来ることをしなくてはならない、と。しかし、私は言ってやりましたぞ? ヴァン様が、ご自身の領地の状況を理解していない筈がないではないか、と」
ディーが含みのある言い方でそんなことを言うと、エスパーダの眉間に皺が寄った。
「私はそんな相談などしておりません。ただ、ヴァン様の方針が決まるまで、双方の騎士団を用いて資材を集めるべきではないか、と言ったまで」
「いつ話があるかと不安そうにしていたようでしたがな」
「勘違いでしょうな」
と、珍しくディーが揶揄うように返事をし、エスパーダは肩を竦めてみせた。
どうやら、二人は僕が気がつく前からこの問題について話し合っていたらしい。
まさか、今頃気が付きましたとは言えないので、僕は二人の顔を見て微笑んでおく。
「色々と言わないでくれたのは、僕が一人前になったと思ってくれているからだよね。ありがとう」
そう告げると、二人は目を瞬かせてから、ふっと空気を緩めた。
「まだまだ王国一の剣士には遠いですな」
「領主としての知識、貴族としての遠謀深慮、どちらもまだまだです」
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