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我が転生  作者: アドルフ・ヒトラー
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第6話「監獄」

重く湿った、冷たく生臭い臭いが私の鼻をつく。

まるで、先の戦争で私が従軍した西部戦線の塹壕の中、退避壕のあの気持ちの悪くなる様な泥臭い湿っぽさに良く似ている。


しかし、そこに居る人間が違う。退避壕に居たのは、祖国ドイツの為に忠誠を捧げ、民族(ゲルマン)の誇りを胸に抱いた一騎当千の偉大なる勇士(つわもの)達であったのに対し、この牢の中身は一体なんだ!

天井を見上げて時間を浪費し、何を為すでも無く惰眠を貪る情けない者共で占められていた。


全くこの違いは何だ。あぁ、我ながら情けない!!この様な愚民共とこれから暮らさねばならぬとは!!そして、この様な愚民共を導かねばならんとは!!!


その時、この微動だにしない烏合の衆の中で、一番奥に腕枕で寝転がっていたのっぽの痩せた青年が、無気力そうな目で私を見ながら話してきた。


「あんた…今日此処に連れてこられたんだよな…、あんた、そんな変な格好してるから連れてこられたんだろ?」

青年はその貧相な身体を此方へと向け、座って腕を組み、少し笑ってきた。

「格好では無い。が、少し此処の世界とは合わない言動をとった。」

「そうかいおっさん。あんた、あまりこの国に慣れてないようだな。」

何をいきなり言うかと思えば、なんという事だ。彼は何を見ている…?


「それは…だな…」

「ふぅん、さてはあんたはこの国の人間では…無いな?」

「…」

「ビンゴだな…?フフッ、僕は人間観察が好きでね、ある程度の事なら少し話せば分かるんだ。」

私は驚いた。この様な人間なら何人も見てきたが、まさかこの様な世界にも彼のように聡明な男が居るものとは思わなかった。


私は、ほぅ…、ではなんで私がここに連れてこられたのかも分かるのか?と彼に尋ねた。

彼は言った。「まぁ、大体ね。」

「言ってみたまえ。」

「…あんた、この世界の人間じゃないだろ。」

「…!?」


全員が驚いたように私の方を凝視する。

「…どうかな?」

「正解だ。貴方は洞察力が高いようだな。」

「ありがとう。しかし、最初は僕も驚いたよ。でも、本当にそうなのかは疑問だった。やはりそうだった訳か…」

私は胸を張って言った。あぁその通りだ。私は名義上、孤児院の出の哀れな男だが、元の世界ではしっかりと親も居たし、なんなら国家元首だった男だ、と。


「ほぉう…そんな異国の国家元首様が、何故こんな世界に?」

「何故か、私自身が幾度と問うたものだ。私は、神が私に再度の闘争を命じたのだと思っている。」

「運命…ねぇ。で、あんたはここで何かを企んでいる…と?」

「何も考えていないと言えば嘘になろう。」

「なるほど、まぁ分かったよ。俺はアルベルト・クロイツェル。政治犯と見なされてここにぶち込まれた。」

「ほう、原因は?」

「国に疑問を持った。」

「なるほど、どのような疑問だ。」

「国の宣伝では、皇帝陛下は全知全能と言われている。」

ほう、流石に専制主義国家だ。

「しかし、昨年国の農業政策が失敗した。」

「と、言うのは?」

「3年前、国を襲った飢饉で国は飢え、帝国政府は穀物の大増産を命じた。」


まさか…とは思ったが、聞いてみればなんの事は無かった。所詮は中世程度の文明のする事。農業政策なんぞが上手く回る筈が無かった。聞けば当時この国は正に挙国一致で穀物生産に励んだそうだ。その結果国民の飢えはどんどん無くなっていった。そして昨年、いよいよ穀物需要が供給量と合うようになってきた時に、愚かにも帝国政府はその大増産の手を緩めることは無く、次来る大飢饉に備えて貯蔵出来るようにと穀物生産に拍車をかけたそうだ。


「で、結果は?」

分かりきった事を敢えて聞いてみたのだが…

「穀物価格の下落だ。あまりに多く生産されすぎて、貯蔵量を超えた穀物が市場に出回った。」


やはりか。それはそうだろう。需要と供給という経済学の初歩だ。この世界ではまだ確立されて居ないと見える。経済の話ともなれば経済相ヒャイマル・シャハトやヴァルター・フンク、軍需相アルベルト・シュペーアや財相ルートヴィヒ・クロージク伯爵等の、我が党の経済を担当してきた面々の顔が脳裏に浮かぶ。


かつては彼等と協議して、ドイツの経済を導いていった物だ。その過程で私も人並みに経済には詳しくなったつもりだ。特に我が内閣3代目の経済大臣ヒャイマル・シャハト博士は正に天才だった。私もかのプライド高き男から、数々の経済政策について学んだものだ。


「結果、我々小作人は大変な苦労をする事になったんだ。その不満を漏らした。皇帝は全知全能なのに、穀物価格の予測ひとつ出来ないのか、とね。そしたらたまたま近くにいた官憲の野郎に聞かれてこのザマだ。」

「なんと…それで皆やる気を無くしていたというのか!」

「無論、みんな俺と同じという訳ではないさ。ただ、みんな訳ありではあるが…」

要は再びここから出て、苦しい思いをするよりは、この監獄でタダ飯くらっていた方が余程いい、とそういう事であった。


なるほど、そういう訳か。大方の理解はついた。

こうして私の監獄での生活が始まった。


まずこの日出された夕食は水と乾パン、夕食にのみ出される焼かれた鶏肉といったものであった。私は菜食主義者(ヴェジタリヤン)であったが、転移後まともに水も喉を通していない私にとってそんな悠長な事を抜かしては居られなかった。

「あぁ、なんと美味しい事だろう…」

私はなんとも言えない感動に包まれて肉を頬張った。

…そうだ。私は生きているのだ。今、此処に。


翌日、朝4時の喇叭と共に我々は看守に起こされる。

「ほら起きろ起きろ起きろ!!おいそこ、貴様ァ!早くしろォ!!!」

制服に身を包んだ看守が騒ぎ立てる。

それと同時に全員が外に出て整列する。


「点呼ォ!!!」


掛け声と同時に点呼が開始された。

勇ましい声で囚人たちが番号を叫ぶ。私は4だった。

その後監房に戻され朝食、山羊の乳と乾パンである。

その後は山まで囚人行軍だった。

看守の笛に合わせて号令を叫びながら近くのシャッケンヴァルス山まで行軍する。

しかし、戦争に行った時に私が従軍したドイツ帝国陸軍の訓練の方が余程厳しかった気がするが、当時よりも老いた肉体には流石に厳しいものがあった。


シャッケンヴァルス山で我々が行うのは山道工事だ。

崖を切り崩し、土を盛って道を整備する。

私も荷車を押した。なんという事であろうか!

昨日は第12軍を動かした私が、今度は土を乗せた荷車を動かす事になろうとは!


私は懸命に働いた。しかしどうも工事の進みが遅い。

ふと傍を見たら、なんという事か、看守の監視の無い所で何人もの囚人が座りながら雑談をしている。

なんという事か、中にはアルベルトを初めとしたわが監房の囚人たちもいる。

時間も恐らくは10分15分なんてものでは無いだろう。


なんという勤労意欲の無さであろうか!!我がドイツが負けたのも、こういった不届き者が大勢に膨れ上がった事が大きいのである。

怠け者は人を腐らせ、社会を腐らせ、果てには国家を腐らしめる売国奴になり得る。奴らを更生させねば。


昼食休憩を除いて、休みはほとんど無い。

しかし、久々の肉体労働をしていた私にとって、この時与えられた水と乾パンは何者にも代え難いご馳走にも思えた。

我々の頑張りによって道路工事の進展は目覚しいものがあった。…1部の不良品共がもっと働けばさらに進展したであろうが…


夕方、帰り際私はアルベルトに聞いた。

「アルベルト、なぜ君は道路工事をサボタージュしていたのかね?」

「仕方ないでしょう?やったところで無意味だ。我々が使うことは殆どねぇよ。」

「社会に貢献するのだぞ?なぜそれを喜びに思わん。」

「別に。俺は帝国がどうなろうが知った事じゃねぇって事だ。」

彼の様な人材を更生させねばならないのは、苦痛の極みであるが仕方がない。

これも指導者たる者の務めであると信じているからだ。


私は決心をいっそう強くした。彼らを、正しく導く必要有り、と!

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