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038 「うまくやってんじゃん、何がダメなの?」


 ときわはかしこまって、頭を下げ、言う。

師匠(マスター)、お願いです。私に、魔力結晶(マナクリスタル)無しで魔法を使う方法を、教えてくださいっ!」

 ふえ?

 思わずまのぬけた声が出る。

 ときわは小さな丸椅子の上で、懸命に正座を続けている。プルプルしながら。


「水晶無しでって言われてもなー……、別に水晶があれば普通に使えるんだから、それでいいじゃないか。例えばほら、銃だって持ち歩いてなければ使えないぞ」

 しかしときわは真剣だった。なおも食い下がる。

「こないだの戦いで実感しました。たしかに水晶があれば魔法は使える。しかし、それは本当に自分の力だと言えるでしょうか。それに私は、もっと強くなりたい。いざというときに、蛍や師匠を助けられるように」


 強くなりたい、かあ。

 レアリーは、複雑な思いを抱えて、弟子を見る。


 言葉は出てこない。

 別に、教えるのが嫌だとか難しいとかではない。水晶無しでは魔術が使えないというのは、確かに不思議ではあったけれど、一応の仮説くらいは立てている。研究すればいずれ解決することだろう。

 言葉に詰まったのはそんな理由からではなく、ときわが何に対して不満を感じているのかを、さっぱり理解できなかったからだ。


 レアリーはティルナノーグの記憶を思い出す。

 幼少期に突然捨てられ、そのまま死ぬ思いをして各地をさまよい続けた彼女にとって、この世界はまさに楽園だった。

 食べ物も水も豊富にある。科学という力は非常に便利だし、理不尽な暴力もない。戦争も、あるところではあるようだが、山口県で暮らしていていきなり殺されるなんてことは、まずないだろう。

 そんな楽園にいながら力を欲し、どうしようというのだろう。ときわの考えが、レアリーにはさっぱりわからなかった。


 力を、強さを求めても、ろくなことはない。レアリーは経験でそれを痛いほど知っていた。そんなことよりももっと大切なこと、楽しいことはたくさんある。

 願いは叶えてやりたい。しかしそれ以上に、弟子であり親友であるこの少女を、不幸にさせたくはなかったのだ。



「あのー」

 おずおずと、ダイヤが手を挙げる。

「瑠璃光寺(*1)ってお寺さん、知ってます?」


「るりこーじ?」

「あ、知ってる。()まぐち(*2)の、五重塔があるところでしょ?」

 蛍の説明に、ダイヤが首をこくこくとふる。

「そーそー、それです。むかーし、そこの住職さんに成仏させられかけたことがあるんですけど。そういうのって、ときわちゃんの言う”魔法”になりません?」


 おう、成仏。

 興味深い単語に、青海はわくわくして聞く。

「面白そうだな。そこの神殿の格は高いのか?」

「格って、あんたも俗なこと聞くのねえ。まあ国宝らしいから、それなりに高いとは思うけど。でも、魔法に、お寺の格なんて関係あるの?」


 青海はにやりと笑って答える。

「大ありだ。魔術は意志の力だと教えただろう? 個人レベルの魔術だけでなく、多くの人々がこうありたいと願う力も、また強力なマナの源だ」


 蛍はつい先日聞いた、似たようなセリフを思い出す。

「それって例えば、”こんなもんだー”だとか、”こんな感じー”だとか、皆に思われてる人は、自然とそうなっちゃうってこと?」

「うーん、まあ、平たく言えばそうだけど。なんか引っかかる言い方だな」

 気にしないでくれと、ひらひら手を振る蛍。


「よし。じゃあ今度の休みに、皆で行ってみるか」

 青海は立ち上がり、楽しそうに言った。


 しかし。


「――いいえ」


 決意のこもった凛々しい声だった。

 ときわは言う。

「今回は、私だけで行きます。行かせてください。自分の力を高めるのに師匠の助けを借りるというのでは、本末転倒なのです」


「え? ああ、うん、わかった」

 ときわが芯の強い子だというのは知っていたけれど、それでも、いつもと様子の違うときわに、青海はすっかり飲まれていた。


 ときわはぺこりと頭を下げると、ようやく正座を解除する。

 歩こうとしてすぐに足をおさえ、あいたたた、とふらつきながらダイヤのほうへ跳ねていく。

「ダイヤ、悪いけどその成仏させられたとかいう時の話を聞かせてくれ」

 ときわは、既に一人前の魔術師だった。



 蛍はそのやりとりを横目で見つつ、残ったカフェオレをちびりちびりと飲んでいた。

 やがて。

 缶をもちあげると、半口も残っていない中身をぐびりと飲み干す。


 ときわは、隣の机で作戦を練っている。その横に座り、青海に聞こえないように小声で話しかける。

「私、ついてく。私なら魔法も使えないし、いいでしょ?」

「え、いいけど、危ないかもしれないよ」

「お願い。私も、変わりたいの」


 青海のために、とは言わなかった。言えなかった。

 しかしその決意を感じたのか、ときわは優しく目を細め、言った。

 「わかった、一緒に頑張ろう」

 差し出された右手。蛍は少し照れつつ、その手を取る。



*1瑠璃光寺……山口市にある寺。五重塔は国宝に指定されている。

*2()まぐち……山口県民は「やまぐち」という単語を、アクセントの位置で使い分けている。「や」にアクセントを置くと山口市を指し、アクセント無しの場合は山口県を指す。

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