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005 ときわさん、初めての魔術


 私は距離を取り、右手を振った。

 ≪刀剣精製(クレア・エスパーダ)≫で作り上げた、鋼の刃をかき消す。


「待てと言っただろう、二見ときわ。私はお前の敵じゃない」

「じゃあなぜこんなところで私を待ち伏せしていた? 一人になるところを狙ったのではないのか?」

「偶然だ。だいたい待ち伏せるならもっとうまく攻撃している」

「それは……そうかもしれないが」


 迷っているのだろうか。ときわは猫のようなしなやかな前傾姿勢のまま、じっと何かを考えていた。

 このままではらちが明かないと思った私は、譲歩してこちらから情報を渡すことにした。なあに、知られて困ることなどほとんどないはずだ。


「本当に偶然だ。私はとある理由でこの世界に来た、別世界の魔術師さ。マナの濃い場所を探していて、ここにたどり着いただけだ」


「……じゃあ、何をしに来た。ここへじゃなく、あの高校にだ」


 簡単だ。巨乳になるため転生したら誤爆しました。 ――って、言えるかあぁぁあ!

 知られて困りはしないけれど、恥ずかし過ぎるわ!


 ぐぐぐ、やるなときわ。何とも答えづらい質問をしてくる。

 私は空気(シリアス)など無視して、適当にごまかすことを選んだ。


「こちらからも聞きたいことがある。その緑水晶はどこで手に入れた?」


 ときわは初めて戸惑った様子を見せた。

「こ、これは、……そう、拾った。拾ったんだ。」


 むう、やはり正直には言わないか。

 まあいいけど、別にこの子が持っててどうなるものでもないし。




「≪水晶精製クレア・クリスタル≫」

 私は手のひらに小さな水晶片を作り出し、それをときわの足元に放り投げた。からん、と軽い音がした。


「簡易的に呪文で作り出したものなので小さいが、それと同じ物だ。確かめてくれ」


 ときわの緊張が少しだけゆるむのを感じた。ゆっくりと水晶を拾い上げる。

 二つの水晶を見比べているあいだ、私はそばにあった埃まみれの椅子をガンガンと乱暴にはたき、座った。

 さて。

 私が脚を組んで彼女に向き直ると、ときわはいぶかしげな顔をしてこちらを見ていた。


「お互いに、落ち着いて話そうじゃないか。まずその水晶だが、それは私の魔力を結晶化したものだ。魔術の触媒として使用したりする」


「じゃあやはり、あのときの魔術師があなたなのか!? その、ずいぶんと姿が違う気がするのだが」

 ときわは私の顔を見て、その後、胸をじっくりと見た。顔、胸。顔、胸。

 なんだこいつ。

 私は若干引いた。


「あ、あのときというのが私にはさっぱりなのだが、その、自分の魔力結晶(マナクリスタル)を間違える奴なんていないぞ」


 ときわは私の言葉を聞いているのかいないのか。天を仰ぎ、おおおおお、と唸っている。

 かと思えば、急にキラキラした瞳になって、身を乗り出して食いついてきた。


「お願いだ、私にも魔法を教えてくれ!」


 何だこの展開は。

 とはいえ、同じ魔術師としてときわの気持ちもわかる。私も昔は様々な魔術を手当たり次第に研究した。

 知らぬ魔術は習得しようとしたし、できないと言われたら新しい理論を考え出した。

 やはり魔術師はこうでなくては。


 呪いが解けたことで、私の時間は数百年ぶりに動き始めた。それは、老いや死へ続く旅が始まったことも意味している。

 恥ずかしながら、この年齢で初めて、寿命というやつを意識してしまったのだ。

 望んだこととはいえ、どうしたっていくばくかの恐怖心はある。そして、知識をこのまま風化させることへの、一抹の寂しさも。

 陳腐な言い方だが、この世界に自分が生きていた証というものを残したいのかもしれない。

 転生し直すまでのわずかな期間だが、彼女が望むなら、私のできる限りを託そうと思った。


「よかろう。だが私の授業は少々厳しいぞ」

「望むところだ! と、……望むところ、です、師匠(マスター)!」

 私は立ち上がり、右手をときわに差し出した。少女はその小さな両手で、痛いくらい握り返してくれたのだった。


 ますたーかあ、うへへー。

 初めての”慕ってくれる”弟子というやつに、私の口元はにやけっぱなしだ。


「ねえ師匠(マスター)、これって魔力の結晶てことは、これ持ってれば魔法使えるんですか?」


 ああ、そうだねー。えへへー。


「へー。 ……永遠闇地獄(エターナルダークインフェルノ)っ!」


 ときわの呪文に魔力結晶(マナクリスタル)が反応し、突如爆炎が巻き起こる。


 あ。


 オレンジ色の炎が目の前に現れた。

 ごうん、という先ほどとは比較にならぬ爆風。

 ちょ、いきなりなにするんだこいつ! 私は急いで≪水流(アグア)≫の魔法を唱える。


「あ、ときわ、前髪燃えてるぞ」

「え? うあちゃ、わひゃあ!」


 ドタバタしながら火を消したものの、ときわの前髪は半分なくなってしまっていた。

 尊い犠牲だ。


「……魔術の授業はまた次回にするか。どっと疲れた」

「……そうですね、師匠(マスター)


 私たちは重たい体を引きずりながら、それぞれの家路についたのだった。



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