042 過去との決別/「ありがとう、死ぬほど感謝してる」
「さてと、お前はなにか見えたかにゃ?」
マルは、考え続けるときわに声をかける。
ときわは目を閉じたままで答える。
「わからない。けど、なんか気持ちいい! 目標に向かって進んでるって感じがして」
「ふむ、いいじゃないか。その調子だ。お前の中にある気の量はけっこうなもんだ。むしろそれを使えないという方が驚きだぞ」
ふえ? ときわは目を開ける。口はぽかんと開いている。
「ねえ、私のマナってけっこうすごいのか? マジか!?」
一転、はちきれんばかりの笑顔で聞いてくる。身を乗り出し過ぎて、乗っかっている石から落ちそうなほどだ。
「マニャって、ああ、気のことだな。ああ、そうだ」
どうしても気になって、蛍が横から口を出す。
「すごいのなら、なんで魔法が使えないのよ」
「縛られているのだ。ま、呪いみたいなもんだな」
呪いか。魔法の一種なんだろうか。
あれ? そういえば。
蛍はふと気になる。
「ねえときわ、あんた今、マルはどっちに見えるのよ」
「え? うーん、」
ときわは目を細め、眉間にしわを寄せてマルをにらんだ。
かすれる目をこすりつつ、答える。
「どちらかと言えば、……いー、猫、かな?」
「じゃさっきまでは?」
「完全に犬だった」
ダグザの言葉が脳みそをかき回す。
こうなりたいと思う意志が、力になる。青海も同じようなことを言っていた。
「ねえ、あんたの原因って、もしかして――」
「そこまでだ、赤いの」
マルは言葉を遮った。
「それ以上はやめておけ。魔法は意志の力だが、それを得るにはひらめきが必要だ。ここで黒いのを助けるのは、ぜんざいを食べる前に冷やしあめを飲むようなようなものだ」
「冷やしあめって、飲み物なの?」
「茶屋で売っている。よかったら買っていけ。くれぐれもぜんざいと一緒に食べるなよ。せっかくの甘みが失われれる」
「あ、はい」
蛍は素直に頷いた。
先ほど助けられた借りもある。ときわのことは心配だが、自分があれこれ口を出すよりは、素直にマルに従おうと思った。
ときわは、そんな蛍に礼を言う。
「ありがとう。今ので十分だ。なんとなくわかってきたよ」
ふむ。いい友達を持ったな。
偉そうに言うマルだったが、どことなく嬉しそうにも見える。
ときわは考えを整理していく。
概念の力。こう思えばそうなる、確か師匠も言ってた。
ダイヤは見える。でも、最初は見えなかった。マルだってそうだ、最初は犬に見えたけれど、蛍が指摘したら猫に見えるようになってきた。
あれ、そういえば、なんで見えるようになったんだろう。
――蛍に教えてもらったから?
でも、私自身に何か変化が起きたってわけじゃない。ただ教えてもらっただけだ。
教えてもらう。気付く。知る。
何かわかりかけてきた。でも、何かが足りない。
もっと深く、ときわは思い出す。土中に埋められた棺桶を掘り出すように。もっとだ、もっと深く掘り出すんだ。
魔法とは、意志の力。でも、マナを体外に出すことはできない。
意志を、外に出すことができない?
でも、水晶を使えば、出せる。
水晶は直接触れていなければならない。でも、それも良く考えたら体外だ。
てことは、
「あれ? もしかして、私――」
ときわはすっと石の上に立ち上がり、両手を構える。
深呼吸すると、目を閉じる。しっかりと炎の形を思い浮かべる。
「永遠闇地獄っっ!!」
ばちっと音がして、脊椎がしびれた。何かがはじけた感覚があった。
オレンジ色の炎が、控えめに舞う。
「……出た。 出た! やった、蛍! 私、魔法使いにクラスチェンジしたんだ!!」
「すごいよ、やったじゃん! 魔法、本当に使えるようになったんだ!」
二人の少女は抱き合って喜んだ。
それを見て、マルも満足そうに頷く。
「さあ、仕上げだ。答えを聞こうか」
「うん!」
元気よく返事をすると、目の端に溜まった涙をそででぐしぐしとこする。
「答えは、私自身だったんだ。意志の力、思ったことが力になる。魔法なんて使えるはずない、そう思っていた私自身が、邪魔してたんだ」
掘り出した棺桶に入っていたのは、ときわ自身だった。
忘れていた過去、魔法を使おうと頑張った日々。いじめられたつらい思い出。
魔法なんて、あるわけないじゃないか。そんな言葉に、何度もあきらめかけた。
それらが無意識のうちに、固く深く、ときわのマナを縛り付けていたのだ。
「……あれ、どったの、にゃんこ?」
ときわの目には、不満そうな顔の白猫が映っている。
「禅問答はどうしたにゃー、せっかく考えたのにー!」
「え? えと、なんだろ? 蛍、わかる?」
「ちょっと、私にふらないでよ。 えーと、……どちらも地震|(自身)を乗り越えることが重要です、とか?」
「赤いほうが当てて、どうするにゃん」
マルはとととーっとときわの横に歩いてくると、彼女の手にかぷりと噛みついた。
「あいたっ、何するこのばかにゃんこ!」
マルは問う。
「昔の自分が嫌いかにゃ?」
「うーん、どうだろう。わかんない。けど、今は死ぬほど感謝してるよ。あのとき折れなかったから、本当の魔法にたどりつけたんだから」
いつの間にか日は傾きかけていた。
ときわと蛍は、手をぶんぶんと振りまくり、マルと五重塔に別れを告げる。
「ありがとー、マル、るりこーじっ。また来るからねー」
「今度は友達を連れて、冷やしあめを飲みに来るわ」
「ふん、仕方ないから待っててやる。お前たち、少しムカつくけど、いいやつだからにゃー」
マルは最後に、にゃーんと甘い鳴き声を残し、犬小屋の方へと戻っていった。




