--- Hidden Track
№-- うぃっち・みーつ・なまこ
最初は獣かと思った。しかしニホンイノシシならば、荒い鼻息が聞こえただろう。ニホンジカなら、角がテントに引っかかっている。
私は忘れていた。ここは海なのだ。そしてここは、山口県だ。
唇で感じた柔らかさ。口内での這いまわるような動き。ぬめる体表。
私は、それを知っている。
棘皮生物門なまこ綱まなまこ。
赤なまことも呼ばれるが、赤なまこと青なまこに分類学上の違いはない。生息域やえさにより、色が変わると言われている。
高級とされているのは、赤のほうだ。長門市で主に採れるのもこちらだ。
山口県のなまこの漁獲量は、全国三位である。今でこそ北海道と青森に抜かれてはいるが、かつては一位だった。
つまり、この海岸にも多数生息している。
つまり、この感触はなまこだ。
なまこは再生力が強いと聞く。ぬめる感触は、再生したばかりの柔らかい体表かもしれない。
ほんのり甘さすら感じる蜜は、吐き出されたキュビエ器官だろうか。 いや、違う。まなまこは、キュビエ器官を持たない。
ではなんだ?
そうだ、まなまこは腸管を吐き出すと聞いたことがある。まさか、それだろうか。
私は目を開けて確認しようとし、すぐにバカなことだと思い直す。
どうして私だけが一方的に相手を見つめることができるだろうか。なまこには目が無いのだ。
私は口内をぬめるなまこを舌で優しく受け止め、軽くあまがみをした。
びくりとなまこの動きが止まり、そして、恐る恐る引っ込んでいく。
こりこりとしたその触感を楽しむのは明日にしておく。
醤油も無しに食べるなんて、もったいないことはできなかった。
ーーsystem messageーー
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