055 アイス・アイス・ガール
「ときわー、もすこし右ー」
「おーけーほたる、いっくよー!」
ときわと蛍は楽しそうにスイカ割りで盛り上がっていた。楽しんでいる弟子の妨害をするほど、私の心は狭くない。
ぱこんと軽快な音がする。緑のスイカは、血しぶきをあげて真っ二つだ。
楽しいなあ、時間がこのまま止まればいいのに。
隣でぶつぶつ文句をいう幽霊ふたり(ゴーストではない)がいなければもっと平和だったのだが。
でも、こういうのでドタバタって、すごく青春ぽいよなあ。
あ、そういえば。
私はちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「おい、そこの徐福、さっき確か薬瓶が英知の塊だとかどーたら言ってたよな」
「ん? ああそうじゃ。あの不思議な金属製の瓶の中に入れたものは、何年たっても腐らんのだ。まさに英知の塊じゃろ?」
世紀を超えて生気を保つ瓶か。なかなか興味深い。
って、そうではなくてだな。
「中に入れたものは腐らなくなるってことはさ、もしかして大切なのは薬瓶のほうか?」
「ああ、そうだが?」
「思ったんだけどさ、それなら鍵を借りて開けたあと、中身だけをそっちの女にわたせばいいんじゃないのか? 研究はその後でもできるし」
「「……あ」」
むう、まあ確かに、わらわは中身があればそれでいいぞ。
わしも、そうじゃな、別に不死の秘密さえ解ければそれで。
もじもじと頷きあう二人。お前らお見合いでもしているのか。やっぱり仲良いじゃないか。
決まりだな。
私の立ち合いの下、徐福は金属製の瓶を、楊貴妃は鍵をそれぞれ取り出した。
なるほど、たしかに妙な瓶だ。似たようなものは見たことがあるが、これには開け口が一切ないのだ。鍵が重要と言っていたのも納得できる。
前面には果実の絵が描いてある。これが中身だろうか?
さて次は、鍵だな。
「なっ、これは!?」
一目見て、私は言葉を失った。
その鍵は見たこともない形状をしていた。言われなければ、そもそも鍵だと気付かなかったかもしれない。
独特で複雑な形状の刃、緑色に美しく装飾された取っ手。そのボディは白銀に光り、硬度も相当だ。裏側には可動部分までついている。
「な、すごかろ? これのすごさがわからんとは、女はだめじゃのー」
私も女なのだが、と言いかけて飲み込んだ。そんなことはどうでもいい。
なんだこの器具は、使い方がさっぱりわからん、想像すらつかんぞ。
「ちょっと待て、これは本当にすごいぞ、どうやって使うんだ?」
「ここに引っかかるところがあるじゃろ? 引っかければこの刃が刺さるのじゃが」
「しかしそれでは小さな穴しか開かない、中身は出てこないな」
「そうなんじゃ。……こっちを引っ張ると、ぐるぐる型の針がある。何かわかるか?」
「うーん、穴を広げるためかなあ?」
「……おい、中身はわらわのじゃぞ、あんまり乱暴に扱うな」
「なにやってんの、レアリーちゃん? スイカ食べないの?」
「青海―、早くこっちおいでよ」
私が徐福とガチャガチャやっていると、ダグザたちが横から声をかけてきた。
どうやらスイカの準備ができたらしい。が、すまないみんな、さすがにこっちが優先だ。
あれ?
隣にやってきた蛍が、薬瓶を見てしゃがみ込む。
「缶詰じゃん、どっから拾ってきたの?」
へ?
蛍、これ知ってるの?
「あら、ライチの缶詰なんて珍しいわねー。古くなってないよね?」
蛍は無造作に瓶を取り上げ、くるくると回しながら表示を確かめている。
私はもしかしてと思い、聞いてみる。
「蛍、この鍵見たことある?」
「鍵? ああ、缶きりね。はいはい」
蛍は慣れた手つきできこきこと鍵を開け、中身をきれいに取り出した。
私も徐福も目を丸くしてその様子を眺めていた。
「紙のお皿もちゃんと持ってきてるわよ、わけてあげるから食べましょ」
「あ、中身はわらわの……」
「はいはい、ちゃんとわけてあげるからねー」
「師匠っ、何してたんですか、待ってたんだよー。ねえ、スイカを魔法で冷やしてよ」
「あ、ああ、わかった。すぐ、≪氷結≫をかけてやる」
「そういえば、賞味期限のない食べ物もあるんだけど、知ってる?」
スイカをかじりながら蛍が聞いてきた。
「なっ、そんなものがあるのか? この世界の技術はすごいな」
「へへー、アイス」
「は?」
「アイスって、賞味期限ないんだよー。こないだテレビで言ってた」
えっへん。蛍は胸をそらし、ドヤ顔で言った。




