貴族の考え
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貴族はまず地位、権力、富の三つを高めようと努力する。それは貴族としての剣であり、盾でもあるからだ。
それらの次に名声や武力、人脈を得ようと腐心する。
貴族同士の場合、まずは爵位、次に肩書き、そして財力で優劣がつくことが多い。だが、それらは簡単には引っくり返せないものである。
そのため、数多の貴族が様々な会合やサロンに出て人脈を作りながら、貴族としての名声を高めようとする。また、地位や権力は無いが商売は上手いという者もいる。そういった者は私兵を増やし、武力を高める手段をとることも出来る。
他の貴族よりも一歩でも多く抜きん出たいと、王国法を逸脱する者すらいるのだ。
それでも、余程の幸運に恵まれない限りは貴族間の勢力図は変わらないのが常識である。
国王が変わったことにより王国が実力主義の風潮が強まったこと。この一点があるから、ジャルパやパナメラが爵位を上げることが出来たとも言える。
実力がある者が上がっていくことは王国のためになるが、それは誰の視点かによる。
上位者の席数は決まっているのだから、誰かが上がれば誰かが下がるのは必然だろう。
ジャルパ、パナメラはそれらの古い名家たる貴族をその武力で黙らせてきた。戦場で得た人脈も功を奏したに違いない。
しかし、僕は違う。
侯爵家の領地の最も不要な地に配され、今にも潰れそうな村の領主に据えられただけの子供だ。
その子供が、僅かな手勢でドラゴンの討伐をし、爵位を得た。
イェリネッタとの戦争にはひっそりと援護をした、程々には知られているが、それも曖昧なものだ。
つまるところ、ヴァンという新たな貴族の実績は知らない者からしたらとてつもなく胡散臭いのだ。
ジャルパの策謀により周囲の貴族に悟られないように僕を成り上がらせた、と考える者が殆どだろう。
このままでは、爵位だけが上の馬鹿な貴族に絡まれてしまう可能性もある。
だが、調子に乗って僕は世界トップクラスの巨大ギルド、商業ギルドに全力でアピールしてしまった。皆の反応が面白くてやめられなかったのが敗因だ。
その結果、ヴァン君は商業ギルドに認められることとなってしまった。
後から聞いたことだが、商業ギルドとの関係には幾つか種類がある。商業ギルドが認めた水準を持つ各国の一流商会とのやり取りが最も上位となり、対等に売買が出来、なおかつある程度の交渉も可能となる。
通常の商会だと商業ギルドに加入は認められても、取引の内容はかなり商業ギルドに有利な条件となり、商業ギルドからの何らかの要請もまず断れない。
そんな不平等な関係でも、他国や隣の大陸に販路を広げることが出来る機会を得られるならと、数多の商会が商業ギルドに加入している。
ちなみに、その商業ギルドから僕とベルランゴ商会は一流商会と同等のランクで取引出来ることとなった。
「……目立つ。どう考えても目立ってしまう……」
頭を抱える僕を尻目に、ベルとランゴが酒を酌み交わす。
「勝利だ、弟よ」
「勝ったね、兄さん」
妙なテンションになった二人が変な乾杯の挨拶を交わし、グラスを合わせて音を立てている。あまり絡まない方が良さそうだ。
まぁ、二人は商人としての目でしかこの状況を見ていないのだ。仕方あるまい。
そう思い、溜め息を吐く。すると、ディアーヌと談笑していたアポロが目敏くこちらの様子に気が付いた。
「どうされました? 何か、取引についてご質問がありましたら何でもお聞きください。お互いの認識に齟齬があったら後々面倒なことになります。取引の頻度ですか? それとも、商業ギルドに手配してほしい商品がありましたか?」
上機嫌な様子で尋ねてきたアポロに苦笑しつつ、僕は片手を左右に振る。今は色々と話が進んだため、応接室で最後の話を詰めている最中である。
部屋にはアポロ、ディアーヌと僕が一緒のテーブルにつき、ベルとランゴ、ロザリーが同席している。部屋の片隅にはカムシンとティルもいるが、気配を消そうと静かに立っていた。
アポロが質問すると、室内の皆の目が僕に集中する。流そうと思ったが、なんとなく答えないといけない空気になってしまった。
「いや、僕自身の問題ですから。運良くいき過ぎているというか、目立ち過ぎてしまって困るというか……」
曖昧にそう告げると、他の面々は顔を見合わせたが、アポロとディアーヌは即座に察する。
「成る程。確か、つい最近叙爵されたばかりと聞いていますからね。年齢から考えても、誰かの手引きがあると勘繰る者は多いでしょう」
アポロが自らの顎を撫でながらそう言うと、ディアーヌも頷いた。
「そうですね。私とて、実際にこの状況を見ていなければ同様の考えを抱いていたでしょう。ヴァン様の噂は聞いたことがありましたが、それにしてもこのような状態になっているとは思いませんでした」
二人がそんな返事をするのを聞いて、ロザリーも何度か頷いた。
「そういうことですか。やはり貴族には貴族の気苦労がありますね。商人なら出世や知名度を上げることは利益に繋がりますから。まぁ、商売敵にも利益があるような提案をしたりはしますが」
ロザリーのその言葉に、ベルが苦笑しながら首を左右に振る。
「客の信頼を得つつ、関わりのある商会にも利便を図る。更に新しい販路を最大限活かすために水平展開を行い、他の商売にも反映させる……それだけのことが出来るのもメアリ商会の商人達が優れているからこそですよ。凡庸な商人なら運良く儲けの機会を得ても上手く活かすことは出来ませんからね」
「あら? 飛ぶ鳥を落とす勢いのベルランゴ商会は非凡だという自負からくるお言葉?」
「か、勘弁してくださいよ、ロザリーさん」
チクリと嫌みを返され、ランゴが顔を顰めながら首を竦める。それに笑いながら、ベルは手にしていたグラスをテーブルに置き、僕を見た。
「我々も運が良かっただけです。ただ、凡庸な我々でも逃せないほどの巨大な幸運に恵まれただけで」
ベルの言葉にランゴが何度も小刻みに頷く。そして、そのやりとりを見ていたアポロが楽しそうに微笑んだ。
「……いやぁ、盛り上がっていて良いですねぇ。なんでも、上がっていく最中が一番面白いものです。その分大変ですが、新たな取り組みに成功する度に言いようも無い興奮と達成感を得ることができる……商業ギルドの調査員なんて辞めて、ベルランゴ商会に入りたいくらいですよ」
と、世界に名だたる巨大な組織の一員が信じられないことを口走る。それにはディアーヌ達も絶句して顔を向けた。
その視線に気付いて笑い、アポロは肩を竦める。
「冗談ですよ。なにせ、次はヴァン様やベルランゴ商会と取引する我々が面白くなりますからね。忙しいのは覚悟の上です。全力で稼がせてもらいますよ」
力強くそう宣言すると、アポロは酒の入ったグラスを口に運び、中の液体を飲み干した。
「……その商売を邪魔する者は、貴族であろうと許しません。全て退けてみせましょう」
アポロはそう口にしてから「裏側からですがね」と小さく続けたのだった。
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