006 蛍さん、早とちる
次の日、私が教室で蛍と話をしていると、にぎやかな足音とともに元気な声が聞こえてきた。
「おはようございます、師匠!」
おはようには少々遅い時間だろう。既に二時間目が終わった後だ。こいつ、がっつり寝坊したな。まあいいけど。
「マスターって、あんた、一体何したんよ」
横にいた蛍の顔がひきつるのがわかった。
蛍がおどろくのも無理はない。ときわの前髪は向かって左上から右下へと、ナナメにバッサリと切り落とされていた。
「どうしたのさ、その髪は」
「イメチェンです。えへへ」
前髪ナナメパッツン女子、二見ときわ。意外と似合っているところが侮れん。
魔術師は孤独で研究者だという常識は、こちらの世界では通用しないようだ。
「あー、昨夜のアレか? 派手に燃えたからなー。でも、普通に揃えて切ればよかったのに」
「とんでもない。師匠との初めての記念ですので、これからはずっとこれでいきまっす!」
横にいた蛍の手が、固く握りしめられたのがわかった。
「……サイっっテー」
ぽつりと吐き捨てるように言うと、蛍は立ち上がり、そのまま教室を出ていった。
あれ、蛍? 授業始まるぞ、どこ行くつもりだ。
「あれ、豊田さん、どうしちゃったんですか?」
無邪気に聞いてくるときわを適当にあしらうと、私は蛍を追いかけることにした。
やれやれ、まったく世話のやけるやつだ。
階段を見下ろすと、下の方でふりふりと揺れる赤髪を見つけた。道なりに何となくで歩いていく。体育館への渡り廊下を横切り、そのまま校舎の裏へ。
そこには蛍と、一匹のモンスターがいた。
全身黒色の服に身を包み、金色のたてがみを持つトカゲ。その瞳は枯葉色にくすんでいた。
青海の部屋の書物で読んだことがある。群れで生活し、争いと悪行を繰り替えす、ゴブリンのような存在のモンスターだ。
名前は確か――
「不良か。実物は初めて見るが、確かに知能は低そうだな」
「んだよお前?」
不良はチープなにらみでこちらを威嚇してきた。
蛍と不良との間に割り込み、私は言い放つ。
「蛍から離れろ、その女はお前が好きにしていい存在ではない」
不良はぽりぽりと頭を掻きながら、めんどくさそうに言い返した。
「別に何もしてねえよ。俺はここでさぼってただけだし、お前らの方から通りがかってきたんだろ?」
「ちょっと青海、行こうよ」
初めて聞く調子の蛍の声。制服をついついと引っ張っている。
かわいそうに、すっかり怯えている。
書物によると、腕力と根性はすごいが、魔術は不得手らしい。リザードマンのようなものか。
侮るつもりはないが、さしたる敵でもなかろう。
転生直後にあまり派手なことをやらかすつもりはないが、見逃すつもりもなかった。
私のテリトリーで好き勝手するやつらには、お仕置きだ。
そうそう、こんなときどう言うんだったか。
「来いよ、不運と踊りたいんだろ?」