表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/66

036 フラグ in the 狗留孫山


 カタナをふるう蛍は、自分の体の感覚に戸惑っていた。

 あの森での時も体が羽のように軽かったけれど、今はそれ以上だ。というより、動き過ぎて気持ちが悪い。

 それだけではなく、殺気が、狙われている場所がわかる。複数の兵士に狙われているのに、同時にだ。右腕や左のわき腹がぞわぞわし、体を逸らした次の瞬間には、その空間を弾丸が通り過ぎるのだ。


 とはいえ、カタナはどこまでいってもカタナである。射程距離の問題はどうにもならないし、よけているだけでは相手の攻撃も緩まない。

 

 本当に切りかかる勇気まではなかったが、上昇した身体能力を生かしてできることを考える。

 フェイントを入れつつ一気に踏み込み、前を固める兵士の一人に蹴りを入れる。

 蹴られた兵士は、踊るようにたたらを踏み、バイロンへもたれこむようにぶつかる。同時に、蛍自身もバイロンにとびかかった。

 兵士たちに銃口を向けられつつも、肌がひりつく感覚は来ない。同士打ちになるのを恐れてか、撃つのを迷っているのだろう。


 バイロンが兵士の体を押しのけ、後ろへ下がる。蛍は追って腕を狙う。

 蛍の目には、すべてがスローモーションのように映っていた。バイロンの避ける先に、カタナを置いた。


 きいん。

 高い音がして、水晶がはじけ飛んだ。バイロンは反射的にかがんで、それを拾おうとする。

 ――遅いなあ。

 蛍は、先ほどまでの緊張感をどこかへ忘れてしまったかのように、バイロンを見下ろしていた。

 銀色の手が水晶に触れる寸前で、こつんと水晶をけっとばしてやる。

 それはバウンドして、ときわの、


 がつんっ。「あぐっ!」


 ときわの額に当たった。


 ときわは涙目になりながら、呪文を唱える。

「えっ、永遠闇地獄(エターナルダークインフェルノ)っっ!!」

「ぐわぁっ!」

 ぼうんと音を上げて炎が広がる。炎は複数の兵士を包み込み、視界も奪う。


 と、そんなドタバタの最中、急に床の一部が光り始めた。

 暖かい光は(サークル)を作り出す。意味なんてまるでわからないが、円形に筆で書きなぐったような文字が次々と書き込まれていく。


 ひときわ強い発光の後、魔法陣の中には、紺色のローブをまとった魔術師が立っていた。


「青海!」

「遅くなったな。さあ、残りは私が相手をしてやる。さっさと帰るぞ」

 魔術師も傷付き疲れ果ててはいたけれど、兵士を軽くあしらうことくらいは、わけもなかった。




 屋上では、船への帰還準備を進めていた兵士たちが、あわただしく動いていた。

 白く発行する魔法陣が現れ、レアリーら三人が帰還した時も、少し手を止めるだけで、またすぐに作業に戻った。

 ダグザは斧を手に、その様子を監視していた。


 彼らは屋上へとけが人を運び込んでいた。悪夢を見ているようにうなされたり痛がったりしていたが、ひとまず死者はいないようだった。

 一番ひどかったのは、最初にレアリーに蹴り落された者かもしれない。


「ただいま。ダグザ、こっちはどうなったの?」

 レアリーは聞いた。

「見ての通りだ、片付いた。今、退却の準備を進めているところだ」

 ダグザは優しい笑顔で言った。


 デイルとの話は、ダグザが既にまとめていた。ダグザは全員にことの顛末を説明した。

 異星人たちは、移住先を探している漂流者だった。襲ってきた兵士たちは、テロリストではなく軍隊。狙っていたのも、学校ではなく、レアリーたち魔術師やマナという力だったということも。


「こいつらか、私の学校をめちゃくちゃにしやがってっ! 師匠(マスター)、許せません、全員お仕置きしましょうっ」

 おっと、そうか、こいつらは戦争(こういうの)にあんまり慣れていなかったな。

 ときわは獣のように高ぶっている。蛍も毛虫でも見つけた時のように、苦い顔をしていた。


「うちらは、死人もケガ人も出なかった。こいつらも、ケガ人は出たけど、死んだやつはいない。お互い、全員無事だ」

「……っ、でもっ!」

 レアリーは、ときわの肩にポンと手を置いて言った。

「別に奴らも私たちに恨みがあったわけじゃない。やつらも戦士だし、それが仕事だ」

「ん……、わかったけど。でも、悔しいよ」

 レアリーは、抜けるような青い空を見上げて、悲しそうに言った。

「いいんだよ。戦争って、そんなもんだ」


 一番ケガのひどかったレアリーに言われては、ときわも矛を収めるしかなかった。

 ダグザは最後までデイルと何やら話し込んでいた。




 空に銀色の軌跡を残し、異星人たちは去った。

「さて、後始末だな。レアリー、拡大魔法陣(ワイドマジック)を展開できるか?」

「えー、もうしんどいんだけど」

「さっさとしろ。このままというわけにもいくまい」


 レアリーの起動した拡大魔法陣で、ダグザの幻術が拡大、強化される。

 学校の傷跡は、みるみる修復されていく。幻術だと知っている蛍たちから見ても、さっぱりわからない。触感や匂いに至るまで。

 仕上げに、全員の記憶も操作する。


「すっげー! 師匠(マスター)、うちの秘密基地にも使ってもらえませんか!」

「でも幻術ってことは、これって根本的な解決になっていないんじゃ」

 冷静な突っ込みが蛍から飛んでくる。

「まあ、もともと古い校舎だしな。あとは私の方で校長を騙しつつ、定期的に修復していこう」


 やっと終わったと安堵したレアリーは、背伸びをして大あくびをする。ふと横を見ると、蛍がもじもじしながらこちらを見ていた。

「大丈夫か、蛍。悪かったな、怖い思いをさせて」

 頑張った蛍へのご褒美に、頭をぽんぽんと優しく撫でてやる。


「なんでケガしてるあんたのほうが心配してるのよ、ばか!」

 必死で抑えていた涙は、限界だった。蛍は青海の胸に顔をうずめると、ひとしきり泣いた。




 その夜。

 デイルはとある山の中腹に一本の(フラグ)を突き立て、宣言した。


『我々はこの付近一帯を一時的な領土とし、補給のための基地を建設する』

 一度や二度負けた程度で、立ち止まってはいられない。我々には、故郷の復興という大切な任務があるのだ。


 ダグザと名乗った女は、以前、魔王と呼ばれていたらしい。

 本人は「今は領土なき王だ」と自嘲していたが、王と名乗るだけあり、法に詳しかった。


 女は、ある山を指さし、色々と教えてくれた。

 山の名は狗留孫山(*)。容易には人の目が届かぬ地だった。


 女は言った。まずは役所に行けと。

 住居に関しては、空き家対策説明会というものもある。役所で申し込め。

 戸籍さえ偽造してしまえば、あとは楽なものだ。

 農業振興課という部署では、土地の借用手続きができる。農地として申請するといい。

 税金などいくらかの問題はあるが、お前たちなら何とでもなるだろう。



 こうして異星人グレイたち一行は、ひとまず安寧の住処を手に入れた。

 深い山々に埋もれれば、いくら電子の目が厳しいと言えども、そう簡単には見つかるまい。科学技術自体は、異星人側の方が上なのだ。


『デイル隊長、いつまでここに潜むつもりですか?』

 部下に聞かれて初めて気付く。

 そういえばあの女、貸出期間については何も言わなかったな。むしろ、もらったアドバイスは定住についての方法ばかりだ。

 好きなだけいればいい、ただし迷惑はかけるな。きっとそういうメッセージだろう。


『さあな、意外とここが第二の故郷になるかもしれんぞ。……居候の身だ、あまり先輩たちに迷惑をかけないようにな』

『『『はいっ』』』

 ふん、貸しということか。原始人のくせに粋なことをする。

 デイルは頬をゆがませた。細長い顔に、笑みがこぼれた。



 あなたが山で銀色の服を着た農民を見かけても、知らんふりをすることだ。

 生まれこそ違えど、彼らだって同じ山口県に生きる仲間なのだから。



狗留孫山(くるそんざん)……変わった響きの名前は、仏教用語に由来する。山口市と下関市、2か所に同じ地名があるので、訪れる際は勘違いのないように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ