幕間 星無き闇と、レアリーさんの黒歴史
エボナの森。それはティルナノーグ近郊に広がる大森林。騎士キュクレーンは、とある人物を探し森を歩いていた。
探しているのは他でもない。魔女、レアリー・ホワイトウェルである。
ティルナノーグと長く対立してきた、ダーナ族。その王である、ダグザ。
彼の討伐の命が出たとき、キュクレーンは強く反発した。
彼はかつてとあるダーナ族に命を救われたこともあり、戦争には反対の立場だった。
魔族と呼ばれ長く対立してきたとはいえ、話し合いで解決できる道がきっとあると信じていた。
しかし、兵士一人の反対で国が止まるわけもない。彼は討伐部隊を外され、ダグザは予定通り殺された。――はずだった。
キュクレーンは、討伐に参加していた友人である魔法剣士から、あることを聞いた。
魔王ダグザは死んでいない、封印されただけだ。
何でも、王国の命令で乱入してきた魔女が、魔石に封じて持ち去ったらしい。
ただ、キュクレーンがその話を聞いたときにはすでに、魔女が転生陣を使用して数か月がたっていた。
近くの町では、魔女が消えたという噂が流れ始めていたころだ。
なじみの村への買い出しに現れない。行商の商人が窓から屋敷の中を覗いたら、家具が埃をかぶっていた。魔術手紙が宛先不明で戻ってきた。などなど。
とはいえ、もともと変わり者で通っている彼女のことだ。
ふらっと旅に出たのだろう、どうせいつの間にか戻ってくるだろう。その程度の認識で、本気で消えたなどと考えるものは誰もいなかった。
キュクレーンとしても、他にあてがあるわけでもない。どんな小さなものでも手がかりがあればと、森の奥深くにあるレアリーの屋敷を目指したのだ。
屋敷は商人から教えてもらった通りの場所に立っていた。大きな木に寄りかかるように、もしくはつぶされるように。
外観は小さな普通の家。だが彼女クラスの魔術師となると、空間拡張の魔術により、見かけの大きさなど意味は持たない。
入口の重苦しい木の扉に手を触れると、ぼやっとした淡い光がちらついた。扉は、ぎいと音を立てて、ゆっくりと開いた。と同時に、かび臭い空気が流れてくる。
魔術に長けているわけでもないキュクレーンが扉をあけられたのは、ただの幸運だった。
魔女が転生前に残した封印は、(魔女にとっては)簡素なものでしかなかった。そのため、時間により魔女のかけていた封印が少しずつ弱まり始めていたのだ。
キュクレーンはおそるおそる声をかけてみるが、当然のように返事はない。
中に入ると、噂の通り家具にはほこりがつもっており、誰も足を踏み入れた形跡はなかった。
若干の罪悪感を感じつつも、何かしら手がかりを求めて乱雑に散らばっている本を手に取る。
内容までは理解できなかったが、高度な本だということはわかる。魔女本人が書き込んだであろう注釈もいくつもあった。
そんな中、ふと枕元に置いてあった一冊の本が目に留まる。
本の装丁自体は薄汚れているものの、銀で装飾されており、装丁もしっかりしていた。放置されていたための汚れというよりは、長年にわたり使い込まれているせいだろう。
表紙には何の文字も書かれていなかったが、革のベルトでしっかりと止められていた。
「これは、もしかして彼女の日記か?」
貴族が付けている日記帳が、似たような作りになっていたのを思い出す。これがもし日記だとしたら、あの日のことについても書いてあるだろうか。
しかし、他人の日記を覗き見るというのは――。
後ろめたい気持ちがないわけでは無かったが、結局は好奇心が勝った。
ベルトを外し、ゆっくりと本を開く。
その瞬間――
本から白い閃光が走り、キュクレーン包んだ。
しまった、と思う暇もなかった。
体が宙にふわりと浮かんだと思った直後、そのまま落下する感覚に襲われた。延々と、終わることのない闇の中を落下していく感覚に、キュクレーンはそのまま、気を失った。
キュクレーンの推測は、当たっていた。それは魔女の日記帳であり、魔術書であり、黒歴史ノートでもあった。
そして当然のように仕掛けられていた罠は、魔女本人が消えた後もしっかり機能していた。
。
罠の内容自体は、単純なものだ。彼女の日記帳が覗かれようとしたときに自動で発動し、魔術書自体を彼女の手元に移動させる。
問題は、当人の現在の居場所が、山口県だったということで……。




