アルテの決意
持って帰った分の移動式バリスタ、カタパルトに加え更に十台を作成。矢や弾の数を揃えるのが苦労したが、もう相当数作ってきたので何とかなった。
後は、アルテの説得だけである。
「……やっぱりね、援軍とはいえ、戦争に参加するわけだしさ。僕も一緒に行った方が良いと思うけど……ほら、僕も馬車の旅慣れてきたし、本当に大丈夫だよ。恩とか貸し借りとか言わずにさ」
何度もそんな説得を繰り返したが、アルテは頑として聞かない。毎回丁寧に、心から申し訳なさそうにお断りされている。こんなに頑固なアルテは初めて見た。
「困ったね。まぁ、移動式バリスタとカタパルトは無理矢理同行させるけど……」
どうしたものか。そう思いながら悩んでいると、アルテが誰もいないタイミングで、僕の隣に来て服の裾を摘んだ。
なにかと思って横を見ると、目に大粒の涙を浮かべるアルテの姿が。
「ど、どうしたの? 心配だから、もう出発したいとか? 明日には出れる予定だけど……」
そう告げるが、アルテは肩を震わせながら首を左右に振るばかりである。
やばい。これほどまでに僕は女心が分からなかったのか。
どうして良いか分からないため、ヴァン君のピュアなハートには罪悪感ばかりが募る。
暫く啜り泣くアルテをオロオロしながら見ていたが、やがて落ち着いてきたアルテが口を開いた。
「……申し訳、ありません。ヴァン様は、心から私の心配をしてくださっているというのに……私は……」
そこまで言われて、僕はようやくアルテの複雑な心境に気がついた。
まったく、僕はいつまで経っても貴族の考え方が身に付かない。
「……そっか。僕が、フェルディナット伯爵領の窮地を救うなんてことになったら、伯爵家は……」
そう呟くと、アルテは泣き腫らした顔で僕を見上げ、縋り付くように胸に顔を埋めた。
「ごめんなさい……!」
アルテの血を吐くような謝罪。
これで確定か。
アルテを悩ませているのは、伯爵家の利益を優先しなくてはならないという貴族の考え方だ。本来なら婚約者として送り出した先の僕が活躍するのは望ましいことだが、今回は活躍し過ぎてしまった。
もとから僕の領地は極小である。しかも辺境であり、今回戦争状態になっているイェリネッタ王国に隣接している。
傍目から見て、敗戦濃厚だった状況から大逆転したのは僕のバリスタとカタパルトのお陰だ。国王陛下は僕の功績に褒賞を出すことになる。
ここでもし金銭のみを褒賞とした場合、辺境の極小領地しか持っていないヴァン君には酷な仕打ちと受け取られるだろう。貴族達の一部は国王の采配に不信感すら抱くかもしれない。
領地持ちの貴族にとって、最も安定した収入は住民からの税収である。領地が広く、豊かな土地の貴族はそれだけで一目置かれるものだ。
では、ヴァン君に領地を与える場合、何処から領地を持ってくるか。
褒美として渡せるような土地は、フェルティオ侯爵領とフェルディナット伯爵領の領地しか無い。
そんな状況下で、僕が加勢してフェルディナット伯爵領を守った場合、国王陛下はどうするか。もとから評価が低くなりつつあったフェルディナット伯爵は、更に多く領地を削られてしまうだろう。
とはいえ、伯爵は自らスクデット奪還戦に参加しているため、罰を受けるような謂れは無い。つまり、金銭かイェリネッタ王国側の土地を削り取り、代わりに与えるといった形になるだろう。
他の貴族がどう判断するかは微妙だが、最強バリスタと最強カタパルト部隊を有するヴァン君の領地を広げたいだろうから、最もありそうな線だ。
アルテはそのことに思い至り、フェルディナット伯爵家の人間である自分の力で伯爵領を助けたかったのだ。
まぁ、あの陛下の性格上、アルテが指揮しても武器は僕が作った物と分かっているから僕の手柄にしそうだけど。
そんなことを考えて、僕は腕を組み、唸った。
「……それなら、仕方がない。アルテが一時帰省するから、護衛として騎士団から十名、冒険者を二十名付けよう。後は、アルテが気に入ってくれた人形を僕の代わりと思って持っていくと良い」
溜め息混じりにそう告げると、アルテは涙を拭いながら、深く頭を下げたのだった。
「それでは、行ってまいります」
「無理しないようにね。危なくなったら一時撤退してから再戦も出来るから」
心配しつつそう言うと、冒険者のオルトが胸を叩いて顔を上げた。
「任せてください。俺たちが護衛するんで」
オルトがそう言うと、他のメンバーも笑みを浮かべて頷く。
「あっしに任せなっせ。今やヴァン様の機械弓部隊にも入れる腕前になりやしたからね」
得意げに言いながら、クサラが連射式機械弓を両手に持ってポーズを決めた。2丁拳銃は男の夢だが、ポッチャリ体型のクサラがやるとコミカルである。
ちなみに、やたらと器用なクサラは宣言通り機械弓の取扱をマスターしており、今や他の冒険者に教える教官のようなことまで始めている。
そういった意味でも、ことセアト村とエスパーダの村に滞在する冒険者達は他所とは隔絶したレベルに達していると言えるだろう。
「……大丈夫。未来の奥方様は私たちが守るから」
プルリエルも力強く断言する。しかし、何故か半笑いのため腹立たしい。これは子供を揶揄う悪いお姉さん面を出しているな。
「お願いします。全員無傷で任務達成したら特別に追加報酬を支払いますからね。頼みましたよ」
苦笑しつつそう言うと、冒険者達が両手を挙げて歓声を発した。
その後、すっかり仲良くなったティルとカムシンもアルテに別れを告げ、アルテ達は一路、フェルディナット伯爵領へと旅立っていった。
大人数にして僕がこっそり付いていって内緒にしておけば大丈夫かと思ったけれど、人の口に戸はたてられない。何処かでバレるだろう。
歯痒いが、今回はアルテ達を信じて送り出すしか無い。
ぼんやりと城門前に立ち、アルテ達が見えなくなってもじっとしていると、咳払いをしながらエスパーダが近付いてきた。
「さて、ヴァン様。溜まりに溜まった仕事があります。早速、取り掛かっていただきましょう」
「ちょ、余韻……このしんみりした空気を察してよ、エスパーダ……」
「しっかりと気持ちを切り替える時間を与えました。もう時間切れです。今からは領主として、領地のことを考えていただかなくてはなりません」
「えー……帰ってきて結構働いたよ? ここ暫く休んでないよ? 僕死んじゃう」
「不平不満が出る内は大丈夫です。さぁ、まずは不在だった間の村の状況について報告しましょう。他にもアプカルルのラダヴェスタ様、ベルランゴ商会のベル様が面会をしたいと申しておりました」
「……エスパーダの判断で良いから優先順位を付けてくれる? 順番にやろう。あ、今日の夜はお祭りだからね? それは譲らないよ? バーベキューしなかったら仕事ボイコットするからね?」
「……仕方ないですな。本当ならば夜は勉強の予定でしたが……」
「鬼!? 前から怪しいとは思ってたけど、本物の鬼だよね!?」
僕とエスパーダが久しぶりにそんなやり取りをしていると、周りからは大きな笑い声がおこった。
庇うどころか、ティルやカムシンまで笑っている。
まったく、信じられない部下達だ。領主が僕じゃなかったら凄く怒られているところである。
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