040 「お寺でバトルだ!」「…あんた、捕まるわよ」
「まず、猫がしゃべっていることに驚いたらどうだ、お前ら」
そのセリフにときわはうなだれる。
「うあー、負けたー。やっぱり猫だったかー」
まあまあ。蛍はときわをなだめると、猫に何か用かと聞いてみる。
猫はぺろぺろと顔を洗いながら答える。
「境内に変な力を持っているやつらが入ってきたら、住職として見に来るのは当たり前にゃー」
「「住職ー?」」
二人はそろって疑いの目を向ける。
「……なにか?」
猫はぴたりと手をとめ、不満そうに言った。
ときわは考える。別に住職が猫だろうが魚だろうが、目的が果たせればかまわないのだ。
魔法だのUFOだのと、最近は超常現象盛りだくさんな日常だ。いまさら猫が喋るくらいで驚くわけがなかった。
そんなことよりも、実際に気にするのは、警察だったり世間の目だったり。
「どうしよう蛍、動物虐待なんかで捕まりたくないぞ」
「いやあんた、ケガさせたら人間相手でも捕まるわよ」
「しかしこいつ、よわっちそうなんだもん」
「誰が弱そうだ。少なくともお前よりは強いにゃー」
その言葉にときわはにやりとし、猫住職を挑発する。
「じゃあ、お前は魔法を使えるのか? 私に使ってみろ」
猫も、だてに住職を名乗っていない。それだけで察したようで、ああ、と納得した顔をする。
「なんだお前、魔法使いになりたいのか。願い事をするなら、元乃隅稲成に行けば早かったのにゃあ」
ん、もとのすみ、なに? ときわは蛍に目で聞いた。蛍は、肩をすくめて首を振る。どうやら知らないようだ。
ふー、とため息をつき、猫は言う。
「これだから最近の若い者は。あそこには願いのかなう賽銭箱があるのだ」
じゃあそっちに行こうぜ。喜ぶときわに、猫は一言。
「だめにゃ」
「なんでさ?」
猫は渋い顔で言う。
「最近住み着いた、トリィネコとかいう猫がむかつく。――そんな顔をするな。ちゃんと魔法でも念仏でも教えてやる。あ、お賽銭は忘れるなよ」
ときわは少し不安ではあったけれど、とりあえずこの猫を信じてみることにした。
ここでダメだったら、そのときは元乃隅稲成とやらに行ってみよう。
ときわはまだぼんやりと猫に見える白犬に向き直り、はっきりとした口調で言った。
「わかった。お賽銭でも猫まんまでもくれてやる。さあ、私が魔法を使えない原因はなんだ? 教えてくれ」
そのセリフに、猫住職はほうと感心した。
この少女は、魔法を”使えるようにしてくれ”ではなく、”使えない原因はなんだ”と言った。ということは、この少女は本来なら魔法が使えるはずだ。そう思っているということだ。
ついでにいうと、その透けて見える感情、自信。何かしらの心当たりもあるのだろう。
猫住職は、単に頼みごとをしてくるやつらには辟易していたが、自分で道を切り開こうとする人間には甘かった。
猫住職はひげをぴくぴくさせると、ついてこいとでも言うように、尻尾をくいと曲げて歩き出した。
ときわは言われる通りに、猫の後を歩いていく。少し遅れて蛍も続く。
道はいつの間にか、石畳に変わっていた。
蛍の耳に、てょんてょんと小さく弾むような音が届く。
「あれ、これってなんの音だろう。足音? 歩くたびに聞こえるけど」
ときわも耳を澄ますが、何も聞こえない。どんな音かと聞かれて蛍が説明しようとすると、猫住職が振り返って口を挟む。
「ふむ、赤いほうには聞こえるか。……おい、そこの黒いほう、お前には聞こえないのだな? 変な奴だな、私の声は聞き取れたくせに」
「はぁー、やっぱり私、才能ないのかー」
魔法が使えないということはとっくに受け入れていたはずのときわだが、やはり他人から直接言葉にされると、ぐさりぐさりと突き刺さる。
「逆だ、逆。お前、そんな力をため込んでいるのに、この音が聞こえないほうがおかしいだろ」
「え?」
話しているうちに石畳は終わり、犬小屋についた。
そう、”犬”小屋だ。
『マル住職は 問答無用 かみつきます』
大きく書かれた看板がある。どうやらこの白猫犬の名前は、マルというらしい。
「で、どうするんだ? ここで戦うのか?」
なぜこの少女はこんなにも好戦的なのだろうか。マル住職は魔法を教えると言ってしまったことを、少しばかり後悔し始めていた。
「バカ、ここは寺だぞ。戦う場所でも神頼みの場所でもない。……そうだにゃ、寺らしく禅問答でもしてもらおうか」
はい?
戸惑うときわに、たたみかけるようにマルは言う。
「そもさん」
「え? えと、せ、せっぱ?」
「お前が魔法を使えぬ原因、障害だな。その邪魔をしているものとかけまして、瑠璃光寺名物五重塔と解きます。そのこころは?」
「え、えと、えーと」
「落ち着いて考えるんだ。答えはお前の中にある。時間はある、ゆっくり考えろ」




