050 蛍さん、プレッシャーをかけられる
蛍は、青海に手を引かれながら考えていた。
私たちは、回りからはどう見られているだろうか。やっぱりカップル? それともただの、仲の良い子供?
さっきはずいぶん胸元を見られていた気がするけれど、やっぱり青海もそういうのに興味があるのだろうか。
学生としての蛍は、さっさと考えをまとめてすぐに行動していくタイプだ。サバサバ系などとも言われている。けれど、こと恋愛に関してはからきしだ。
いつからかはわからないが、最近それがひどくなっている気がする。
青海を意識すると、頭も体も、うまく動かないのだ。
更衣室でのときわとの会話がフラッシュバックした。
「ほたるー、せっかく来たんだし、師匠に告っちゃえば?」
思わず変な声が出る。
「うぇっ? いや、なんでいきなり? あー、ってゆーか、別に青海のこと何とも思ってないし!」
えー、いまさらそれ言うー?
横を向いたときわは、低い声でつぶやいた。
聞こえているぞと、蛍は心の中で突っ込む。
「私が見てても好きなのバレバレなんだし、もういっそ強引にキスでもしちゃえば? 蛍は可愛いし、たぶんうまくいくよ」
「ムリ、絶対無理、恥ずかしすぎる!」
「むー、度胸ないなあ」
ときわめ、他人事だと思って気軽に言いやがって。
そうだ、あいつが悪いんだ。変なこと言うから、普段より意識しちゃうじゃないか。ただでさえ水着同士で、めっちゃ緊張してるのに。
応援どころかプレッシャーしか伝わってこない。蛍は泳ぐ前からふらふらだった。
「あれ、あいつらどこいったんだ?」
せっかくテントを借りて来てやったというのに、ときわとダグザはどこかへ消えていた。
荷物はぽつてんと、シートの上に置いたままだ。まあ、盗人が荷物に触れれば、その瞬間に捕縛の魔法陣が起動するようになってはいるのだが。
きょろきょろとあたりを見回すが、人が多くて見つかりそうにない。
待ってろって言ったのに、もしかして迷子だろうか? いや、ダグザは雪のように肌が白いからな。灼熱の太陽で溶けたのかもしれない。
「不用心ねー」
ぶつぶつ言いながらテントを組み立てる。
とりあえずセッティングはしたものの、海を前にして大人しく待てるやつなんかいるもんか。
きっとそうだ、あいつらも先に泳いでいるに決まってる。
「蛍、先に泳いでようよ、待ってればすぐに戻って来るって!」
「え? うん、まあいいけどー」
よっしゃあ!
私は走り出して、そのままの勢いでざぶりと海に飛び込んだ。
ばっちゃんと派手にしぶきが舞い、心地よい冷たさが私の体に染みていく。
すっごい、初めて来たよ、海!
顔を上げた私の真正面から、どんぶらことエメラルドグリーンの波がぶち当たる。
透き通る美しい水が、みずが、けほ。 水が……鼻に入って苦しい。
「痛い、鼻いたい、目もめっちゃ痛い!」
にゃっ、しゃべったら水飲んだ。
「からっ! こほっ、からい。うひー」
ちょっと大丈夫?
蛍が心配そうに寄って来てくれた。
「からいし、痛いし、ふひー、でも、楽しい!」
「そだねー、いいよねー、海」
海、そして合宿は、サイコーだった。
「すみませーん、オレンジジュースくださーい!」
一通りはしゃいだ私と蛍は、水分補給のために海の家を訪れた。
カウンターの後ろには様々な酒やフルーツが並んでいる。出店というには凝った作りで、なかなかおしゃれなお店だった。
冒険者ギルドの横にあったバーを思い出す。未成年はダメだとか言ってかたくなに私の入店を拒否し続けた、根性の悪いバーだ。あの店は爆破の術が似合ったけれど、この店は照明がお似合いだろう。
そんなことをぼんやり考えながら店内を眺めていると、一人の女性が目に留まった。隅でグラスを傾けながら、ため息をついている。
どしたの? ジュースを受け取りながら、蛍が聞いてくる。
私は女性を指さして聞く。
「あの女性の姿は見えるか?」
その女性は、この世界で言うところの、えーと、なんだっけ。
「もしかして、幽霊?」
そう、それ。
――変な服装ね、中国っぽいけど。油谷先生とは違うタイプの美人かな。愛嬌があって。
蛍は目を細めながら、頑張って幽霊を凝視する。うんうん、だいぶこの子もマナの扱いに慣れてきたようだ。
さてと。様子からして悪いやつではなさそうだが、こちらは楽しい合宿中だ。
特にうちの部活には、ときわという、厄介ごとを吸いつける磁石のようなやつがいる。変な横やりを入れられないように、一応釘をさしておくか。
「おい女、こんなところで何をしている」
「む、なんじゃお前たち、わらわが見えるのか?」
ずいぶん偉そうな物言いだ。
「そのやりとりは前にやったことがある。まずお前から名前を名乗れ」
私はさらに偉そうに言い返した。
なんじゃ、知らんのか?
女は扇でぱたぱたと仰ぎながら、さらにふんぞり返って言った。
「楊玉環じゃ。お前たちには、楊貴妃(*)と言った方がわかりやすいかのう?」
※楊貴妃……唐の時代、玄宗皇帝の奥さん。美人で有名。処刑直前に逃げ出し、山口県長門市にたどり着いたという話もある。




